第114話 駐屯地生活の終わり

 第3ゲートの解放から2か月。現代へと戻った俺たちは、ほかの帰還者とともに駐屯地で暮らしていた。


 異世界の探索はもちろん、ゲートをくぐったのも数える程度。今後の生活拠点を探したり、週一でジエンの集落に泊まったりと、かなり自由な行動を許されている。


 こうして億単位の金を手にした以上、リスクを冒してまで異世界に行く理由はない。


 ほかの帰還者と同様、テント生活を余儀なくされたが……キャンプ好きの俺にとってはむしろご褒美だ。飯はいつでも食べ放題だし、シャワーやトイレも使い放題。今までのことを思えば苦にもならなかった。



「よお、邪魔するぞ」


 テント内で寛いでいるところに、真治がヒョコっと顔をのぞかせる。


 両手に持ったマグカップからはコーヒーの良い香り。何時ごろからだったか、二人の雑談は朝食後のルーティンと化していた。真治は隣に座り込むと、外の広場を眺めながら口を開く。


「いよいよ明日だな」

「なんだまたその話か。会おうと思えばいつでも会えるだろ」

「まあ、そうなんだけどな……」


 どことなく寂し気な雰囲気の真治。こいつとは、っていうより、駐屯地にいる連中とは明日で離れ離れになる予定だ。異世界からの帰還者たちは、関東に新設された政府の施設へ移ることになった。


 宿泊所のほか、病院や学校などの施設を完備。とくに拘束されることもなく、従前と同様の生活を保障されている。さらには協力費と称した多額の給金まで支払われるそうだ。


 保護の対象は帰還者だけに留まらない。配偶者や家族も同居可能。職場の斡旋はもちろんのこと、結構な額の支援金が提示された。それこそ金額だけを見るならば、拒否する理由が思いつかないほどだ。


 異世界という未知なる環境での暮らしを経験。さらには常人を超える異能のチカラを得た人間たち。周囲からは奇異の目で見られ、晒し者になることは容易に想像できる。結論、の者は政府への協力を惜しまなかった。


「そういや秋文、新居の準備は終わったのか」

「ああ。江崎が動いてくれたからな。いつでも住める状態だぞ」


 大半の者が関東に移り住む一方、俺は予定どおり、ジエンの集落近くに新居を構えた。


 集落が隔離されている区域、その一画にある築3年のアパートを買い取り済み。ついでに周りの土地も手広く購入している。既に改装工事を済ませており、現在は周辺家屋を解体中だ。


