第80話 亀モドキの能力
その日の午後――
昼食を終えた体育館には、すべての住人が居残っていた。
その目的はもちろん、ハイエナ肉を食べて能力を取得すること。朱音の演説が行われるなか、館内には肉の焼ける匂いが立ち込める。
俺は壇上の端に陣取り、真治と話しながら様子を伺っているところだった。
「なあ真治、みんなに行き渡る分はあるんだよな?」
「ああ。ひと口食べれば十分だし、多少の在庫も確保できてるぞ」
今回入手したハイエナは3匹。そのうち1匹は俺が確保、残り2匹を朱音たちに渡している。肉の分配については昨日の時点で交渉済み。毎日覚醒しながら食べること、そして小春たちに渡すことも打ち明けた。
狩った数を誤魔化したり、どこかに隠しておく手もあったが……あとあとバレた場合、俺の信用は地に落ちるだろう。できればここを去った後も良好な関係を維持しておきたい。
内心どう思ってるかは知れないけれど、この件で騙すような真似はしたくなかった。
「――ということで、私からの説明は以上となります。それでは皆さん、プラカードを確認して列に並んで下さい」
朱音の話が終わると、体育館にいる住人がそそくさと動き出す。
壇上のすぐ下には、肉の組み合わせを書いたプラカード。昨日記入してもらったアンケートを元に、住人が7つの列を形成しはじめた。
やはり長い列を作ったのは『猪とアルマジロ』の組み合わせ。それに次いで『猪と馬』『アルマジロと馬』が人気を集めている。数は少ないものの、女性の中には『アルマジロと亀』を選択する者もいた。
「んで、真治はどうするんだ? 狼と亀、両方とも取るのか?」
しばらく長蛇の列を眺めつつ、壇上で真治に話しかける。
彼が現在持っているのは『兎、鹿、猪、アルマジロ、馬』の5種類。狼と亀を食べればレベル7の能力者となる。1種類は残しておき、新種やら大猿用に取っておくのも手だが……。
「ん、おれか? もちろん両方とも食うぞ? 秋文のアレを見れば亀の能力は必須だろう」
「まあそうだよな。俺も想像以上の効果に驚いたよ」
亀の能力については既に判明。俺が人柱となって、具体的な効果も検証済だ。こと防御面に関しては、期待を裏切らない性能を発揮していた。
言葉にするとどうだろう。平たく言ってしまえば『一時的に皮膚が硬くなる』能力か。見た目はまったく変わらないが、亀の甲羅のごとく表皮が硬質化する。
能力が発動するのはダメージを受けるタイミングのみ。殴ったり刺したりした部分が一時的に強化されるようだ。その一方、通常時は柔らかいままで、ビンタされた程度では発動しなかった。
ゲームっぽく例えるなら、弓矢や刺突を防ぐアルマジロの弾力性。打撃や斬撃を防ぐ亀の硬化性。この2つが両立している感じだ。
「秋文はまだ一枠残ってるんだろ?」
「ああ、異世界と同じ仕様ならそのはずだ。真治たちの結果を見て確認させてもらうよ」
焼き肉パーティーは夕飯の時間になるまで継続。記帳を済ませたヤツから校庭に飛び出し、自らの力試しに興じている。
受付役の朱音と理央は大忙し。途中からは俺たちも駆り出され、ようやくすべての対応がおわったところだ。
レベル2が250名、レベル5が22名、レベル7が3名と、すべての住人が2つの能力を取得。会場は大いに盛り上がり、年齢や性別に関係なく、みんなの興奮はいつまで経っても収まらなかった。
やるかやらないかは別としても、これで高校のヤツらとも張り合えるのではないだろうか。レベルでは劣るものの、こっちにはそれを補う人数差がある。少なくとも一方的に蹂躙されることはない。
「ふぅ、やっと終わったねー」
「ほんと、みんな嬉しそうでなによりだわ」
椅子に座って伸びをする理央と朱音。疲れた声をしているが、その表情は飛び切りに明るい。すこぶる満足そうな顔で見つめ合っていた。
「秋文、全部おまえのおかげだ。感謝する」
その隣にいた真治が席を立ち、俺に向かって深々と頭を下げてくる。
これが演技ではなく、本心だということは明らか。真治の嬉しそうな表情を見れば一目瞭然だ。
「ハイエナは完全に運だが……まあ、みんなの役に立てて良かったよ。これであと1週間、気楽に過ごせそうだ」
「そうだな。あとはおれたちに任せてくれ」
レベル7になった3人に加え、レベル5の連中が22人もいるのだ。間引きが進んでいる現状、ここら一帯にいる魔物なら比較的安全に狩れるだろう。「明日からは魔物狩りの班を編成する」と、さきほど真治とも話したばかりだった。
結局、この日の夕飯は盛大に振舞われ、住人たちは日が落ちるギリギリまで騒ぎ立てていた。
むろん話題の中心はこの俺だ。ハイエナを狩ってきた立役者として存分に持て囃された。とくに子どもたちからの人気は絶大で――、
この日以降、『亀おじさん』の知名度は不動のものとなる。
◇◇◇
それから5日――。
穏やかな日々が続き、いよいよ運び屋の来訪を明日に控えていた。
住人の能力取得により作業効率は格段に向上。魔物を狩り尽くしたおかげで、安全性もしっかりと確保できるようになった。
伐採速度は以前の3倍ほどだろうか。運搬作業を含めて異常な速さで進んでいる。川まで開拓する目途が立ち、学校へ水を引く計画も視野に入ってきた。
あの日以降、魔物狩りに関しては『魔物班』に任せている。レベル7の真治をリーダーに添え、10人の志望者により編成された。今のところ負傷者はおらず、午前の半日で10匹前後の成果を上げている。
真治の強さは相当に上がり、単独で全種類の魔物を狩れるようになった。それこそボス級でもない限り、敵に後れを取ることはないだろう。
一方、俺は周辺の調査を継続中。スーパーのある西方面には立ち入らず、南側を重点的に調べている。途中で遭遇した魔物を狩りつつ、何度か駅にも立ち寄っていた。
そんな今日も駅に向かい、今しがたホームへと到着したところだ。
「相変わらず魔物はいないか」
何度かここへ来ているものの、駅の構内では魔物を見かけたことがない。
立ち入った形跡もなく、駅の周囲に近づく魔物は極端に少なかった。確定ではないまでも、小学校や高校と同じく、ここも聖域扱いなのだろう。
「ていうかこの電車……。これぞまさしく聖域ってヤツだよな」
これは昨日発覚したことなんだが……俺たちが乗っていた電車が異質の物体であると判明。電車の外装はもとより、窓ガラスから座席に至るまで、そのすべてが破壊不能。いくら殴ろうともキズひとつ付かなかった。
どうやら対象は電車だけのようで、ホームにある椅子や標識は普通に壊すことができる。偶然、亀メイスをぶつけた自分を褒めてあげたい。
「やっぱここ、拠点に良さそうだな」
魔物が入ってこれず、寝やすそうなシートの座席を完備。割と近くに湖や川があるし、朱音たちのいる小学校も近い。
さらに天井にはドーム状の天幕、窓ガラスは普通に開け締めが可能。少人数で住むには持って来いの場所。小春たちを見つけたら是非とも提案したいところだ。
俺は車内を見回ったあと、南に見える湖へと向かった――。
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