第77話 北方面の探索

 翌朝――

 ぼんやりとした意識のなか、どこからともなくピアノの音が聞こえる。


 曲名まではわからないが、何度か耳にしたことのある旋律。朝の目覚めに相応しい優し気な音色が校内に響く。


 俺の寝床は職員室に決まり、机で間仕切りされた2畳分のスペースを与えられる。硬い床にはダンボールの敷布団が1枚。にもかかわらず、思いのほかグッスリと眠れた。ほかの連中はもう起きているのか、職員室には誰の姿もなかった。


(とりあえず体育館へ行くか)


 校舎の隣にある体育館は食堂として利用中。食事は朝と夕方の2回、昼はその日の収穫により、あったりなかったりのようだ。


 昨晩のメニューは蒸かした芋と野菜のスープ。多少の塩味はあるものの、量はそれほどでもなかった。食べ盛りの子どもには、さぞ物足りないことだろう。



 住人が体育館に集まっていくなか、俺は何食わぬ顔で配膳の列に並ぶ。


 なにせ300人近くの大所帯。おっさんがひとり増えたところで気にする者は少ない。というか、俺のことを気にするヤツは皆無のようだ。並んでいる間に声をかけられることもなかった。


 朝食は昨晩と同じだったものの、スープにはゴロッとした肉が2つ浮かんでいた。これがいつものことなのか、今日が特別なのかはわからない。


 体育館の壁際に腰を下ろし、ひとり黙々と食べていると――。


「秋文、ここにいたのか」


 食事はもう済ませたのか、手ぶらの真治が声をかけてきた。俺は芋を持った手を挙げて目線だけを合わせる。


「そろそろ朝礼が始まるからおまえも来てくれ。みんなに紹介する」

「わかった。すぐに行くよ」


 壇上には校長の朱音をはじめ、各班のリーダーが集まっている。俺は舞台袖に待機して、食事を摂りながら朝礼の様子を眺めることに――。


 各班の行動予定が発表されていき、朱音が前に出たところで俺の自己紹介がはじまる。


「昨日も少し話しましたが、新しく仲間となった秋文さんです」

「秋文です。2週間ほど滞在させてもらうことになりました。よろしくお願いします」


 下げた頭を戻すと、300人の視線が俺に集まっている。


 歓迎の笑みをこぼす者、疑いの目を向ける者、興味無さそうな者と、反応は様々だが、実に居心地が悪い。


「彼には可能な限り魔物を狩ってもらう予定です」


 魔物狩りという単語にザワめきだす場内。案の定、チラホラと否定的な声があがりはじめる。


 そいつは信用できるのか。高校にいるヤツらの回し者じゃないのか。と、『突然現れた怪しい男』として認識されているようだ。


 昨日の時点で、俺がレベル7だということは知れ渡っている。魔物狩りへの期待感と同時に、それ以上の驚異を感じているはず。そんな彼ら彼女らが疑うのも無理はない。


「皆さんが疑うのもわかります。ですが、私は彼を信用しています」


 朱音が語気を強めて返すと、場内のザワつきはピタリと止まる。


「魔物が減れば安全が確保できます。彼については今後の働きを見て判断してください」


 彼女の真意はさておき、さすがは校長と言ったところか。相応の効果はあったようで、それ以上文句を言うヤツはいなくなった。


 結局、自己紹介は手短に済ませ、まばらな拍手とともに解散となる。興味を持った数名に話しかけられたものの、住人のほとんどは無関心を装っているようだ。


(まあ最初はこんなもん……っていうより上出来な部類だな) 


 俺自身、特段の信用を得ようとは思ってない。どうせ運び屋が来る日までの短い付き合いだ。ある程度の成果を出せば十分。少なくとも追い出されることはないだろう。



 朝食後、諸々の準備を整えてから北の森へと侵入。俺は自前のリュックを背負い、ステンレス製のポールを右手に握る。


 出がけの探知結果によれば、北側2キロメートルの範囲に約100匹ほどの魔物を確認。昨日狩った鹿のほかにも、兎や猪、狼っぽいヤツの反応もあった。


 川の近くに感じた気配はアルマジロだろうか。どれも異世界のものとは違う匂いだ。生息する数もかなり多い印象を受ける。


「とりあえず伐採班の近くからだな」


 現時点において、ここの住人に情があるわけじゃない。命がけで守る気など微塵もなかった。


 されど世話になるのも事実。一時的とはいえ、生活を共にする仲間であることは確かだ。むやみに怪我をさせない為にも全力で取り組む所存だ。


「っと、まずはアレからやってみるか」


 伐採場を抜けた少し先で2匹の狼を発見。額からツノを生やし、全身の毛が逆立ってトゲのように見える。やはり縄文時代のモドキとは違う生き物のようだ。


 兎にも角にも先手必勝。こっちから走り寄り、勢いのまま1匹目に突きを入れる。突きこんだポールは胴体を貫通。刺さった狼を持ち上げ、もう1匹に向かって全力で放り投げた。


 すると次の瞬間、「グシャ」と何かが潰れる音。2匹もろとも、もの凄い勢いで吹き飛んでいく。そのまま5メートル先の木に叩きつけられ、ずるりと力なく地に伏せた。


「よし、先制できれば問題ないな」


 強さを確かめるのも大事だが、それで怪我を負っては元も子もない。回復魔法や治癒アイテム、それこそ現代の薬だって入手困難な状況。わざわざ手心を加えるつもりはない。


 魔物自ら襲ってくる以上、そのうち乱戦になることは必須。相手の力量はそのとき確かめればいい。いま肝心なことは『倒せる存在なのか』を確認すること。しばらくは全力で攻めるべきだろう。



 それから数時間――


 すぐ近くにある川を拠点に、周囲の魔物狩りを継続。大猿や森の主を考慮して、切り札の覚醒は温存したまま狩りを続けた。


 案の定、何度か乱戦になりつつも、無傷のまま狩ることに成功。気づけば死体の山ができあがっていた。ざっと見繕っても30匹以上は狩っただろう。とてもじゃないがひとりで運べる量じゃない。


「とりあえず戻るか」


 ここから数分も歩けば伐採場がある。ここら一帯の魔物は狩ったし、運搬を手伝ってもらうくらいは問題ないだろう。そう考えて歩き出そうとしたとき――伐採場の方面から10人ほどの集団が姿を現す。


 一瞬身構えたものの、現れたのは真治たち護衛班だった。


「秋文、そろそろ昼だし切り上げて……っ」


 先頭を歩く真治は、死体の山に声を失い立ち止まる。


 これでもかと目を見開いて、静かに武器を構えていた。後ろにいる連中も似たようなもの。大量に詰まれた魔物を見て後ずさっている。


「なあ秋文……それ、おまえが全部やったのか?」


 しばらく沈黙が続いたあと、武器を下ろした真治が口を開く。


「ああ。ちょうどみんなを呼びに行こうとしてたんだ。来てくれて助かったよ」

「そ、そうか……。にしても凄いな。これがレベル7の実力か……」


 俺が運搬を願い出たところで、ようやくみんなの警戒が解けはじめる。恐るおそる近づいてくると、死体の山を食い入るように見つめていた。


 ――と、それからすったもんだありつつ、


 みんなで2往復してすべての獲物を運び込んだ。


 今日の成果は大小さまざまな魔物が44匹。兎、鹿、猪、狼に加え、アルマジロを数匹確保。


 言うまでもなく校内は大騒ぎとなり、解体場の近辺にはたくさんの人だかりができていた。




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