「結構な出費だっただろ……って、そんな心配は不要か」

「まあ、ガッツリ稼がせてもらったからな」


 たしかに相当な出費だったが、ぶっちゃけ、いくら浪費したところで金に困ることはない。ここだけの話、政府の継続的な資金援助を受けるからだ。


 鬼や大猿を狩った実績に加え、ジエンたちとの親密度が決め手だったらしい。これといった交換条件も提示されず、彼らの近くに住んでいるだけでいいそうだ。


 そのうち「鬼を狩ってこい」なんて言われるかもしれないが……まあ、そんなものは断ればいいだけ。援助が打ち切りになろうとも大した影響はない。


 それからしばらく――。


 真治が立ち去ったタイミングで、ふくれっ面の小春がテントに潜り込んでくる。


 朝食後に別れた際、実家に電話してくると言っていたが……。どうやら例の件でいい返事は貰えなかったらしい。


「なるほど、その様子だと今日もダメだったか」

「はい。とにかく戻ってこいの一点張りで……」

「1年近く行方不明だったんだ。それが当然の反応だよ」


 小春はこの2か月間、実家の両親と頻繁に連絡を取っていた。「異世界で知り合った仲間と一緒に住む」と、再三説得したものの、ことごとく空振りに終わっている。


「ちょこちょこ顔を出すって言ったんですけどね」

「まあアレだ。だったら実家から通えってことだろうよ」


 小春の実家とジエンの集落は、車なら20分とかからないご近所だ。


 いつでも会いに行ける距離なのだが……そういう問題ではないのだろう。ことさら一人娘ともなれば、親が心配するのも頷けるというもの。


「そういう先輩はどうなんです? あれ以降、連絡したんですか?」


 ひとまず諦めがついたのか。小春はその場に座り直すと、普段の落ち着いた感じでこちらを見る。


「いや、ほとんどしてないぞ。向こうからも掛かってこないし」

「戻って来いとか言われてません?」

「それはない。前にも話したけど、うちは昔からこんな感じなんだ」


 別に仲が悪いわけじゃない。毎年、年末年始は帰省してたし、東北の実家にいる兄弟とはたまに電話したりもする。


 こっちで暮らすと伝えたときも、「好きにすればいい」「生きていればそれでいい」と、すんなり了承してくれた。


『異世界と地形が入れ替わり、魔物が蔓延はびこる世界になったら』


 なんてことが頭をよぎり、こっちに呼ぼうとも思ったけれど……。そもそも関東から北にニホ族の集落は1つもない。絶対とは言い切れないが、向こうにいたほうが安全だと考えている。


「とにかく。根気よく説得するしかないだろうな」

「ですね。どうせやることもないし、毎日顔を出しますよ」


 ほかの連中も小春と同じく、しばらくは実家暮らしとなる。夏歩と冬加は復学しないようだが、明香里たちは元の高校に通うそうだ。


 いずれにせよ、お互いの生活範囲は程近い。万が一が起こってたとしても、その日のうちに合流できるはずだ。


「さて、と。もうそろそろ集合の時間か。遅れるとドヤされそうだし、とっとと向かおう」


 明日の移動に備え、今から政府の説明会が開かれる。これまでも何度か開催されたが、今日はその最終確認ということだった。施設に入らず、個人で暮らす者が対象となる。


「はぁ。またあいつらと一緒ですかね」

「まあそう言うなよ。どうせ今日が最後なんだ。金輪際、顔を見ることもないだろ」

「……だといいんですけどね」


 渋々といった感じで腰を上げる小春。桃子と会うのがよほど嫌みたいだ。重い足取りの彼女を連れ、俺はテントを後にする。



◇◇◇


 ゲートのすぐ隣に設置された対策本部。大きな天幕は側面まで囲われており、中を窺い知ることはできない。


 入り口には馴染の自衛隊員が1人。俺より高い身長に加え、衣服越しでもわかるほどの筋肉が目に飛び込んでくる。


 まるで丸太ごとき彼の腕が、いつもの気安い感じでスッと上がった。


和島わじまさん、おはようございます」

「おはようございます。お二人とも早いですね。一番乗りですよ」


 江崎とよく話す都合上、この場所には度々足を運んでいた。


 必然、彼との面識もそれなりに深く、同年代というのもあってか、世間話を交わす程度には仲がいい。強面な外見とは裏腹に、気さくで親しみやすい人物だ。


 小春や夏歩たちとも仲が良く、ほとんど毎日、彼女たちの模擬戦に参加している。普段は江崎の補佐役として、外出時はもとより異世界の調査にも同行。この駐屯地で唯一、ゲートをくぐれる自衛隊員でもあった。


 ちなみに言っておくと、和島さんはレベル5の能力者だ。鹿、アルマジロ、猪、狼のほか、ハイエナと大猿の肉を食っている。


 能力値では小春たちに劣っているけれど、実力のほうは相当なもの。やはり本職は鍛え方が違うのだろう。彼女らに勝てないまでも、全力を出させるほどには強い。


「ねえねえ和島さん。今日もこのあと来ますよね?」

「っ、最終日なのにいいんですか。いや、小春さんが良ければ是非とも!」

「最後なんだし、時間の許す限りやりましょう!」


 不機嫌だった小春の態度はすっかりと元通り。和島さんは拳を握り、小さくガッツポーズを決め込む。


 チラチラとこちらを見ているのは、「おまえも参加しろ」という合図だろう。言われなくてもそのつもりだし、存分に手合わせ願いたいところ。


 俺はひとつ頷いて返し、天幕の中へと入っていく。


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