第76話 赤旗と白旗

 それからしばらく――


 あと数時間で日没ということもあり、魔物狩りは明日から開始することになった。


 今日は住人への顔見せを兼ね、校内を案内してもらうことに。レベル5の真治に連れ添い、各教室を順に巡っていた。朱音と理央は校長室に残り、各班長からの定時報告を受けるそうだ。


 今は屋上に向かいつつ、真治と魔物関連の話をしているところだった。


「ってことはアレか? 魔物を食っても意味はないと?」

「だと思うぞ。たぶんハイエナを食わないとダメなのだろう」

「マジかよ。そりゃまた難儀な話だな」

「ああ、一般人にとっては地獄のような環境だ」


 異世界転移に巻き込まれなかった人々。便宜上『一般人』と呼ばせてもらうが……彼ら彼女らはいっさいの能力を取得できなかった。


 運び屋との交易で数種類の魔物肉を獲得。志願者に対し、何度となく食べさせている。されど成果は現れず仕舞い。誰がどの肉を食おうが、能力の発現には至ってない。


 観測者の言葉を借りれば、『転移時の肉体改造』が要因なのだろう。縄文時代のニホ族と同じで、先にハイエナを食べることが必須条件だと思われる。


「でも真治たちは上がったんだろ?」

「ああ、既存の能力はな。感覚的には異世界と同じ上昇率だ」


 一方、異世界経験者に関して。すでに食べたことのある能力は、おおむね2割ほど向上している。


 真治の場合、『兎、鹿、猪、アルマジロ、馬』の効果がすべて上昇。この世界で新たに食べた『狼』の能力は発現していない。やはりハイエナの存在がカギを握っているようだ。



 ちょうど話が途切れたところで屋上に到着。


 屋上の見張りは4人、そのうちひとりは首から双眼鏡を下げている。全員、高校生くらいの男性で、こちらの姿を確認するとすぐに駆け寄ってきた。


 俺をチラリと一瞥したあと、みんなが真治の近くに集まる。


「「真治さんおつかれさまです!」」

「真治さん、その人が例の異世界経験者ですか?」

「さっき伝令に聞いたけど、レベル7って本当なんですか?」


 かなり慕われているようで、4人は熱い視線を向けている。まだそんなに話してないけれど、真治が人格者であることは見て取れる。この集団における心の拠り所になっているのだろう。


「こいつは秋文。しばらくここへ滞在することになった。すでに聞いてのとおり、魔物狩りを任せるつもりだ」

「秋文だ。今日から世話になる」


 真治の目くばせに合わせ、軽く頭を下げて挨拶を交わしていく。


 4人とも一般人のようで、半年前の当時は高校の教室にいたらしい。あの日は雪が積もっていたため、いつもより早めに登校したんだと。その日の午後には桃子たちが登場、それから1週間もしないうちに追放される。


 当然、外には魔物がいるわけで……何人もの同級生が帰らぬ人となった。今でこそ薄れつつあるものの、当時は相当な恨みを抱いていたらしい。


(俺も恨みを買わないよう気をつけないとな……)


 魔物に対抗するチカラを持っている以上、周囲から期待されることは目に見えている。滞在期限があるとはいえ、シレっと立ち去れば不満も出るだろう。

『なるべく上手く立ち回り、ある程度の成果を残して去る』と、このときの俺は打算的な思考を巡らせていた。



 高校生たちと話したあと、真治と屋上を見て回りながら、様々な説明を受けていく。


「っと、その前に聞いてもいいか?」

「ん? どうした秋文」

「あの白旗はなんの意味があるんだ?」


 屋上の至るところに竿付きの白い旗が掲げられ、床には赤い旗が置かれていた。そういえば昔、小学校の体育倉庫で見かけた記憶がある。以前は竹竿だった気がするけれど、今時はプラスチック製が主流のようだ。


「白旗は異常がない状態を指す。赤は不審者発見の合図だ」

「あー、そういう……ってことは、俺が来たときも?」

「ああ、バッチリ赤いのが立ってたぞ」


 門番や見回り役は常にこの旗を確認。すぐさま全体に報告され、体育館へ一時避難する仕組みのようだ。道理であのとき人が少ないと思った。俺も例に漏れず不審人物扱いだった。


 そんな疑問が晴れたところで――


 まずは東と西の2方面についてザックリと説明を受ける。


 東には高校が、西には大型のスーパーマーケットが見えている。とはいえ、有益な情報はなにも得られずにおわる。それこそスーパーに至っては、近づいたことすらないそうだ。


 歩いて20分ほどの距離にあるものの、魔物のせいで近づくこともままならない。「おそらく生存者がいるのだろう」と、曖昧な答えが返ってきた。


 次に南方面。こちらも立ち寄ったビルが見える程度で、ほかにこれといった建物はない。それよりも、校庭で育てている作物が目に付く。


 全体の8割は畑に変わり、芋類を中心としていろんな野菜を育てている。屋上から覗く野菜畑には多くの子どもたちの姿が――。


「米や麦は育ててないのか?」

「そこまではさすがにな。芋類がもっぱらの主食だ」


 麦は作付け面積が足りず、米は水の調整が難航。現状では難しいようだが、種籾自体は確保としているとのこと。


 そして最後に北方面。こちらは川が流れており、貴重な水源として利用中だ。魔物が反応しない夜を見計らい、水汲み部隊が夜通しで活動する。川と学校を何十回と往復。運んだ水はプールに貯めていた。


 昼間は伐採作業がおこなわれ、同時に開墾が進められている。いずれは川の水を学校まで引く予定。屋外作業において、これが最も危険な仕事となる。


「魔物は音でも寄ってくるからな。数少ない能力者が護衛に出ている」

「真治や理央も護衛役なのか?」

「ああ、必ずどちらかが同行しているぞ」


 ふたりのいずれかをリーダーとして、レベル3能力者の半数、約10名で警戒に当たる。なお、今日は不審者(俺)が来たため作業は中断している。


「夜に伐採すれば……って、暗すぎて無理だよな」

「ああ、たいまつの明かりだけでは危なすぎる」


 伐採作業に能力者が同行。残りの能力者は夜の番や見回り役を務めている。必然、魔物狩りに割く人員など残っていない。運よく1~2匹で襲ってきたものを狩るのが精一杯だった。


「なら普通の動物は? ここに来るまで結構な数を見かけたけど」

「肉に関してはそれがメインだ。夜に罠をかけて次の日に回収している」

「なるほど、伐採と畑仕事を昼に。夜は罠の設置と水汲みか……」


 多くの一般人を抱えるなか、能力者の数があまりにも少ない。一度でもミスを起こせばあっという間に破綻するだろう。よくぞここまで生き残ったと、感心せざるを得なかった。


「ってわけで、秋文には北方面の魔物を狩ってもらいたい」

「そうだな。まずは北から攻めてみるよ」


 魔物の行動範囲は不明なれど、ある程度殲滅できれば安全率は上がるだろう。


 俺は寝床の確保と周辺調査。真治たちは作業効率の向上と魔物被害の低減。互いの利害は一致、あとは明日からの実践を待つばかりとなった。




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