第141話 別行動
<原始時代に来て2日目>
肉の焼ける匂いで目覚めると、焚き火の近くに大輝と龍平の姿が見えた。2人は何本もの串肉を
と、ほかの女性陣はどこへ行ったのか、どの寝床を見渡しても空っぽの状態だった。ここから見える範囲に人の気配も感じない。
周囲の明るさから察するに、まだ夜が明けて間もない頃だと思うのだが……。ひとまず体を起こして伸びをすると、
「あっ、おはようございます」
「秋文さん、おはよっす」
2人に軽く手を挙げ、焚き火の近くまで移動して腰を下ろす。
「おはよう。ずいぶんと早起きだな」
「そりゃまあ、葉っぱを敷いただけでは流石に……」
しばらく現代の寝具に慣れてしまったせいだろう。いくら二度目の異世界とはいえ、初日から安眠とはいかなかったようだ。「アレで熟睡できるのはおかしい」と言う2人からのツッコミを軽く流す。
「それで、ほかの連中はどうした? 水浴びにでも行ってるのか?」
「ええ。ついでに果物を採ってくるって――」
女性陣が出かけたのは今から30分ほど前のこと。5人揃って川下へと向かったらしい。大輝が指さす場所を見ると、昨日作ったツル
「まあ、飯でも食いながら待ちましょう。秋文さんもお一つどうぞ」
「おっ、悪いな。遠慮なくいただくよ」
ひとまず全員の所在を確認できたところで、俺たちは先に食事を
今日の主だった予定は2つ。1つは能力強化のための牛モドキ狩り。そしてもう1つは日本人集団との接触である。それぞれ2班に分かれ、朝から同時進行で事を進めることになった。
まあ、日本人と接触するのは俺ひとりだけで、ほかの連中は全員モドキ狩りへと出向くわけだが……。
ちょうど班分けの話になったところで、大輝と龍平が口を開く。
「それにしても昨日は驚きましたよ。まさか、あの小春さんがあっさり了承するとは……」
「だよな。絶対反対すると思ってた」
昨晩みんなと話し合ったところ、「秋くんだけなら、なにかあってもすぐに逃げられる」「大人数で押しかけた場合、相手に余計な警戒心を与えてしまう」と、そんな感じの提案をしたのが小春だったのだ。
これまでは俺から離れることを嫌い、常に行動を共にしてきたというのに――。当然、彼女の口からその言葉が出るとは誰も思っておらず、一瞬、場の空気が凍り付いたのを覚えている。
「たぶん、自分が言うべきだと思ったんだろ。みんなが進言しずらいことくらい、わかってたはずだ」
「ですかね。小春さん、無理してないといいんだけど……」
大輝の気持ちもわからんではない。が、俺は彼女なりの決意表明だと考えている。
『自分の気持ちよりも合理性を優先すること』
『仲間のために最善を尽くすこと』
おそらくは、そういった類の踏ん切りをつけたんだと思う。少なくとも無理をしているようには見えなかった。
「まあ、俺が下手を打たなけりゃ問題ない。しばらくは様子見ってことで頼むよ」
結局、彼女らが戻って来たのはそれから30分ほどあとのこと。みんなが準備を整える頃には、朝日もすっかりと昇っていた。
◇◇◇
牛モドキ狩りに向かう仲間を見送って早々、俺は火の始末を済ませて東へと歩きはじめた。所持品のほとんどを小春に預けて、手ぶらのまま森の中を進んでいく。
すでに目的地付近まで来ているけれど、これまでに遭遇したのは無反応のモドキばかり。原始人がいた
やはりこの一帯は安全なようで、生き抜くだけなら最適な環境と言えるだろう。まあ言い換えれば、相当な人数が生き残っていることに他ならないわけだが……。
(っと。砂浜のほうに何人かいるな)
目的地の500メートルほど手前で浜辺に出ると、さっそく貝を拾う10人の日本人を発見。年齢層は20代~50代といったところか。男性は上半身裸の者が多く、女性は薄手のシャツ姿で作業をしている。
俺は何食わぬ顔で相手に近づき、両手を軽く上げながら声を掛けた。
「朝早くに申し訳ない。少し話をしたいんだが……」
全員が一斉に振り向くものの、とくに警戒した様子は見られない。30代くらいの男性以外は手も止めず、何食わぬ顔で作業に戻った。
