第140話 優先事項

 水場で休息をとること数十分――。


 俺たちは2つのグループに分かれて動き出す。明香里たち4人は干し肉作りと寝床の準備を。俺と小春、夏歩と冬加は、二手に分かれてモドキ狩りを担当することになった。


 初期スタート地点や支給品の変更などなど。前回との違いはあったものの、それに狼狽うろたえたり、グダグダと愚痴ぐちをこぼす者はいない。能力の獲得は余裕を生み出し、格段に増した筋力が自信を与えてくれる。


 そんな現在の時刻は14時過ぎといったところ。日没までの猶予は、およそ4時間ほどとなる。これまでの長い原始生活のおかげで、陽の傾きから時間を読むのはお手の物だ。


「じゃあおまえら、拠点のことは頼んだぞ」

「みなさんもお気をつけて。とくに夏歩さんはやり過ぎないように」

「ちょっと昭子。なんで私だけ名指しなの!?」

「べつに深い意味はないですよ? 程々に頑張って下さいってことです」


 昭子の意見に皆が賛同するなか、俺たちは北へ、夏歩たちは西方面へと向かった。


「それにしても、地図がないのは予想外でした」

「ああ。俺も当然あるものだと思い込んでいたよ」


 歩き始めてしばらく、小春が地図の話題を振ってくる。あまり考えたくはないけれど、現状、ほかの連中とは合流できそうにない。


「進化値が上がれば見れるようになりますかね?」

「どうだろ。たぶん無理なんじゃないか」


 地図を見せる気があるならば、最初から隠さず表示させたはず。わざわざ別の機能に変えたことしかり、今回は地図なしで過ごせと言うことだろう。


 別車両の乗客と合流させたくないのか。もしくは原始人の位置を教えたくないのか。超越者の意図は不明ながらも、それなりの理由があっての改変だと伝えておく。


「まあでも、ばったり遭遇するかもしれませんし……」

「そうだな。案外近くにいるかもな」


 お互い思ってもいないことを口にしながら、やがて森の切れ目まで到着。広大な平原を目の当たりにしたところで気持ちを切り替える。



「さて、と。ひとまず原始人はいないようだが……」

「ここは相変わらずモドキの数が多いですね」


 大平原に点在するモドキは、ざっと見積もっても100匹は下らない。兎やアルマジロといった小型なものから、牛や馬など中型サイズのものまで、見慣れたモドキがウロウロと徘徊していた。


 ふと目線を上げれば、遠くのほうに小高い緑の山が――その中腹辺りには、見覚えのある開けた丘が見える。あれは以前、俺と小春が転移した場所だとすぐにわかった。


「あっ、あそこにハイエナがいますよ! 早く狩りましょう!」


 慌てて飛び出そうとする小春の服を掴むと、彼女は勢い余って前のめりに倒れかける。服の背中部分がビロンと伸び、「グエッ」とカエルのような奇声を上げた。


「まずはアルマジロが先だろ? で、それを狩ったら一度拠点に戻る」

「うぅ、そうでした。ごめんなさい……」


 いくら狩りの経験が豊富とはいえ、うっかり初日に怪我でもしたら一大事となる。牛モドキを食うまでは、なるべく慎重に行こうと話し合ったばかりだった。


「はやる気持ちはわかるけどな。今日はじっくり攻めるぞ」


 仕切り直したところで狩りを再開。さっそく川辺にいるアルマジロに向かっていくと――。


 小春が躊躇ちゅうちょなく獲物を持ち上げ、丸まってしまう前に首根っこを掴む。


「やっぱりこの方法が一番ですよ、ねっ」


 その言葉と同時にアルマジロの首が弾け飛び、「ドサッ」という音と共に地面へと転がる。結構な量の返り血を浴びた彼女はニコリと笑い、鼻歌交じりに解体をはじめた。


「……なあ小春。もしかして、さっき掴んだのを根に持ってるのか」

「いえ。こうすると肉が柔らかくなるので」

「肉が? そんなの聞いたことないけど……」


 俺としては、さっきの意趣いしゅ返しなのかと勘繰かんぐってしまうのだが……。彼女は一切振り向こうとせず、ただ黙々と解体を続けるのだった。


 

 そして、空があかね色に染まりはじめた頃――。


 俺たち8人はそれぞれの作業を終え、無事に拠点へと集まった。


 今はモドキ肉をあぶりながら、本日の成果を披露し合っているところである。みんなが焚き火を囲うなか、波の音色に混じって、薪のぜる音がときおり響く。


 今日捕まえたモドキは全部で6種類。兎と猪、アルマジロと狼、それに加えて馬とハイエナの肉を確保した。狩場と拠点を行ったり来たりしながら、すでにいくつかの能力を取得済みだ。


