第78話 新種の魔物

 その日の午後――


 校庭の一画にある解体場では、キャンプファイヤーさながらの炎が轟々と立ちのぼる。少し距離を置きつつも、火の周りは多くの住人で溢れかえっていた。


 特段、大収穫を祝うお祭りというわけではない。魔物の内臓を燃やして確実に処理をするためだ。


『内臓を食えば鬼になる』


 この現象については、すべての住人が正しく認識している。


 毎日の朝礼で繰り返し周知され、取り扱いには細心の注意を払っているようだ。今も数名の監視が立ち、バケツに移された内臓が次々と火に投げ込まれている。


 悪ふざけで触ろうとする者や、むやみに近づこうとする野次馬もいなかった。



 そんな俺は現在、真治とふたり、校長室に呼び出されていた。朱音や理央と一緒になって、窓越しに解体作業を覗き見している。


「ほんと、途轍もない成果ね」

「いやいや、あの量はあり得ないでしょ……」


 朱音は冷静を装っていたが、口元をヒクヒクとさせている。隣にいる理央に至っては、窓にへばりつきながら両目を見開いていた。


 未だ食い入る女性陣をなだめ、真治が無理やり席へと着かせる。俺もそれに合わせ、彼女らの対面に腰を下ろした。


「呼び出しておいてごめんなさいね。あんな光景を見る日がくるなんて……」

「いや、俺はかまわないよ。期待に答えれたようでなによりだ」

「期待なんてものじゃないわ。想像を絶するって、まさにこういうことなのね」


 正直なところ、自分でもやり過ぎたと思っている。反省こそしていないが、もう少し抑えるべきだったかもしれない。


 とは言うものの、これは不可抗力でもあった。


 べつに自分のチカラを誇示するとか、調子に乗っていたわけではない。そこまで無理をして狩った覚えもなかったんだ。


 そもそも魔物の数が多く、しかもそのすべてがアクティブ化。言うなれば入れ食い状態。

 数分歩けば魔物に遭遇、目が合った矢先に襲い掛かってくる状況。多少の誇張はあるけれど……実際問題、かなり過酷な環境だったんだ。


「あの様子だと、解体班を増員しないとダメね」

「うんうん、今の倍は必要かも」


 そう語る朱音と理央は、ご満悦の表情で頷き合っている。


 たしかに人手を増やさないと追い付かないだろう。明日以降も続けるのであればなおさらのこと。本音はどうなのかと思い、明日からの予定を確認してみることに――。


「朱音さんどうする? 明日からはもう少し数を調整しようか?」

「いえ、この調子でお願い。東側の魔物以外は殲滅してほしいの」

「東側……ああ、そういうことか」

「どの程度狩るかはあなたに任せるわ」


 言葉には出さずとも、なんのことかはすぐに理解した。


 東側には桃子たちのいる高校が存在する。魔物を狩り尽くせば、向こうとの往来が容易になってしまう。


 余計なちょっかいを出されたり、食料を略奪されたりと――最悪の場合、占拠されて追い出される可能性もある。迂回されることを考慮して、東側一帯の魔物はすべて放置することに決まった。 

 

「なあ秋文、せめて運搬くらいは手伝わせてくれ。あのペースで魔物が減るなら危険も少ない。足手まといにはならないはずだ」

「お、それは助かるよ。今日みたいに集めておけばいいか?」

「ああ、そうしてくれるとありがたい。……おまえだけ危険に晒してすまんな」


 真治は申し訳なさそうにしているが、獲物を運ぶのも一苦労なんだ。正直、なによりもありがたい申し出だった。


「真治、あまり気にするなよ。俺は居候なんだし、今のうちに使い倒してくれ」

「……おい、それは本心か? 遠慮なく利用するぞ?」

「もちろんだ。ついでに言っておくと、命を賭ける気はない。トンデモない強敵が来たら俺は逃げるぞ」


 大猿や森の主、そして正体不明の鬼。そんなのと張り合う気はさらさらない。俺はわざわざ口に出して予防線を張っておく。


「なるほど、おまえの考えは理解した。それでじゅうぶんだ」


 真治は納得顔を、理央は少し寂しそうに俯いている。校長の朱音は表情を変えず……結局、どう思っているかはわからず仕舞いだった。


『みんなと仲良くなりたい』

『世話になる以上は貢献したい』


 もちろんこれも本心だが……どう転んだところで、いずれは別れが訪れる。可能かどうかは別として、なるべく割り切った関係を保ちたい。



◇◇◇


 北方面の魔物狩りを始めて3日目


 初日こそ入れ食いだった魔物も、日を重ねるごとに減少。


 1日目は44匹、2日目は30匹、そして本日は16匹と、狩りの成果は徐々に目減りしている。


 魔物の行動範囲は決まっており、遠方から集まってきたり、縄張りを変えて移動することもないようだ。言うまでもないことだが……ゲームみたいに魔物がリポップする現象は起きていない。


 そんな今日も狩りを終え、護衛班と一緒に獲物を運搬中。いまは最後尾に陣取り、真治と並んで歩いているところだ。


「なあ秋文。こんな大物、どこで見つけたんだ? ってか、そもそも魔物なのか?」

「ん? 普通に森を歩いてたぞ? 特徴から見てたぶん魔物だと思う」

「マジかよ。爬虫類の魔物なんて初めてだ……」


 真治がズルズルと引きずるソレは、一見するとリクガメのような見た目。頭部の穴からしっぽの穴まで、武器のポールが貫通した状態で事切れている。


 体長は1.5メートル程度で足と首が異様に長い。ちょうど俺が四つん這いになったくらいのサイズ感だ。


 ゴツゴツした甲羅は滅法硬く、ポールで突こうが傷ひとつ付かなかった。腹の部分すらガチガチで、防御力に関してはピカイチの性能を有している。


「ところで、ポールを抜かない意味はあるのか?」

「ああそれ、抜かないんじゃなくて抜けないんだ」


 その場に一度立ち止まり、真治に引き抜いてみるよう言った。


「なんだこれ……ビクともしないぞ」

「だから言ったろ。完全にハマっちゃったんだよ」


 穴のサイズがピッタリだったのか、俺の全力でも抜くことはできなかった。覚醒状態ならイケるだろうけど……ちょうど最後の一匹だったし、「まあいいか」とそのまま放置してある。


「相当硬そうだし、解体できるかも怪しいところだな」

「まあなんとかなるだろ。戻ったらさっそく試してみよう」


 そんな会話を交わしながら、小学校に向かって歩みを進める。


 北の魔物は狩り尽くし、以前のような厳戒態勢をとる必要はない。生息する魔物についても明らかになっていた。


 今日までに狩った魔物は『兎、鹿、猪、狼、アルマジロ、馬、亀』の7種類。亀はこの1匹しかおらず、アルマジロと馬は極端に少ない。ほかの魔物はどれも同じくらいの割合だった。


 魔物に共通する点は2つ。どの種類も必ずツノが生えていること。そして目が赤く濁り、ほのかに光っていること。


 縄文時代のモドキに比べ、魔物の強さは2~3倍程度。兎なら跳躍力、猪ならパワーと、それぞれの特性がさらに強化されている。


 そして今日見つけた亀の魔物。おそらく防御系の能力だと思われるが……能力上限のせいで取得できないだろう。残念ながらハイエナとは遭遇しておらず、明日から始める西の探索に期待を寄せている。


「あっ、そういえば――」

「秋文? 急にどうした?」


 なにがキッカケだったのか。校門が遠くに見えてきたところで、ふと自衛隊の存在を思い出す。



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