第79話 レア物ゲット

 初日に見た自衛隊のヘリコプター。


 あれ以来、一度も目にしてないが……真治たちは支援や救助を受けているのだろうか。思い出しついでに詳しく聞いてみる。


「俺が小学校へ来た直前にさ。自衛隊のヘリが飛んでたんだよ」

「あー、あのときのか。前にも一度来たけど素通りしてったな」


 真治曰く、1か月前くらいにも飛んできたらしい。支援物資はおろか、なんの接触もなく通り過ぎていた。


「……そうか。それ以前に見かけたことは?」

「いや、一度もないな」


 結構大きな音だったし、見逃す可能性は低いだろう。だとすれば、世界が変貌してからの5か月間は何をしていたのか。


・拠点の防衛や整備に注力していた

・近隣住民の保護に手いっぱいだった

・拠点の場所が遠く、ここまで手が回らなかった


 ざっと思いつくのはこれくらいか。あとは燃料確保の問題もあるだろう。


「こっちから合図を送ったりは?」

「もちろんしたさ。急いで狼煙をあげたし、校庭からみんなで手を振り続けた」

「けど反応はなかったと?」

「ああ、完全に素通りだった。絶対に気づいたはずなんだが……」


 そもそも救助が目的ではなかった。もしくは救助前の偵察という可能性もあるだろうか。


 救助したところで、一度に乗れる人数などたかが知れている。着陸したヘリに人が群がり、暴動まがいの惨事にもなりかねん。ある意味では正しい選択なのかもしれない。


「まあ、期待せずに待つしかないか」

「そうだな。拠点の場所がわかったところで移動手段がない。今は静観するしかないな」


 危険を冒して移住するより、小学校で自活するほうがよほど現実的だ。こちらは受け身である以上、ここで気長に待つほかないだろう。




◇◇◇


 亀の魔物を狩ってから3日後――


 北の魔物は狩り尽くし、嗅覚強化による探知にも反応しなくなった。川の付近や伐採場など、小学校の北側は安全地帯と化している。


 夜間の水汲みは廃止、伐採作業と並行して午前中に移行。護衛に割く人数も半分ほどに減らせていた。


 現在は西側の魔物を間引き中。こちらも順調に行けばあと4日程度で完了するだろう。


「あっ、亀のおじさんだ!」

「亀おじさんおはよう!」

「ねえ亀おじ、今日はどこ行くの?」


 体育館で朝食を摂っていると、小学生くらいの子どもたちが笑顔で群がってくる。


「おい、亀おじって呼ぶんじゃない。俺の名前は秋文だ」


 大変不名誉ながら、亀おじさんとは俺のことを指す。


 進化を遂げた武器のせいで、多くの人……とくに子どもたちからはこう呼ばれるようになった。さすがに大人は遠慮しているが、親しみを込めて揶揄う者も多い。


 亀の魔物を狩ったあの日、突き刺さったポールは最後まで抜けず仕舞い。わき腹から肉はそぎ落とせたものの、甲羅と腹部はそっくりそのまま残ってしまう。


 甲羅の穴とポールはギチギチに密着しており、全力で振り回しても抜け落ちることはなかった。見てくれはちょっとアレだが、甲羅の部分を槌に見立てたメイスとして利用中だ。


 ついでに持ち手の部分を改良したり、ポールの空洞部分にモルタルを詰めたりと、途中からはノリノリで手を加えていった。おかげで使い勝手は抜群に向上。重量の増加により、武器の威力は格段にに跳ね上がった。


