第35話 こん棒づくり、子作り


 その翌日――、


 4人だけで迎えた初めての朝は、この上なく爽快な気分だった。


 これほど熟睡できたのはいつぶりだろうか。俺たちは過去最高の眠りを体験していた。


 起きて早々、小春たちは安堵の表情を見せながらしみじみと語り合っている。


「やっと平穏を取り戻せたね……」

「うん、ここ最近はマジでヤバかったもん」

「アタシもほとんど寝られなかったし……」


 彼女たちが言っているのは、ニホ族たちの性生活についてだ。


 アモンたちが来て以降、一気に増えた住人のせいで族長宅は満室状態。新居が完成するまでの1週間は、ずっと逃げ場のない夜が続いていた。


 ニホ族たちは血気盛んで、当たり前のようにハジメてしまう。となりに誰が居ようとお構いなし。当然、いろんな声も聞こえてくる。


 子孫を残す本能か、それとも快楽が目的なのか……。いずれにしても大盛況、自然な行為と理解していても、かなり衝撃的な光景だった。


「まあとにかく、今日からは安心だね!」

「うん、おじさんも襲ってこないもんねー!」


 こっちを見ている夏歩と冬加に、俺は黙って首を振り、気のない素振りで返した。言葉で否定したところで嘘くさくなるだけだ。


 

 集落のみんなが広場に揃い、今日もにぎやかな朝食がはじまる。


 ここに来てから23日、朝から並ぶ肉料理にもすっかり慣れた。肉が山盛りのスープ、木の実と芋が練り込まれたパンのようなもの、多種多様な果実類と、豪勢な食事に舌鼓をうつ。


 小春たちの食欲も旺盛で、ニホ族の女性たちと楽しくやっているようだ。ようやく夜の呪縛から解放されて、身も心もゆとりができたのだろう。3人とも自然な笑みを浮かべていた。


 俺も男たちに混じって夢中で食べていると、エドがとなりに来て話しかけてくる。彼の持つ器にも肉がてんこ盛りに注がれていた。


「おいアキフミ、ジエンに聞いたぞ! 今日からモドキ狩りに行くんだって?」


 昨日の晩、ジエンに事情を説明して、自由行動の許可をもらっていた。それを聞きつけたエドは、興味津々という感じで問いかけてくる。


「いや、まずは武器づくりからだな。何日かは集落にいるぞ」

「えー、なんだよそれ。道案内でもしてやろうと思ったのに」

「道案内って……。エドおまえ、たしか今日は伐採の担当だろ?」


 男手が19人に増えたおかげで、狩りは9人の持ち回りにして、残りの10人は常駐しながら伐採作業を担当している。


 防壁の補強や拡張、住居や道具づくりに加え、日々の薪材にも使えるのでいくらあっても困らない。


「まあそうだけどさぁ。オレもモドキ狩りに興味があるし、今度連れてってくれよな!」

「別にいいけど……おまえには食わせられんぞ?」

「そんなのわかってるって! 見てるだけでもいいからさ!」


 目の前にいるエドもそうだが……最近、集落の男たちはやたらとモドキに興味を示している。それどころか、族長のジエンすらも似たような感じだった。

 

