第37話 狼モドキの効果


 その日の晩、俺たち4人は日本人対策を話し合っていた。


 ジエンに経緯を伝えたところ、思いのほか前向きで、むしろ同行を申し出てくれた。集落に招いてもいいと言うが……いきなりそれはまずいだろう。今回の同行は見送りにして、ひとまず明後日に接触する許可だけをもらった。


 明日一日はオオカミ狩りにあて、自分たちの強化をしてから挑む予定だ。たとえどんな能力だったとしても無駄にはならない。



「じゃあ撤退の合図はこれでいいな」

「はい、全部覚えました」


 小春に続いて、夏歩と冬加も頷く。3人の名前を呼ぶ順番で、滞在なり撤退なりのサインをだす算段。いきなり襲われたら意味ないけど、場合によっては使うこともあるだろう。


「とにかく、何かあったらすぐに逃げるぞ。無理に戦おうとするな」

「でもおじさん、誰かが捕まったらどうする?」


 冬加は問いながらも、「もちろんやり合うよね」と戦う意思を見せる。


「当然だ。そうなったら全力で暴れるぞ」

「はい!」「任せといて!」「アタシも!」

 

 誰かを見捨てて逃げるだなんて――そんな冷静な判断を下せるとは思えない。むしろ自分が真っ先に飛び込んでいきそうだ。

 あくまで相手次第だが……。滞在時間はできるだけ短く、相手の気性を知ることを最優先、万が一の場合は死力を尽くすと誓った。


「よし、次は交渉の内容だ。話せる相手だと想定して考えよう」

「じゃあ、まずはニホ族のことですね。相手にどこまで話すかを決めましょう」

「小春さん、地図とモドキのこともあるよ」

「現実世界の情報も知りたいよね」


 相手が友好的だったケースを話し合い、男女比や年齢など、様々な場面を想定していった――。




◇◇◇


 翌日、西の森を探索した俺たちは、なんとか狼モドキの狩りに成功。狩り自体は一瞬だったが、獲物を探すのに手間どった。やはり前の世界に比べて、モドキとの遭遇率が極端に低い。


 それでも昼前には戻り、川辺で試食をしながら効果の検証をはじめた。いまも夏歩と冬加が川沿いを走りまわっている。


 狼の特徴といえば、まず思いつくのは脚力だろう。速度もさることながら、持久力がずば抜けている。どこまでも獲物を追いかけ、何時間も走り続けることができたはず。念願のスタミナ上昇に期待感が高まる。



 そんな俺といえば、小春とふたりで後片付けの真っ最中。昨日見つけた日本人のことを話し合っていた。


「結局のところ、気づかれなかったんですかね?」

「んー、そう思いたいけど……泳がされてるだけかもしれん」

「向こうも警戒してる、ってことですか……」

「ひとまずは様子見ってところだろ」


 昨日は無事に戻ることができ、最後まで追跡されることもなかった。わざと見逃されたのか、それとも気づかなかったのか。ヤツらの存在が気になりつつも、手をこまねいてる。


「それでも接触するつもりだと?」

「ああ、このまま放置ってのが一番マズい。せめて相手の素性くらいは知っておくべきだ。攻め込まれる前にな」


 なにせジエンの集落とは半日の距離しかない。ここが見つかるのも時間の問題だろう。仮に敵対者だとすれば、今後の生活にも多大な影響がでてしまう。


 とはいえ捕まる可能性もあるし、4人でゾロゾロと出向くのは危険だ。やはりここは――。


「俺ひとりで偵察に行く、とでも言うんでしょ? わたしたちが捕まるかもって」


 口に出すまでもなく見透かされていた。俺が肯定の意を示すと、小春はき然とした態度で向き合い、目に力を込める。


「探索を続ける以上、今後も似たようなことは起こります。いつまでも逃げてられません」


 どうやら昨日の夕食中、小春たち3人は決意を固めていたらしい。「自分たちも同行する」と、彼女は力強く答えた。

 その言葉に迷いはなく無理をしている感じでもない。『同じ日本人を手にかける可能性』、それを理解した上だと捉える。


「わかった、一緒に行こう」

「正直、戦力になる自信はありません。それでも限界まで抵抗します! 必ずできます!」

「ああ、それでじゅうぶんだ」


 きっと彼女たちなりに、ここが分岐点だと判断したのだろう。俺も相応の覚悟を決め、自分本位の保護者づらを断ち切る。



 それからたっぷり1時間、


 俺と小春も検証に加わり、オオカミ肉の効果が『持久力』だと確信する。駆け寄ってきた夏歩と冬加は、無邪気な笑顔を見せていた。


「おじさん狼肉ヤバすぎ! 全然疲れないよ!」

「だよね! 馬とか鹿との相性もいいみたい!」


 ふたりはほとんど汗をかいておらず、呼吸もまったく乱れていない。いまも狼肉の効果を自慢げに語り合っている。


 全力疾走なら30分、少し速度を落とせば2時間は持続可能。ジョギング程度の速度なら、いつまでも走っていられるようだ。急加速や急停止など、体にかかる負荷もないらしい。


「で、お兄さんたちはどうだったの?」

「ああ、こっちも成果があったぞ。それこそヤバいくらいな」


 俺と小春はこん棒を手に取り、休むことなく打ち合っていた。


 ひたすら振り回しても疲れないし、腕が悲鳴を上げることもない。筋力や持久力もそうだが、いろいろと常人の域を超えてきた。


「4人でかかれば大猿を狩れるかな?」

「いや、さすがに厳しいだろ。おまえらビビりまくってたしな」

「えー、たしかに怖かったけどさぁ……」


 力や持久力はあっても精神面で負けている。あの威圧感を前にして、まともに動けるのかは疑問だ。もっと実戦経験を積まないと無理だろう。


「ちょうどいい機会だし、そろそろ戦闘訓練を始めよう。ただ打ち合うだけでも、やらないよりマシだ」

「おーいいね! さっそくやろうよ!」

「あっ、アタシもやるし!」


 明日のいよいよ接触の日。


 オオカミ効果はもちろんのこと、付け焼刃の訓練も多少は役に立ってくれるだろう。



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