第36話 西の探索
あれから1週間――、
武器づくりも終え、いよいよ探索をはじめようとした朝のこと。
朝食がてらに地図を見ると、帰還条件の項目が変化していた。ほかの誰かが倒したのか、『大猿を倒せ』の数値が(1/2)になっていたのだ。
昨日、最後に地図を見たのは日暮れ前。すなわちそれ以降か、今日の明け方に達成したのだと思われる。
「これで全体条件って線が濃厚になったな。誰がクリアしても達成されるようだ」
「でも、あんなのをよく倒せましたね。先輩の話を聞く限りだと、相当強かったんでしょう?」
「ああ、少なくとも単独で倒すのは無理だと思う。おそらくは大人数でやったんだろうな」
それこそチート能力でもない限り、あの大猿を少数で倒すのは厳しい。不可能とは言わないまでも、それ相応の経験と、相手に飲まれない度胸が必要だ。
「ってことはさ、どこかに大集団がいるってことだよね?」
「ああ、俺も夏歩と同じ意見だ。おそらく相当な人数だと思う」
俺たち同様、集落に間借りしてるのか、それとも一から集落を作ったのか……。何人いるかは知れないが、かなりの規模だと推測する。もしくは謎の高校生4人組の可能性もあるが……。
「じゃあ、その団体と合流したらどうかな。この世界では無理でも、次に帰還したら探してみるとか」
「でも夏歩、それってどうなの? 相手が友好的とは限らないし、逆に危ないんじゃない?」
話を続ける夏歩に対して、冬加が苦言を呈した。否定的な感じではなく「万が一を考えて慎重に動くべきだ」と念を押している。
「そっか、私たちは4人だけだもんね。数にものを言わせて……それこそ奴隷にでもされたらヤバそう」
「うん。だからこっちも、大猿を倒せるくらい強くならないと!」
冬加のやる気が伝染したのか、夏歩と小春も奮起しているようだ。出発前のハプニングも、結果的にはいい刺激になっていた。相手が敵にしろ味方にしろ、俺たちは力をつけておく必要がある。
朝食後――、
集落を出た俺たちは、3人の地図を開放するため、まずは集落の西側を探索する。
俺が事前に探索した範囲では、兎とイノシシのほかにオオカミがいた。今日はそいつらを目標にして動く予定だ。
地図を見ながらひたすら森の中を歩く4人。真新しい武器を装備し、皮製の水袋を腰にぶら下げている。念のため、予備のナイフやスコップなんかも持ってきていた。
「なかなか見つかりませんね」
「前の世界はたくさんいたのに、なんでだろうねー」
あれから2時間以上経っているが、オオカミはもとより、ほかのモドキともほとんど遭遇していない。場所によるのかもしれないが、以前の世界よりもモドキの数が少ない印象を受ける。
――と、それがフラグとなったのか、
遠くに見える木々の合間にモドキを見つけた。自然な景色に不釣り合いな金色の毛色、離れていてもすぐに見分けがつく。大猿だ。
「なるほどアレですか……たしかにデカイです」
「見た目もだけど、とくに顔がヤバいね……」
「ねえおじさん、まさかと思うけど狩らないよね?」
3人の反応は様々だが……その顔は一様に引きつっており、誰もその場を動こうとはしない。遠くにいてもこの状態だ。狩るという選択肢などありえない。
「手を出さなきゃ平気だろうけど、念のため迂回しよう。今日は姿を見れただけでヨシとしよう」
帰還条件に含まれる以上、いつかは狩らなきゃいけないが……。いまはまだ手を出すべきではない。迂闊に近寄ることを避け、ヤツの進行方向とは真逆に向かって探索を続けた。
それからしばらく歩いていると、森の密度がかなり薄まってきた。木と木の間隔は5m以上あり、所どころに木漏れ日が降り注ぐ。
いよいよもって、俺も知らない未知の領域に踏み込んだ。
「ここからは慎重に行こう。人も含めて警戒が必要だ」
「じゃあわたしが地図を見てますね。変化があればすぐに知らせますので」
「わかった。俺が先頭を歩くから、夏歩と冬加は後ろに回ってくれ。小春は真ん中だ」
「「りょーかい!」」
力を手にしたことに加え、ツノ族を倒した実績。正直、このときの俺は慢心してたんだと思う。意気揚々と進む4人は、未開地探索のリスクに気づかぬまま進んだ。
小春の指示を頼りに、森の植生が薄いほうへと向かう。おそらくは森を抜けて、違う景色が見られるはずだ。
この先にはなにがあるのか、どんな生き物がいるのか。帰りのことを考えると、探索に割ける時間は残り少ない。
そんな期待と不安が入り混じるなか、ついに森の切れ目が見えてきたとき――。
「っ、先輩止まって!」
先頭を行く俺を小春が制止する。
彼女のほうを振り返ると……かなり険しい表情だ。すぐに駆け寄って地図をのぞき込んだ。
「これは日本人、だよな?」
「はい、そうだと思います」
小春の地図には黄色い点が13個。この辺りに集落がないことはジエンから聞いている。となれば必然、目の前の集団は日本人ということに相違ない。
「まさかこんな近くにいるとはな……」
「どうします? 接触しますか?」
「いや、やめておこう。それよりすぐに離れるぞ、話はそれからだ」
もう手遅れかもしれないが、とにかく距離をとるのが先だ。ときおり地図を確認しながら駆け足で引き返した。
それから20分が経過するも、日本人の位置に変化はない。ひとまず俺たちの地図を基準に、黄色い点が見えなくなるまで離れた。
今は乱れた息を整えつつ、反省会をしているところだった。
「悪いな、つい油断してたわ」
「わたしたちも忘れてました。先輩のせいだけじゃないですよ」
小春の言葉に続き、夏歩と冬加も頷いて同意している。
ほかの日本人がいる可能性は考慮に入れていた。だけど、こうも易々と――いや、そうじゃない。自分が優位な立場にいると驕り、慢心していただけだ。
今朝がた、『大集団がいるかも』と話していたくせにコレだ。なんとも情けないことだが……反省は程々にして、このあとの対処を話し合う。
向こうの数は13人、地図には住居らしきものが写ってない。野宿なのか、それとも狩りの最中だったのか。いずれにしても、誰かひとりくらいは地図を見ていただろう。追ってこないからといって安心はできない。
相手が持つ地図の表示範囲はわからないが、仮に俺たちと同じならば――。
「一番マズいのは集落の位置がバレることですね」
「ああ、できるだけ遠回りして帰ろう」
最悪、どこかで野宿することも視野に入れた。
「でも全然追ってこないしさ。案外気づいてないんじゃない?」
「そもそも敵対するかもわかんないよね」
たしかにその可能性もある。友好的な関係を築ければ生存率は上がるし、有益な情報を得ることができる。帰還条件を満たすためにも、大勢で戦ったほうがいい。
「とにかく今日は戻りましょう」
「そうだな、まずはジエンに報告して判断を仰ごう」
下手に追手が来るまえに、俺たちはそそくさと逃げ帰った――。
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