「よお秋文、今日も大人気じゃないか」


 子どもを適当にあしらっていると、真治が近づいて声をかけてくる。


 冷やかしめいた口調に、今にも噴き出しそうな含み笑い。俺をからかいにきたことは明らかだった。


「あだ名を広めた張本人がソレを言うか?」


 何を隠そう、言い出しっぺは目の前にいる真治だ。おかげで集団にもずいぶんと溶け込めていた。


「おい、そんなにツンケンするなよ。子どもたちが怖がるぞ?」


 一緒にいる時間が長いせいか、コイツとはかなり打ち解けている。出会った当初の寡黙さは薄れ、互いの距離感に心地よさを感じてしまう。


 俗にいう『ウマが合う』ってヤツだろうか。たった7日という期間ながら、気の知れた間柄に進展していた。


「で、朝から何の用だ?」


 朝礼はさっき終わったばかり。この様子からして、とくに用事があるようには見えない。俺は素っ気ない返事をしながら芋をかじる。


「いや、今日はアソコに行くんだろ? なんとなく心配になってな」

「あー、それなら問題ない。中に入るつもりはないし、魔物狩りのついでに様子を見てくるだけだ」

「そうか? ……おまえに言うことじゃないけど、無理だけはするなよ」

「わかった。今日はなるべく早く帰ってくるよ」



 と、そんな朝の一幕がありつつ――


 朝食を済ませた俺は、西にあるスーパーマーケットへと向かっていた。実は昨日、嗅覚強化に『とある反応』があったんだ。


 気配は多少違えど、あの匂いはハイエナもどきに違いない。好みの肉だったせいか、確信に近いナニカを感じている。


 どこかへ逃げてしまわないうちに是が非でも狩っておきたい。俺ははやる気持ちを抑えつつ、周囲を警戒しながら進んでいった。


「っと、そろそろ覚醒を使っとくか」


 スーパーに近づいてきたところで、先に嗅覚強化を発動。


 施設の中に人がいることは昨日の時点で確認済み。全部合わせて18人しかいないこともわかっている。


 理由こそわからないが、建物の規模に比べてあまりにも少ない生存者たち。人であるとは思うのだが、全員、匂いの色が『黒い』のはなぜなのだろうか。


 一方、目的のハイエナはスーパーのすぐそばにいるようだ。昨日居た場所からほとんど移動していない。3匹が群れをなし、その場を動かずに止まっている。


「よしっ、やっぱりハイエナだ。しかも結構デカいぞ」


 縄文時代のヤツよりひと回りは大きい。大型犬くらいの体長で、目やツノの特徴はほかの魔物と類似している。


 武器を使ってもいいのだが、やりすぎて肉が弾けでもしたらマズい。食べられる部分は少しでも多く残したい。


「素手で仕留めるなら今がチャンス」と、覚醒状態が切れる前に飛び込んでいった。



 結局のところ、狩り自体はものの数秒で決着。相手の強さはわからずも、肉を得られた喜びに思考の大半は占領されていた。


(小学校の連中も喜ぶだろうな)


 解体うんぬんは後回し。スーパーの住人は気になるけれど、まずはハイエナを持ち帰るのが先決だ。「調査はじっくり進めればいい」と、少し浮かれていたときだった――。


 すぐ近くで「ガシャン」とガラスの割れる音。


 音の出どころはスーパーの出入口だった。広い駐車場を挟んだ店舗の入り口。そこに2人の人影……ではなく『異形の鬼』を発見する。


 幸いにも、まだこちらに気づいていない様子。俺は近くの木陰に隠れてしばらく静観を決め込む。せめてあと5分。覚醒が使えるようになるまでは待機一択だ。


「思ってた以上に鬼っぽいな……」


 実際の身長は2メートル前後ってところか。筋骨隆々、屈強な体躯が際立ち、見た目以上に大きく見える。腰に巻いた毛皮以外、なにも身に着けていないようだ。


 顔はまさしく鬼のそれ。日本風の鬼ではなく、ファンタジーに登場するオーガっぽい感じだ。目は赤く光り、額のあたりにツノがある。


「あれ、本数が違うな……。なんか意味があるのか?」


 長さは約10センチ、太さやカタチは人参くらいか。2体いる鬼は、どちらも額の中央に立派なツノが生えている。だが片方の鬼だけは、小さめのツノをもう1本、大きなツノの隣に生やしていた。


 もうそろそろ5分経っただろうか。一戦交えることも視野に入れたが、2体の鬼は反対側の森へと消えていく。


 もしツノ族と同種であるならば、魔物の内臓を食いに行ったんだろう。放置してあるハイエナを食われなくてホッとした。


「んー、こりゃ放置だな。今のうちに帰ろう……」


 どこから来たのか、いつから居たのかは知らないが、「半年動きがないなら今後も大丈夫なのでは?」と、鬼については放置することに。


 なにせ相手の強さは未知数。調査をするにしても、小春たちと合流してからにしたい。藪を突いて大惨事、小学校もろとも全滅endは避けたいところだ。


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