 俺のスキルプレートも更新され、現在はこんな感じとなっている。


===================

『視力強化Lv1』 ※元から所持

『筋力強化Lv1』 ※猪の効果

『耐久力強化Lv1』※アルマジロの効果

『持久力強化Lv1』※狼モドキの効果

『能力上限+2』 ※ハイエナの効果

===================


 仮に前回と同じ仕様だった場合、現時点での能力上限数は5つ。もともと所持していた視力強化と、枠を圧迫しないハイエナは除外。現在の取得数は、猪、アルマジロ、狼の3つとなる。


 全員が牛モドキとマンモス用に2枠を残し、好物を含めた3つの能力を取得している。


「それにしても見事なもんだ。任せておいてアレだが、まさかここまでとは……」


 大きな葉を何枚も重ねたフカフカの寝床。ツルに垂れ下がる薄切れ肉の数々。ほかにもツルを編んで作った籠や、鋭く尖った石のナイフなど、使えそうなものがいくつも並んでいる。


 いくら経験があるとはいえ、4時間足らずの成果とは思えない進捗具合だった。


「けどまあ、進化値は上がらなかったけどね」

「おそらくはこの世界、進化値という概念がないのでしょう」


 俺が驚いて見せると、明香里と昭子がすぐに反応して答える。


「これだけやってダメなら、地図は諦めるしかないですね」

「おれもこれ以上は無駄だと思う」


 と、それに続いて大輝と龍平が口を開き、冷静な口ぶりで現状を語る。


 正味な話、地図が見られるようになるとは誰も思っていないのだろう。みんな口にしないだけで、仲間と合流できそうにないことも察しているはずだ。


「なあ、みんな。ここらでハッキリさせておこうか」


 こういうことは有耶無耶うやむやにせず、過度な期待も捨てたほうがいい。俺はそう前置きをして、今まで曖昧あいまいにしてきた答えを口に出す。


「明日以降、健吾や真治の捜索はキッパリ諦めよう。言い方は悪いけど、見つけたらラッキーくらいに考えてくれ」


 みんなの反応はどうだろうか。パッと見た感じ、表情を変える者はいない。とくに頷いたりもせず、俺から視線をらすこともなかった。


 内心どう思っているかは別としても、すでに相応の覚悟はできているものと判断する。


「最優先は能力の向上。次に日本人集団と接触して情報収集。残りの時間はマンモス狩りについやすつもりだ」


 これらの目標をすべて達成し、なおも時間が余れば探してもいい。と、そこまで言い切ったところで小春がスッと手を挙げた。


「わたしもその意見に賛同します。もちろん、仲間を見捨てることになると理解した上で、です」


 わざわざ「見捨てる」なんて言い回しをしたのは、自分も当事者の1人だと心に刻むためか。彼女のりんとした顔つきを見る限り、俺を気遣っての発言ではないだろう。


「この状況で探しても時間を無駄にするだけ。おれはそう思ってる」

「僕も同じ考えです。自分の強化を最優先にしたい」


 龍平と大輝が手を挙げて答えると、ほかの連中もそれに続く。昭子と冬加は捜索が不可能だと判断し、夏歩と明香里は大輝と同じ意見を述べた。


「わかった。じゃあ、この件はこれで終わりだ。言っておくけど、あとでウダウダ悩むのもなしだからな」


 俺はそう念を押したのち、改めてみんなのスキルプレートを確認していった。



<現時点での保有スキル>

※視力強化とハイエナの効果は除く

※数字は強化レベルを表す


◇縄城秋文◇

『筋力1』『耐久力1』『持久力1』


◇弥桐小春◇

『筋力1』『耐久力2』『持久力1』


◇古谷夏歩◇

『筋力1』『耐久力1』『走力2』


◇飛嶋冬加◇

『筋力2』『耐久力1』『走力1』


◇明坂明香里◇

『筋力1』『耐久力1』『持久力2』


◇大久保大輝◇

『筋力1』『耐久力1』『持久力2』


◇昭隆寺昭子◇

『筋力1』『耐久力1』『跳躍力2』


◇平林龍平◇

『筋力1』『耐久力1』『跳躍力2』



<モドキ別の強化内容>

※強化Lvにより効果が少し増す


兎モドキ:跳躍力強化

・垂直飛びで約1メートル跳躍。脚力と走力も微増


猪モドキ:筋力強化

・全身の筋力増加。太めの丸太材を持ち上げられる


アルマジロモドキ:耐久力強化

・全身の硬度が増す。打撃に対する耐久力上昇


狼モドキ:持久力強化

・スタミナ上昇。全速力で30分走り続けられる


馬モドキ:走力強化

・馬並みの速度で走れる。脚力と跳躍力も微増


ハイエナモドキ:能力上限+2

・能力の取得上限が2つ増加

・1つの世界で一度しか効果が現れない

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