第30話 ツノ族との戦い


 地図に照らし合わせると、集落にいるニホ族は全部で20人。


 そのうち約半数は1か所に集まり……おそらく住居に隠れていると思われる。その人たちを守るような配置で、8対8の構図が展開されていた。


「「アキフミ……!」」


 ふたりは不安そうな……それでいて力強く、期待を込めた目で俺の名を呼んだ。まず間違いなく、あのときの勇姿を思い浮かべているはずだ。


「わかってる。……少しだけ待ってくれ」


 すぐに加勢すべきと、頭の中では理解している。なにより自分の戦力を対価にした以上、この期に及んで逃げることはできない。ここで力を見せなければ、とたんに信用を失うだろう。


 俺は思い切り息を吸い込み、全身にありったけの力を込める。


(覚悟を……決めろ!)


 ふたりに頷いたあと、集落に向かって飛び込んでいった――。



 背後に遠のく足音を耳にしながら、無言のまま集落に突っ込む。


 すでに現場は臨戦状態。ツノ族の攻撃に対し、ニホ族は槍を突き出し、必死に牽制していた。こっちに気づいたツノ族は、一番端にいたひとりだけだ。ほかは目の前のニホ族に集中して、俺たちには気づいていない。


(止まるな……このままいけ!)


 俺は勢いのまま走り寄ると、驚き呆けているツノ族に向かって棍棒を突き出す。


 と、そいつの腹にめり込んで、数メートル吹き飛んだあと転がっていく。ちょうど2種族の間合いを割るように、ツノ族のひとりが力なく横たわった――。


「ジエン! エド! おまえらどうして!?」


 周囲の動きがピタリと止まり、ニホ族の男がこっちを見て叫ぶ。


 が、そんなことはどうでもいい。俺は間髪入れずに飛び掛かり、棍棒をひたすらに振り回した。


 鈍く重たい感触と、一瞬だけ聞こえてくるうめき声。2人……3人……4人目を吹っ飛ばしたところで、ツノ族が距離を取りだす。

 

 このまま相手は逃げ出すだろう。頭の中では理解しているつもりだった。だが俺の足は前へと進みだし――次の標的に向けて駆け出していた。


 前回とは違い、意識はハッキリしており、自分が何をしているのかも自覚している。それでもなお動き続け、敵をどこまでも追い回していく。


 結局、最後の最後まで……ツノ族が全滅するまで止まらなかった――。



◇◇◇


 それから数分――いや、もしかしたらもっと経ったのかもしれない。ようやく息が整ったところであたりを見渡す。


 隣にはジエンとエド、そしてもうひとりの男が話をしている。ほかの男たちは戦後の処理をしているようで、ツノ族たちを川へと運んでいるところだった。


 みんなチラチラと俺を見ているが、どの顔にも恐怖の感情は見られない。むしろ好意的な表情で見つめていた。


「アキフミ、おまえ大丈夫か?」


 俺の肩に手をかけるジエン。心配そうなセリフとは裏腹に、手に込める力には憧憬しょうけいの熱を感じた。


「ああ、もう平気だ。話を続けてくれ」


 なにかが吹っ切れたのか。体の震えや忌避感もなく、粗ぶった気持ちも薄れていた。俺を含めた4人は地べたに座り、たき火を囲いながら話をはじめる。


「さっきは本当に助かった。正直、あの雄姿が目に焼き付いて離れん」

「あれは不意を突けたからだ。また同じことができるかはわからん」

「それでもだ。一族を代表して礼をいう」


 目の前にいる男はアモンと言い、20人の集落を束ねる族長だった。歳は40前後に見え、どことなくジエンと顔が似ている。窮地を救ったことを感謝され、しきりに体をまさぐられた。


 エドたちもそうだったが、これがニホ族なりのスキンシップなのだろう。俺は抵抗することなく自由にさせていた。


「それにしてもアキフミは勇ましいな。同じ日本人でもアイツらとは大違いだ」

「……同じ日本人?」

 

 ここでアモンの口から思わぬ言葉が――。まだ一度も説明していないのに、日本人のことを把握している様子だった。


「アモン、ここにも日本人がいるのか?」

「ああ、トウカ以外はさっき逃げたがな」

「トウカって……え……?」


 しかもトウカという名前まで飛び出す始末。夏歩が話していた友人の名前も冬加。同じ電車に乗っていた以上、同一人物である可能性は極めて高い。


「なあ、できるだけ詳しく聞かせてくれないか」

「もちろんだ。知ってることなら何でも話そう」


 トウカという人物も気になるが……まずはこれまでの経緯を聞かせてもらうことに――。


 

 今から10日ほど前、この集落に6人の日本人が訪れた。男4人と女2人で現われ、集落に住まわせてくれと頼まれる。


 最初はツノ族かと警戒したが、自らを日本人と名乗る彼らは実に好意的だった。なんだかんだで彼らを受け入れ、ようやく生活にも慣れてきたころ、今日の襲撃事件が起こる――。


 ともに戦ってくれると期待したが……ひとりを残して、あっという間に逃げていったらしい。

 言われてみれば地図を見たとき、5つの点が集落を離れていった。おそらくアレが日本人だったのだろう。


「おっ、女たちが出てきたか。アキフミ、ちょっと待っててくれ」


 ざっくりと話を聞いたところで、族長宅に逃げ込んでいた女たちが外へ出てくる。子どもを含めて13人、その中にひとりだけ制服姿の女の子がいた。


 髪はかなり明るめで、背丈は夏歩と同じくらいか。顔立ちはよく、全身がほんのりと日焼けしている。部活でもしているのか、かなり引き締まっている印象を受けた。


(てか、制服も夏歩と同じだな……)


 上着こそ脱いでいるが、スカートの色と柄は同じものだった。これはもう、冬加とうか本人と見て間違いないだろう。その子を呼びに行ったアモンは、軽く言葉を交わしたあと、彼女を連れて戻ってくる。


 途中で俺に気づいた彼女は、一瞬、目を見開いてから、ものすごい勢いで駆け寄ってきた。


「うわっ、おじさんじゃん! おじさんもこっちに来てたんだね!」

「あ、ああ……。実はおじさんも来てたんだ……」


 夏歩のお兄さん呼びに慣れていたからか、おじさんというワードがズシリと響く。本人に悪気はないようだが、せめて「うわっ」っていうのはやめて欲しい……。


 ただそれでも、俺の中のナニカが緩んで、張りつめていた気持ちは幾分楽になっていた――。



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