「おいあんた、どこの班だ? ほかの連中は一緒じゃないのか?」
半裸の男はそう言いながら、不思議そうな顔で周りを見渡す。
「あっ、と。警戒しないでほしいんだが……俺はどこの班にも属していないぞ」
「……? いったい何を言ってるんだ?」
どうやら班分けみたいなルールがあるらしく、俺のことを集団の一員だと勘違いしているようだ。
「俺はあんたらの仲間じゃない。ここへは今日初めて来たんだ」
それに続けて4号車に乗っていたこと、少し離れた場所に8人で転移したこと、ついでに昨日この世界へ来たことを打ち明けると――。
「はあ? 昨日だって?」
男の言葉に合わせ、ほかの男女が手を止めてこちらを見る。と、その中にいた若い女性が急に眼を見開いてみせた。
「あっ。私が言ってたのはこの人よ……」
「それって、学生と一緒だった男のことか?」
「うん、間違いない。私、結構近くで見てたし」
「じゃあ、リーダーが探していたのはこいつか……」
騒ぎを見知っていたのは良しとして、俺を探しているというのはどういう見解だろうか。記憶を引き継いでいない以上、この集団とは面識がないはずだが……。
あるいは現世の知人かもしれないけれど、健吾や真治がリーダーである可能性が急浮上する。
「なあ。よければ代表者の名前を教えてくれないか」
皆が俺を値踏みするなか、期待を込めて半裸の男に話しかけると――。
「この集団をまとめているのは
なんということか、男の口から発せられたのは桃子の名前だった。俺の知る限り、その名で思いつく人物は1人しかいない。
「桃子って、あの桃子か? でも、なんであいつが俺のことを……」
「いや、なんでと言われても困るが……。その名を出せばわかると言ってたぞ」
想定外の返答に驚きを隠せない。が、とにかく俺の知っている桃子であることは間違いなさそうだ。これ以上問い詰めるよりも、素性を明かして面会するのが最善だろう。
名乗りを済ませた俺は、男の案内のもと彼らの拠点へと向かった。
「なあ鈴木さん。ここには何人くらいの人がいるんだ?」
「ん? 今は92人だが……っと、あれが俺たちの拠点だ」
半裸の男もとい、鈴木と名乗る男性と並んで歩くこと数分――。
砂浜と森の境目あたりに目をやると、大きな葉を何枚も重ねて作った屋根つきの施設が見えてきた。
ここから確認できるだけでも同じものが5つ点在しており、どれも1日で仕上げたとは思えないほど立派な作りをしている。
ハッキリした人数はわからないものの、1つの施設に10人以上の男女が寝ているようだ。屋根の上には干した魚や肉が敷かれ、石造りのかまどが浜辺で煙を立てる。
(あれはおそらくモドキ肉……ってことは、ここにいる全員が能力保持者か)
桃子が俺のことを覚えている以上、前回の記憶を有していることに他ならない。その知識を生かし、集団を率いているのは想像に容易いことだ。情報開示の度合いはさておき、モドキに関することは伝えているだろう。
(こいつのスキルプレートを確認したいところだが……)
桃子が秘匿している情報もあるだろうと、あえて余計な詮索はせずに歩みを進める。
「あ、いたいた。ちょっと話してくるから、ここで待っててくれ」
と、5つある拠点の一番奥に8人の人だかりが――。
打ち合わせでもしているのだろうか。なにやら話し合っているようで、その中には桃子当人の姿も確認できた。鈴木が駆け寄っていくと、それに気づいた集団が一斉にこちらを振り向く。
(やっぱり桃子で間違いない。けど、なんとなく雰囲気が違うような?)
ただの気のせいかもしれないが、以前に比べてずいぶんと穏やかな表情をしている。毒気が抜けたとでも言えばいいのか、そこはかとなく目つきが柔らかい。
(中身は別人という可能性もあるのか? いや、それはさすがに
そんな桃子は俺が目を合わせた瞬間、今まで見せたことのない笑顔を振りまいた。
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