第142話 まるで別人のようだ

「秋文さん、お久しぶり。やっぱりこの世界に来てたのね」

「秋文さんて……。おまえ、本当に桃子なのか?」


 桃子のいる拠点に案内されると、集まっていた連中はなにも問わずに散り散りに去っていった。俺のことをどの程度知らされていたのか、敵対や警戒の意思はこれっぽっちも感じなかった。


 案内してくれた鈴木も浜辺へと戻り、拠点に残っているのは俺と桃子の2人だけとなる。


「よかった。その様子だと、あなたも記憶を持っているのね」

「ってことは、おまえもそうなんだな」


 俺の問いに対して素直に頷いて見せる桃子。


 鬼のツノに関して聞いてみたところ、自衛隊に同行して異世界へ行った経験があるそうだ。政府の広報を担当する彼女ならば、あり得ない話ではない。


 言葉口調は以前と変わらないが、声のトーンや仕草はとても穏やかだ。演技しているようには思えず、怪しさよりも驚きばかりが先行してしまう。


「あなたを待っていた。ってのは虫のいい話だけれど、今は本心からそう思っているわ」

「…………」


 いったい、なにが彼女を変えたのだろう。元々はこういう性格だったのか、再び異世界に来たことで改心したのか、しおらしく振舞う彼女の態度に嘘はないように思えた。


「小春さんたちも一緒……いえ、まずは私たちのことを話すべきよね」


 桃子はそう言うと、自分たちが体験した出来事を語りはじめる。


 まずはこの世界に飛ばされる前の話になるが、4号車の乗客122名は真っ白い空間へと集められたらしい。そこで調停者と出会い、これから起こる現象と、自分たちの使命を言い渡される。


1.7日の間にモドキを食って自分たちを強化すること

2.次に送られる縄文時代でニホ族と交流すること

3.巨大熊を倒し、その肉を彼らに食わせること


 この3つのほかにも、魔物病やファンタジー世界についての説明を受けたそうだ。最後に現代へ戻れないことを聞かされ、乗客全員がこの島へと降り立った。


「おまえ以外は記憶がないんだ。当然パニックになったんだろ」

「そうね。放心状態の人が8割、異世界に興奮する人が2割かしら。その人たちは徒党を組んで離れていったわ」

「へぇ。そんなやつもいるんだな」


 桃子の話によれば、現地に残ったのが92人で、残りの30人とは初日に別れたそうだ。何があったのかは知らないけれど、東に見える岩場に向かったあと、さらに奥地へと消えていった。


 結局、初日は動ける者が集い、水と食料の確保に専念することに――。

2日目の朝に記憶のことを打ち明け、拠点作りとモドキ狩りをはじめた。


「ちなみに私たちは異世界に来て4日目よ。原因はわからないけど、あなたとは2日もズレてるわね」


 なにかおかしいと思っていたが、どうやら俺たち8人は2日遅れでこの世界に来たようだ。さきほど鈴木たちも驚いていたし、拠点の発展具合から見ても嘘は言っていないだろう。


「桃子たち基準だと、あと3日しかないってことか……」

「どうなのかしら。あなたたちは2日遅れて帰還するのかも?」


 桃子の言うパターンもあるだろうけど、残りの日数は少なく見積もるべきだろう。これはマンモス狩りの日程を早めたほうがよさそうだ。


「ところで桃子、おまえはなんで4号車にいたんだ? 転移前に移動してきたってことでいいのか?」


 なんとなく話が途切れたところで、桃子が同じ車両にいた理由を聞いてみる。俺の記憶が確かなら、こいつは健吾たちと同じ2号車に乗っていたはずだ。


「最初は驚いたけど、気づいたときには4号車に向かっていたわ」

「……それは俺たちがいるからか?」

「そうよ。あなたがいる場所が一番安全だと思ったの」


 なんの根拠もなかったらしいが、人ごみをかき分けて連結路を通ってきたそうだ。幸いにも3号車寄りにいたことで、ギリギリ間に合ったのだと話す。


「じゃあ健吾たちは――」

「申し訳ないけど見てないわ。私も必死だったし……」

「いや、一応聞いてみただけだ。責めてるわけじゃない」

「そう? ならいいんだけど。私が話せるのはこんなところよ」


 どこまで信用するかは別としても、この集団にあいつらがいないのは確定か。桃子の言葉どおりなら、健吾たちは2号車もしくは3号車にいる可能性が高い。



(さて。今度はこっちの話をする番だが……)


 馬鹿正直にすべてを話すか、最低限のことだけ伝えるべきか。まさか桃子がいるとは思いもよらず、どの程度開示するかの判断に迷う。


 既にこの集団は一定の能力を得ている。このままいけば縄文時代も生き残るだろう。今後関わりを持つことを加味した場合、隠し事は少ないほうが無難に思える。


「なあ桃子、超越者って存在を知ってるか?」

「超越……? なにそれ?」

「世界が巻き戻る前、俺はそいつに会ったんだよ」


 無言で俺を見つめる桃子を前に、最終的には面倒になり全部話すことに決めた。超越者と出会ってからの話を、包み隠さず彼女に伝えていく。


「じゃあ、魔法で帰れるってこと?」

「どうだろうな。魔法に関しては教えてくれなかったし、詳細は不明だ」

「でも可能性はあるのよね……」

「わからん。けど、俺たちは帰れないこと前提で動くよ」


 その後もスキルプレートを見せ合ったり、牛モドキやマンモス狩りのことを伝えたりと、すべてを話し終える頃には陽も高く昇っていた。


 桃子は終始控えめな感じで、高圧的な態度など見る影もない。あのときも出会い方が違っていたらと……そう思えるほどには好印象だった。


「で、どうする? おまえも一緒に来るか?」


 曲がりなりにも集団を率いる素養はあるし、なにかの役に立つんじゃないかという打算もある。とりあえず誘ってみるかと声を掛け、相手の反応を待っていると――。


「絶対に無理でしょ。小春さんが許すはずないわ……」

「そうか? あいつ、なんだかんだ言っておまえのファンだぞ」


 以前の小春ならともかくとして、桃子の動画を見る彼女からは、恨みやわだかまりはないように思う。今のこいつならば、案外すんなりと溶け込める気がするけれど……。


「だとしてもやめておくわ。ここにいる人たちを見捨てられないし」


 やはり以前の彼女とは別人のようだ。この状況で裏があるとは考えにくく、素直に仲間の身を案じていると思われる。


「わかった。なら、次に会う時は味方ってことでいいよな?」

「……そうね。そう思ってもらえるように努力するわ」


 心境が変化した理由を深掘りしたいところだが、仲間の様子も気になるので話を切り上げることに――。


 この集団の能力値を確認したあと、俺は駆け足で拠点に戻った。





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