 俺たちの変化を目にしながらも、自分たちは食うことができない状態。「もしかして狩るだけでも効果が!」なんてことを考えているらしい。



◇◇◇


「んじゃアキフミ、オレらは森に行ってくるわ! 昼になったらまた話そうぜ!」

「ああ、何かあったら笛で知らせてくれ」

「おう! おまえも頑張れよ!」


 やがて朝食もおわり、エドたちを見送った俺たちは、集落に残ってこん棒づくりを開始する。今まで槍を使っていた3人も、今後はこん棒を使うことになった。


 槍は間合いがとれるだろうが、近づかれたらおしまいだ。熟練の技術があれば別だが、おいそれと身につくものではない。それに加えて柄が細く、折れやすいという欠点もある。


 その点、こん棒は丈夫だし、筋力を最大限に発揮するには最高の武器だと思う。モドキ狩りはもちろんのこと――ツノ族との実戦でもじゅうぶんな威力だった。


「ねえお兄さん、何本くらい作ればいいの?」

「ん-、そうだな。予備も含めて最低でもひとり3本、長さは自分の好みでいいぞ」

「じゃあ私、短いのにして二刀流にしようかな!」

「あっ、アタシもそれにするし!」

「別にいいんじゃないか? 片方は盾代わりになるかもしれん」


 重量的には問題なく、片手でも楽に扱えると思う。途中で折れた場合のスペアとしても使えそうだ。


 夏歩なんかは近接戦が得意だし、案外ハマるかもしれない。冬加は……どうなんだろ? まだどれほど戦えるのかわからない。


「わたしはちょっと長めにします。相手との距離もとりたいですし……近づかれたら、へし折って使えばいいですよね?」

「おい、わざわざ折る必要はないだろ……。短いヤツを背負っとけ」

「あーなるほど、そりゃそうですよね」


 小春は長めにするつもりらしい。あまり長いと扱いづらいが、ほどほどなら問題ないだろう。少なくとも槍よりは頑丈なはずだ。


 ともあれ武器づくりがスタートして、集落には小気味のいい音が鳴り響いていった。結構な日数がかかりそうだが……命を守る大事なものだし、じっくりと丈夫なものを作りたい。



 その日の昼食後――、


 武器づくりを再開した俺たちは、雑談を交えながら木を削り続けていた。


 小春は手先が器用なようで、ひとりだけ順調に進み、俺を含めた残りの3人はわりと難航している。一応カタチになってきたが、小春のそれに比べたら随分と出来が悪い。


 そんな悪戦苦闘が続くなか、ニホ族の性生活について盛り上がる女性陣。ちょうど子作りの話になったところで、冬加がポツリとつぶやいた。


「あのさ、この世界で子どもが生まれたらどうなるんだろ?」


 日本へ帰還するとき、子どもも一緒についてくるのか、それともここへ取り残されるのか。そんな疑問を抱いたらしい。


「なによ冬加、それっておじさんとのってこと? ヤバくない?」

「別に誰ってわけじゃないけどさー、なんとなく気になっただけ」

「ふーん。でもそれ、結構気になるかも……」


 たしかに日本人同士はもちろん、ニホ族との間に生まれる可能性も……。出産とはいかなくとも、妊娠したまま戻るケースだって考えられる。


(まさか冬加のヤツ、この前まで一緒にいた男たちに……。いや、アモンは違うと言ってたし……これはどうなんだ?)


 自ら話題を持ち出してきたので、ついつい胸糞展開を邪推をしてしまう。本人は飄々としているが、状況的に見てもあり得ない話ではない。俺の顔を見て察したのか、冬加が疑惑の視線を向けてくる。


「ちょっとおじさん、何考えてるか想像つくんだけど?」

「あ、いやすまん……」

「言っとくけど、エロいことはしてないからね。そういうのは全部あの女がやってたし」

「……そうなのか。なら良かった、のか?」

「全然良くないし! あの女、いつも女王様気取りだったし、ありえないし!」


 だいたい予想はしていたが、もうひとりの女が男どもを囲っていたらしい。子どもうんぬんという話が出たのも、これがキッカケだと言っていた。


「まあとにかく、そういう行為は控えよう。いずれにせよ、いい結果になることはないだろ」


 彼女らにしてみれば、俺こそが危険人物なんだろうが……。自分への戒めを込めて口にした。


 結局そのあとも話は広がり、俺の貞操観念について根掘り葉掘り聞かれることに――。


 これまでの経験や性的趣向など、ありとあらゆる尋問が続いて、夕飯になるまで解放されることはなかった。



 なお、こん棒は1本たりとも完成していない。



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