第31話 飛嶋冬加18歳


 出会って早々、おじさん呼ばわりの冬加。本名は飛嶋冬加とびしま とうかというらしく、自らを名乗ったあとは、俺のことをジッと見つめていた。


 その様子を見ていたアモンは、不思議そうな顔をする。どうやら俺たちの関係が気になっているようだ。


「アキフミ、おまえとトウカは知り合いなのか?」

「いや……名前は知ってるけど、顔を見るのも話すのも初めてだ」

「ん? そうなのか? ずいぶん変わった関係だな」

「ああ、俺にもよくわからん」


 結局、防壁の話は後回しになり、ひとまず昼食をいただくことに。


 ジエンが概要を説明しているうちに、俺も冬加にこれまでのことを話していった――。


「ってわけだ。夏歩も元気だから心配するな」

「そっかー。アタシも最初から一緒だったらなー!」


 俺が話している間、冬加はウンウンと元気に頷くだけで、一切質問をしてこなかった。ようやく出てきた言葉からも、悲壮感や不安のたぐいは見受けられない。それがあまりにも自然すぎて、妙な違和感を覚えていた。


「なあ冬加、意外と平気そうだけど……無理してないか?」

「うん、実は無理しまくってる!」

「そうか、なら今は聞かない。話したくなったら教えてくれ」

「ん-、じゃあそうしよっかな!」


 淀みなく答える彼女は、かなり闇が深そうだった。あとは夏歩たちと合流してから改めて聞くことに――。俺ひとりでは受け止められそうにない。



 と、ジエンたちの話はとっくに終わっていたらしい。こっちの話題が途切れたところで相談にやってきた。正直、対処に困っていたのでありがたい。


「アキフミ、防壁についてはしっかりと説明したぞ。アモンも前向きに検討したいそうだ」

「そうか。じゃあ具体的な手順を伝えればいいか?」

「いや、それなんだがな。もっと良い方法を思いついたんだ」

「ん? どういうこと?」

「以前に提案してくれただろう。アレのことだ」


 ジエンの話を要約すると、ここに防壁を作るくらいなら、いっそ集落ごと引っ越そうというものだった。


 ツノ族の襲撃頻度が変化したことに加えて、俺がさっき見せた行動が決め手だったらしい。逃げ出した日本人との比較もあり、アモンからも相当な信頼を得ていた。


 むろん合流することに異論はない。だが俺の……、俺たちの戦力を当てにされては困る。戦えるかどうかではなく、この世界にいつまでいられるかの問題がある。


 それをふたりの族長に伝えてみたのだが……。


「わかってる。それも見越して話し合った結果だ」

「なら俺に異論はない。集落のために尽力させてもらうよ」

「そうか! ならばすぐに向かおう!」


 部族の併合に向け、さっそく防壁を見に行くことに。しかも集落の全員で向かうことになった。当然、冬加もそれに同行する。




◇◇◇


 ジエンの集落に到着すると、小春と夏歩がすぐに駆け寄ってくる。


 さっき川に流したツノ族、アレを見て心配していたらしい。何があったのかを説明したところで、こっそり隠れていた冬加が夏歩に声をかける。


「夏歩ー、ひさしぶりー!」

「は? 冬加? あんたどうして……」


 いきなり現れた友人の姿に、夏歩は驚き戸惑っている。次の言葉をかける間もなく泣きじゃくっていた。それに感化されたのか、冬加もすぐに涙ぐんで夏歩と抱き合った。


「小春、悪いけどふたりを案内してくれ。族長には許可を貰ってるから、ゆっくり話を聞いといて欲しい。ああ見えて結構滅入ってるみたいなんだ」

「わかりました。先輩のことも気になりますが……任せてください」


 女性同士でしか話せないこともあるだろう。冬加の精神状態も含め、これまでの経緯を聞いてもらうことに――。女性陣が立ち去ったところで、ジエンが気を使って話しかけてくる。


「アキフミ、おまえも今日は休んだらどうだ?」

「いや、俺はいいよ。早くしないと暗くなるし、防壁をしっかり見てもらいたい」

「そうか、なら説明を頼めるか?」

「ああ、もちろんだとも」


 ジエンと俺はすぐに動き出し、アモンたちを引き連れて防壁の前に立つ。と、今日の工事も順調だったようで、すでに森に面する防壁は完成していた。


 引っ越しが決まれば拡張する必要はあるが、そのぶん人手も増えるので問題ない。むしろ住居を新設するほうが大変だと思われる。アモンたちの反応は上々、みんな興味津々の様子で壁を触っていた。


 結局、ここへの移住はすんなりと決まって、3日後を目途に引っ越してくる手筈となった。冬加がこれまでのお礼を述べると、アモンたち一族は早めに帰って行った。



 その日の夕方――、


 冬加を交えてイノシシモドキの試食会がはじまる。集落から離れた場所にかまどを作り、肉を焼きながら雑談に興じていた。


 いま話しているのは、前の世界から帰還した直後のこと。冬加が自分の立ち回りを力説している。


「ほんと、あとちょっとだったんだよ?」

「いや、マジで感心してる。その発想はなかったわ」

「うへへ、おじさんに褒められちゃった!」

「ちょっと冬加、お兄さんでしょ!」

「べつにいいじゃん! アタシはおじさんがいいの!」


 冬加は帰還してすぐ、車両の連結部を通って俺たちの車両に向かっていた。あと1両というところまで来ていたらしい。まさかそんなことが可能だとは思いもしなかった。


 おじさん呼びも聞きなれた頃、小春が建設的な意見を述べだす。


「じゃあ次は合流できそうですね」

「いつ帰還できるのか、次の世界があるのかも不明だけどな」

「だとしても備えておくべきです」


 何があるかわからない以上、あらゆることを想定するべき。小春はそう付け加えていた。


「ねえお兄さん、例えばだけどさ」

「夏歩? どうした?」

「衝撃の瞬間、連結部にいたらどうなるのかな? 裏技で脱出できたりしない?」

「ん-、どうだろうな。ありえないとは言わんけど……永遠に閉じ込められそうな気もする」

「うわ、それあるかも……。やっぱ今のナシで」


 無限牢獄にハマる気がして、思わず夏歩の提案を否定していた。異世界に送れるような存在を相手に、ヘタな小細工は通用しない気がする。

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