第29話 防壁建設
木を建て込むこと数時間。
60本ほど打ち込んだところで今日の作業を切り上げた。森に面する部分は、すでに半分近くが木の壁にさえぎられている。
「おおー、こりゃすげえな!」
「壁を見てると、なんとなく安心するわね!」
「これ全部、コハルとカホがやったんだってよ!」
いまは集落のみんなで集まり、本日の成果を眺めているところだ。
各自が思い思いの感想を述べつつ、木の壁を触ったり、よじ登ろうとして失敗している。地表からの高さは3m以上あるし、ツノ族が乗り越えてくることはできないだろう。
唯一の欠点といえば、木が微妙に曲がっていて、所どころに隙間があることか。小春と夏歩の3人で、どう処理するかを話し合っていた。
「まあ、せいぜい指が通せる程度だ。素人にしては上出来だろう」
「森の様子が見られますし、逆にいいんじゃないですか?」
「気になるなら粘土で塞げば良いしねー」
そんな俺たちの周りでは、ニホ族たちも好意的な反応を続けていた。実物を目にしたことで、ようやく効果を実感したらしい。近づいてきた族長と一緒に木壁を見上げる。
「アキフミ、たしか出入口は1か所だけだったか」
「ああ、多少不便になるけどな。川沿いに、しかもできるだけ小さく作りたい」
「なるほど、ようやくその意味を理解した」
族長のジエンも納得顔で頷いている。完成したときのイメージを膨らませているようだ。
そのまま夕食へとなだれ込むと、出来かけの防壁を眺めながらの晩餐が始まる。
今日の主役は小春と夏歩。ふたりへの認識はガラリと変わり、馬鹿力が話題の中心となっていた。反応は様々だったが、ニホ族との距離感はかなり縮まっているようだ。
みんなが笑顔で語りかけ、終始賑やかな雰囲気が集落を包む。小春と夏歩は上機嫌、得意げな顔で話に混じっている。
しばらく話に聞き入っていると、
族長のジエンが近くに寄ってきた。どうやら防壁についての頼み事があるらしい。明日の朝、とある部族のところへ行くつもりだと言っている。
「なるほど、俺は防壁の作り方を説明すればいいのか?」
「ツノ族が来たばかりだ。無理にとは言わんが……できれば一緒に来てしてほしい」
ジエンの話を聞く限り、集落までは歩いて2時間。ここから北に向かって7kmの距離にあるようだ。現地で説明する時間を含め、その日のうちには帰ってこられると思う。ついでに地図を開放できるし、ほかの集落の様子も確認しておきたい。
「わかった。俺も一緒に行くよ」
「おおそうか! ありがたい!」
明日の朝、族長とエドの3人で向かうことに――。どうやらエドは、その集落の生まれだったらしく、自ら案内役を買ってでた。
「なあジエン、すまんが明日の狩りは中止にしてくれないか? 俺がいない間、男たちを村に残してほしい」
「ああ、もちろんかまわんぞ。男たちは穴掘り作業に充てよう」
小春と夏歩の調子もようやく戻ってきたところだ。ここでまた何かあったら元も子もない。その場でふたりにも説明して、今回は俺ひとりで向かうことに決まった――。
◇◇◇
翌日の早朝、俺はジエンとエドに同行して北にある集落を目指す。
川沿いはとても見晴らしが良く、足元も平坦で歩きやすい。これなら敵が来てもすぐに逃げられそうだ。
「アキフミ、ツノ族が来たら頼むぞ!」
俺の隣を歩くエドは、出発早々に変なフラグを立てる。「この前のアレを見せてくれ」と、今日も嬉しそうに体をまさぐっていた。
「そんなことよりエド、おまえ案内役だろ? なんで先頭じゃないんだよ」
「まあいいじゃないか。帰りはオレがやるからさ」
案内役とはなんだったのか。集落を出たときから、ジエンがずっと先導している。族長を差し置いてサボりとか……この男、なかなかに肝が据わっているようだ。
(ジエンも気にしてないようだし……まあ、どっちでもいいか)
川沿いを順調に進む3人。
ジエンとエドのふたりは槍を携え、俺は極太の棍棒を携帯している。これは昨晩、小春が夜通しで作ってくれた逸品だ。
『鬼の金棒のトゲなし版』とでも言えばいいだろうか。太さもさることながら、長さがジエンの背丈くらいはある。持ち手には麻布が巻いてあって意外と握りやすい。
ツノ族を
俺の隣を歩くエドは、さっきからこん棒に興味深々、チラチラと視線を向けていた。
「なあアキフミ、ちょっとそれ貸してくれよ」
「ああ、結構重いから気をつけろよ?」
エドは棍棒を手に取ると、両手で勢いよく振りかぶる。と、そのまま後ろによろめいて、数歩後ずさりしたところで踏みとどまった。
「うおっと! やっぱ重いな……」
「そりゃ、丸太みたいなもんだしな」
「でもアキフミは平気なんだろ?」
「ああ。手にも馴染むし、槍より断然使いやすいな」
いくら振り回しても平気だったし、体が持っていかれることもない。突いて良し、殴って良しの逸品だ。
そんなやり取りをしていると、前を歩いていたジエンが突然立ち止まる。森の一画を指しており、視線を向けるとイノシシモドキの姿が――。
運のいいことに1匹だけで行動している。
「アキフミ、狩ってみろ」
ジエンは獲物を見つめたまま、モドキ狩りの許可をくれる。
「ありがたいけど……いいのか?」
「かまわん。オレもどうなるのか見てみたい」
彼の真意はわからんが、こちらに断る理由はなかった。
こん棒の威力を試したいし、この世界のモドキがどれほどの強さなのかも知りたい。俺は獲物のそばまで近づいていき、迷うことなく全力で振り下ろす。
脳天を直撃した瞬間――、「ゴッ」と鈍い音がする。
まさに一撃必殺、イノシシの頭部は完全につぶれ、悲鳴を上げる間もなく絶命する。一方、こん棒には損傷がなく、亀裂や凹みも見られなかった。
「おいおい、その武器ヤバくないか……」
「ああ、俺も正直驚いてる……。まさかここまで威力があるとは……」
「アキフミの近くで戦うのは危険だな。あとで皆にも伝えておこう」
ジエンの言うとおり、うっかり味方を巻き込まないよう注意が必要だ。振り回すことは可能でも、寸止めするのは難しいだろう。
狩り自体はアッサリと終わり、そのまま森の中で解体をはじめる。少量の肉をビニール袋に仕舞い、残りはその場に放置。川へ流した場合、下流にいるニホ族が拾うかもしれないからだ。
結局、イノシシの強さはわからないまま移動を再開。途中で鹿も見つけたが……あまり時間をかけてはいられない。惜しむ気持ちを押さえながら進んでいった――。
◇◇◇
当初の予定どおり、2時間ほど歩いたところで集落が見えてくる。
まだ遠くに見える集落には、ニホ族と似たようなカタチの竪穴式住居が建っていた。焚火の煙が上がっており、何人ものニホ族がせわしなく動いて――。
いや、どうにも様子がおかしい。
ジエンたちもそれに気づき、手ごろな木の陰に隠れて様子を見る。俺も地図を広げて集落の状況を確認。すると黄色い点に混じって赤い点がいくつも……。
ちょうど逃げ出すところだったのか、黄色い点が5つ、上流に向かって移動していくのが見えた。
「ジエン、エド。ツノ族がいる……全部で8人だ」
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