第113話 一狩り35億円

 頭の先からツマ先まで全身がベトベトの状態。荷物も抱えきれないほどの量がある。このまま西の高校へ向かうわけにもいかず、今日のところは凛子の拠点で一泊することに――。


 俺たちが駅に戻ると、そこは既にもぬけの殻だった。ゲート先にいた自衛隊員によると、凛子たちは第2ゲートへ移送されたらしい。江崎の到着後、すぐに移動したそうだ。


「じゃあ先輩、私たちは先に行ってますね」

「ああ。俺たちも後で合流するわ」


 ひとまず女性陣は水浴びと洗濯に。男たちは解体作業を手早く進める。


 パンツ一丁で肉を切り分ける血まみれの集団。皆の手つきは慣れたもので、次々と獲物がバラされていく。


 ちなみに今回の収穫は、大猿のほかに食いかけのハイエナが1匹だけ。あれだけの数を狩ったというのに、物理的な成果はほとんど上げられなかった。「1匹くらいは新種が」と期待したんだが……残念ながら空振りに終わっている。


 ただ今回の一件により、有益な情報をいくつも得られた。俺の感じていた疑問も確信へと近づきつつある。黙々と解体を進めるなか、頭の中でそれらを整理していく。


『1.大猿以外の魔物は外に出て来ない』


 絶対とは言えないものの、魔物は外界を認識できないのだろう。外にいた鹿に気づかなかったし、小春たちへ向かっていくこともなかった。大猿の占領下に置かれた後は、敷地内に留まる仕様だと思われる。


『2.敷地内の魔物は同族意識を持つ』


 何種類もの魔物がいたが、それらが争っていた形跡は皆無。すべての魔物が俺を狙って襲い掛かって来た。やせ細った個体がいないことから、栄養を取る必要もなさそうだ。


『3.見えない壁の存在』


 この世界に転移した当初、小学校などの施設は、人類を守るための安全地帯だと思っていた。俺が戻るまでの半年間もそうだし、それ以降も魔物が侵入してくることはなかった。


 だが今となってはそれも危うい。西のスーパーには鬼がいたし、今回の高校は大猿たちに占拠されていたからだ。江崎の情報によれば、関東でも似たようなことが起こっている。


 この時点で俺が考えていたことは、『全国にある施設は、鬼や魔物を隔離するための場所ではないか』『特定の場所に集めた後、ニホ族の集落と入替えるつもりなのでは?』という2点だった。


 地形ごと入れ替わった実績がある以上、もう一度起こったとしてもおかしくない。地球は大惨事となるだろうが、縄文時代は全てが丸く収まる。


(で、今回新たに判明したのが……)


 大猿だけは隔離の対象から外れていることか。一時的とはいえ、確実に門の外へ出ていた。スーパーにいた鬼も出歩いていたし、隔離というには不十分な状態だ。地形を入れ替えたとしてもその効果は薄い。


(けど、それも時間の問題だよな)


 大猿が外に出てきたのは俺に気づいたことが原因だ。凛子たちは一度も遭遇していないし、普段は敷地内に留まっている可能性が高い。


 鬼たちにしたってそうだ。魔物の隔離が進んでいけば、そのうち狩りができなくなる。内臓が食べられずに餓死するか。大猿の領域に乗り込んで返り討ちに合うか。いずれにせよ淘汰される未来が待っている。


(あとは巨大熊がどうなってるかだけど……)


