第34話 3つの『帰還条件』


 戦闘現場を確認したあと、すぐに小春たちと合流を果たす。


 全力で川沿いを走り、3人の姿を見て安堵したのも束の間――。俺は彼女らの行動力に感心させられていた。


「おまえらたくましいな……」


 もちろん3人は心配してくれたが、ただ漠然と待っていたわけではなかった。俺が到着したときには、川べりで馬モドキの解体をしていたのだ。


「すぐに食べられますから、ちょっと待ってくださいね!」

「小春さん、火の準備ができたよー!」

「おじさん見て! アタシがとどめを刺したんだよ!」


 この世界に慣れてきたのは俺だけではなかったらしい。「足が遅けりゃ馬を食べればいいじゃない!」と、肉の串焼きを作っているところだった。


 みんなに事の顛末を話し、大猿の情報を共有しながら馬モドキをいただくことに。当然、死んだやつらの心配などするわけもなく、大猿の動きについてが話の中心になっていった――。



 集落へ到着すると、族長のジエンが出迎えてくれる。小春たちが水浴びに行くなか、俺はひとまず事の顛末を伝えた。


「なるほどそんなことが……とにかく無事でなによりだ」

「あとでアモンにも話しておくよ」

「うむ、そうしてやってくれ」


 今日の出来事を話しつつ、集落の中へと入っていく。


 ――と、住居の基礎工事が進んでおり、直径6mくらいの大穴が5つ掘られていた。穴の中にいる男たちが、スコップを使って土を掻き出している。


「なあジエン、穴の数が予定より多くないか?」

「ああ、そのことか。実はな――」


 ジエンが言うには、俺たち専用の住居を建ててくれるらしい。正式な家族として認められ、定住の許可をもらえたのだ。


 そのぶん、のしかかる期待も重くなったが……達成感とか充足感が心に満ちていた。




◇◇◇


 アモンたちが合流してから1週間。


 防壁づくりも佳境を迎えて、あとは出入口の細工を残すのみとなっていた。高さ3mの木柱が、9つの住居を囲うようにズラッと並び立っている。


 所どころに隙間があって中の様子は覗けてしまうが……。敵の察知が可能だと思えばそこまで気にならない。弓の矢は通るだろうけど、狙いをつけられるほどの隙間ではなし、そもそもツノ族は弓を使わない。


 集落の出入口は川沿いの1か所のみに限定。わざと狭く作ってあり、俺だと屈まなければ入れない大きさ。多少の不便を感じるが、そのぶん敵の侵入も防ぎやすいはずだ。



 そんな今日の昼過ぎ、族長から家を譲り受けて新生活を始めることになった。当初は新居に住む予定だったんだが……俺たちは元々あった古い家を選択している。


「アキフミ、ほんとにここでいいのか?」

「ああ、家が貰えるだけでじゅうぶんだ」


 べつによそ者だからと遠慮したわけではない。この家は出入口から最も近く、緊急時の対処に便利だった。とある事情も重なり、個別の家があるだけでも満足している。


「あとでナギを寄こす。必要な物があれば言ってくれ」

「わかった。俺たちも話が終わったら作業に戻るよ」


 ジエンが去ったところで、俺たち4人だけの打ち合わせが始まる。

 話の趣旨は、今日の午前中に上がった進化値のことだ。今回3から4に上昇したことで、地図自体の変化に加えて『帰還条件』という項目が増えていた。


 みんなが向かい合ったところで、『以前より大きくなった』地図を広げあう。


「ねえねえ、この地図ってさ。いつの間に大きくなったのかな?」

「たぶんお昼頃じゃない? 朝に見たときは小さかったよ」


 冬加と夏歩が不思議そうな顔で地図を見ている。全員の地図がA4からA3サイズに変わり、描画範囲も5kmから10kmに、アモンたちの集落もギリギリ写っていた。


 ちなみに冬加の進化値は、俺たち同様『4』に上がっている。誰と一緒だったのかは知らないが、前の世界で3まで上げたらしい。表示内容は同じだったし、進化の方法も似たようなものだった。


「防壁も完成したことだし、今後は探索をメインにしよう」

にも関係しますしね」

「ああ、できれば表示限界まで開放しておきたい」


 そして気になる『帰還条件』について。『帰還までの日数』や『獲得進化値』の項目のすぐ下段、そこに3つの条件が表示されている。


==================

『帰還までの日数:?日』

『現在の獲得進化値:4』

『帰還条件』

・ツノ族を撃退せよ(2/2)

・大猿を倒せ(0/2)

・森の主を倒せ(0/1)

==================


「なんていうか、急にゲームっぽくなりましたね」

「ボスを倒して帰還とか、まさにって感じだな」


 ツノ族関連はすでに達成済みで、ほかの2つは未達成の状態。おそらく、3つの条件をすべて満たせば帰還できるのだろう。兎にも角にもひとつずつ条件を精査していく。


 まずは最初の条件、『ツノ族』についてだが……。


 これに関してはわかり易い。2つの集落で撃退したツノ族のことだろう。冬加も達成済になっていたので、日本人全体の条件だと推測できる。運がいいのか悪いのか、かなり早い段階で達成していた。


 たが問題は次の2つだ。大猿もそうだが、森の主を倒せとはなんとも無茶なことをいう。


「ねえ、大猿とか主とか無理ゲーじゃない? お兄さん……私たちで倒せると思う?」


 いつもは強気な夏歩が、珍しくあきらめ口調で聞いてきた。


「今の状態じゃ無理だろうな。森の主はおろか、大猿すら怪しい。たぶん、日本人みんなで協力しろってことだろ」

「だよね……。まだ見たことないけど、話を聞いただけでも無理っぽいもん」


 以前、一度だけ見かけた森の主、アレは本気のマジでヤバかった。


 とてもじゃないが、俺たちだけでは絶対に倒せない。大猿ならもしかしてワンチャン……いや、そもそも精神的に無理だろう。相手に臆することなく、4人が全力を出す前提条件が必要だ。


「誰かが倒すのを待つか、それとも仲間を探して協力するか。いずれにしても気の長い話だな」

「……でも先輩、それって大丈夫なんですかね?」

「ん? 大丈夫って、何がだ?」

「あまりのんびりしてると、ゲームオーバーになっちゃったりして……」


 小春は顔を曇らせながら、帰還条件についての自論を述べていく。

 

 そもそも帰還までの日数は決まっていて、期日までに条件を満たせない場合、全員が戻れなくなる。帰還することも叶わず、この世界に取り残されるのではないか。と、そんな感じのことを危惧していた。


「そうでないことを願いますけどね……」


 なんの前触れもなく日数が表示され、しかも期限はあと数日……なんてケースも考えられる。そのためにも、まずは自分たちの強化を優先すべきだろう。


「どのみち探索も必要だし、新種も含めてモドキを狩ろう」

「はい、まだそうと決まったわけじゃないですしね」

「ただし、慌てるのはナシだ。途中で死んだら元も子もないからな」


 夏歩と冬加も力強く頷き、明日からの予定を詰めていった。


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