第75話 朱音と真治と理央

 小学校を訪れるなんて何十年ぶりだろうか。


 やたらと懐かしく感じる下駄箱、職員室前の廊下を通って、土足のまま校長室へと向かう。


「校長、お客さんを連れてきました」


 同行してくれた理央さんが扉の前で声をかける。校長と呼んでいるが、あくまで役職上の話。本物の校長先生ではないらしい。


「どうぞ、入ってもらって」


 と、中から人の声が。その声色からして若い女性のようだ。なんとなく緊張しつつも案内された席へと腰掛ける。


 目の前にいるのはスーツ姿の女性。年齢は20代後半……おそらく30は超えてないと思う。黒髪ロングの凛々しい顔立ちに加え、黒縁メガネが聡明さを引き立てる。


(見える範囲に護衛は1人か。ずいぶんと警戒が薄いな)


 護衛役の男は俺より少し上だろうか。30代後半の男性が、校長と呼ばれる女性の背後に立つ。その目つきは鋭く、されど優し気な……おそらくかなりの実力を有している。



 少し張りつめた空気のなか――


 俺の横に理央が座ると、テーブルを挟んで2対2の構図が出来上がる。


「秋文さん、と呼んでいいのかしら。私は――」


 校長の挨拶を皮切りに、この場にいる4人の自己紹介が続いていく。


 代表者の名前は朱堂朱音あかね、後ろに控える男性は真崎真治しんじという。俺の見立ては当てにならず、どちらも35歳で同い年だった。隣に座る理央を含め、3人とも同じバスの乗客。異世界を共に過ごした仲らしい。


 縄文時代で運よくハイエナを見つけ、猪やアルマジロなど5種類の能力を取得。大猿こそ狩っていないが、かなりの実力を備えている。


「ねえ朱音。この人、レベル7の能力者だそうよ。しかもアイツらみたいに覚醒もできるみたい」

「レベル7の覚醒者……本当にいたのね」

「あーそれ、わたしも同じこと言ったわ。生き別れた仲間を探してるんだってさ」


 自己紹介が終わったところで、理央が身を乗り出して語り始める。

 

 さっきは校長と呼んでいたが、普段はこんな感じの接し方なのだろう。朱音のほうも気にすることなく返していた。


 その一方、真治という男は無反応を貫いている。もともと寡黙な性格なのか、あるいは思慮深いというべきか。感情を表に出さず、俺から視線を外すことはない。


「秋文さん。残念だけど、ここにお仲間はいないと思うわ」

「ん? まだ名前も聞いてないのになぜわかる?」

「そりゃわかるわよ。だって、あなたの仲間もレベルが高いんでしょ。ここにはそんな人いないもの」


 朱音の話によれば、この集団の最高レベルは5。すなわちこの場にいる3人だけとなる。


 ほかはレベル3の能力者が22名在籍、残りはすべて無能力者――異世界未経験者の集まりだった。小春たちがいるならば、当の昔に気づいているだろう。


「なるほど、理由はわかった。ちなみにこの小学校には何人いるんだ?」

「現在は275人よ。この半年間で92人が死んだわ」

「そうか。かなりの人数がいるんだな」


 生存者の約半数は、高校から追い出された人々だった。当然、桃子たちを恨んでいる者が多く、向こうとは一切の交流を絶っている。


 日本が変貌した当初には物資の奪い合いが発生。周辺に残っていた食糧や道具など、大半は相手に持っていかれた。高校の連中はほとんどが異世界経験者たち。力のないものは早々に排除された。


「食料調達はどうしてるんだ? この人数をまかなうのは至難の業だろう」

「ご覧のとおり、校庭で野菜を育ててるわ。あとは動物狩りね」


 校長室の窓に目をやる朱音。そこからは校庭が一望でき、所狭しと作物が植わっていた。遊具や砂場のある場所を除き、大半が畑と化している。


 土壌づくりや種の調達と――この半年間、相当な苦労をしたのだろう。豊かな実り具合がそれを物語っていた。


「モドキ……じゃなくて、魔物は食わないのか?」

「それは難しい話よ。強すぎて簡単には狩れないわ」


 運よく1匹でいるヤツを狩れれば御の字。罠を仕掛けて動物を狩るのが精一杯だと言う。養う人数が多いため、肉は常に不足気味。外部集団との物々交換に頼っているそうだ。


 まだ鹿モドキしか狩っていないが、ほかの魔物もそれ相応に強いはず。そんな魔物を易々と狩れる存在。もしかすると小春たちかもしれない。

 たとえそうでなくとも、有益な情報が得られる確率は高い。これは是が非でも接触したいところだ。


「なあ、その外部集団ってどんなヤツらなんだ?」

「私たちは『運び屋』と呼んでいるわ。ここで育てた野菜を対価に、魔物の肉と交換してるの。交換レートもかなり良心的よ」

「……なるほどな。けど運び屋って言うくらいだし、狩りをする集団が別にいるのか?」

「ええ、どうやらそうみたい。どこにいるのかも知らないけどね」


 朱音たちも馬鹿ではない。その集団を誘致するため、これまで何度となく接触を試みたらしい。だが運び屋の口は堅く、狩り集団の情報は一切漏らさなかった。


 ちなみに言っておくと、運び屋は2週間サイクルで訪れるようだ。昨日来たばかりなので、次に顔を出すのは13日後となる。


『かなりの戦力を有する存在』

『周辺地域の調査』

『魔物や鬼に関する情報』


 このどれを取っても、拠点となる場所が必要だ。運び屋が13日後に来るというなら、この場から離れないほうがいい。桃子たちがいる高校は問題外として、残りの施設を頼るのも面倒だ。


 これまでの話が事実なら、魔物狩りを対価にすれば受け入れてもらえるだろう。


「あのさ。もし良かったらなんだが……」


 ここで一旦、未だに黙ったままの真治をチラ見。相変わらず目は怖いが、口元は少し緩んできたような気もする。


「次に運び屋が来るまで滞在させてもらえないかな。もちろん相応の働きはするし、ここのルールにも従う」


 俺がそう言うや否や、朱音はニヤッと口角を上げ、再び真面目な表情に戻る。明らかに演技めいているが、なぜか悪い気はしなかった。


「もちろんいいわよ。でもこちらとしては……魔物狩りを期待しちゃうんだけど、どうかしら?」

「ああ、それはこっちも望むところだ」

「ひとりで狩ってもらうことになっても?」

「むしろそのほうが助かるよ。なにかと動き易いしな」


 互いの利害は一致しているようだ。


 単独行動が可能となれば、周りを気にすることなく、思う存分にチカラを発揮できる。ヘタに監視を付けられなくて助かった。


「じゃあ、交渉成立ってことで。今日からよろしくね」

「受入れに感謝する。理央と真治もよろしく」

「こっちこそよろしくね!」「秋文、期待してるぞ」


 朱音たち3人と握手を交わし、しばらくは互いの親睦を深めていくのだった――。




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