 わざわざ危険を冒して探すつもりはない。さっさと西の高校を探索して帰るのがよさそうだ。この期に及んで出くわすことはないだろう。



◇◇◇


「まもなく目的地です。みなさんご注意を」


 翌日。駅で一夜を明かした俺たちは、朝一番で西の高校へと到着した。昭子の地図には赤い点が48個。どれもほとんど動いておらず、全てが同じ場所に留まっている。


 地図と照らし合わせたところ、対象は体育館の中に籠っているようだ。アナウンス板の数とも合致するし、鬼と断定して構わないだろう。


「先輩、単独行動は厳禁ですからね」

「ああ。今日は大人しくしてるよ」


 昨日の反省を踏まえ、俺は最後尾へと回っている。鬼狩りには参加するけれど、前線を張ることは許されていない。強敵が現れない限りは後方支援を担うことになった。


「では始めましょう。健吾さんたちは準備を。龍平と大輝、お願いね」

「任せてくれ!」「バッチリ釣って来るよ!」


 昭子の指示の元、各自がテキパキと配置につく。


 今回の釣り役は龍平と大輝の2人。健吾、洋平、美鈴、麗奈の4人が校門の前で鬼を迎え撃つ。本人たちの強い希望により、この6人が狩りの中核を受け持っている。


 残りのメンバーは健吾たちの後方に陣取り、襲ってくる鬼の数次第で臨機応変に動く算段だ。


「秋文さん。ヤバそうなのが出たら遠慮なくってください」

「いきなり覚醒しても問題ないか?」

「ええ。一気に仕留めましょう」


 一応確認を取ったものの、おそらく俺の出番は回ってこないだろう。3本ヅノが大量にいたり、それ以上の存在がいない限りは余裕を持って倒せるはずだ。


 ――と、そうこうしているうちに、龍平と大輝が体育館へと到着する。


 大扉の前に陣取ると、すぐさま中の様子を確認。事前に決めたハンドサインで鬼の状況報告を始めた。


「3本ヅノが1体……2本が37体……1本が10体ですね。予定どおり、このままおびき寄せます」


 チラリと健吾を見やる昭子。健吾がひとつ頷くと、体育館にいる2人に合図を送る。すると次の瞬間、間髪入れずに「ドカン」と大きな音が――。扉を蹴破った衝撃音が校庭中に響き渡った。


「健吾さんっ」

「よしっ、あとは任された!」


 一斉に飛び出してくる鬼の集団。その表情は驚きと困惑に染まっている。武器も持たずに右往左往と、ようやく俺たちの存在に気づいたようだ。校門に向かって一直線に向かって来た。


 ――とまあ、ここから先は言うまでもないだろう。戦力的にはこちらが上。人数差など物ともせず、一方的な蹂躙が続いていく。


 正面から迎え撃つ健吾たち。前回の経験に加え、覚醒によるパワーアップは相当なものだった。1本ヅノは秒殺、2本ヅノにも余裕を持って対処している。


 そんな一方、体育館裏に潜んだ龍平と大輝も大活躍。鬼の背後から迫ると、2人がかりで3本ヅノを責め立てていく。結局、覚醒を使わずして倒すことに成功。ものの2分と掛からずボスを仕留めてしまう。


 戦闘開始からわずか5分。俺の出番はもとより、夏歩や冬加もただ見ているだけに終わった。



「みなさんお疲れさまでした」

「そっちもお疲れ。良い指示だったよ」


 昭子の言葉に笑顔で返す健吾。2人が周囲を警戒するなか、ほかの連中がツノを削ぎ落していく。回収後は燃えそうな木材を探し、前回と同じく亡骸の処理に取り掛かった。


 今回手に入れたツノは全部で75本。日本の相場に換算すると38億円くらいか。12人で割ったとしても3億は下らない計算だ。前回の分と合わせれば4億以上稼いだことになる。


「龍平、大輝。そっちはどうだった?」

「やっぱダメだな。全員、喰われたあとだったわ」

「一応、身分証は回収してきましたよ」


 火の番をしているところに、体育館を見に行った龍平と大輝が戻ってくる。2人はゲンナリした顔で俺を見ると、館内の様子を口々に語る。地図に反応がないことから、生存者がいないことはわかっていたが……。


「鬼が人を喰うのは確定か」

「他の場所も似たような感じなんですかね」

「ゲートが開かないってことは……まあ、そういうことなんだろ」


 鬼を殲滅したものの、ツノを回収していないケースだって十分あり得る。全滅とは言わないまでも、生きている可能性は限りなく低い。助かっているとしたら、駅に留まっている連中くらいだろう。


 そのあと校舎を調べていた夏歩たちが合流。こちらに生活の痕跡はなく、校内はそれほど荒れていなかったらしい。どうやら体育館を拠点として集団生活をしていたようだ。


「さて、と。そろそろ帰ろうか」

「今日中には拠点に戻れそうですね」


 結局、2つの高校に生存者はナシ。これ以上の探索は政府に任せ、俺たちは拠点へと戻っていくのだった――。

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