第33話 思わぬ遭遇


 音のするほうを警戒しつつも、広げた地図にサッと目を通す。


 すると地図には黄色の点が5つ、こっちに向かって結構な勢いで移動している。


 方角的にニホ族とは思えず、残る選択肢は日本人のみ。俺たちはすぐに立ち上がると、荷物を背負って住居の陰に隠れた。


 武器を構えて警戒していると――、森から現れたのは5人組の男女。20代前半の女性を囲うように、若者やらおっさんやらが飛びだしてきた。


「うわっ、アイツらかよ。マジ最悪」


 彼らを見た冬加は、顔をしかめてつぶやいた。そのまま視線を逸らすことなく、連中を睨みつけている。このまえ襲撃されたときに逃げだしたヤツらだと思われる。


「なんかあの人たち、すごく慌ててませんか?」


 小春の言うとおり、しきりに背後を気にしながら、集落を見回している。彼らの表情からは恐れとか不安の色が――。と、話し声が聞こえてきたので耳を澄ます。


「おい、やっぱ誰もいないぞ!」

「まさか全滅するとは思わなかった……冬加ちゃん……」

「おい、どうすんだよ! 俺たちだけじゃ絶対無理だぞ!」

「ちょっと待って、たき火がついてる! きっと誰かがいるはずよ!」

「ほんとだ! 手分けして家の中を探そう!」


 なにが無理かはわからないが、ニホ族の戦力を当てにしていた節がある。自分たちは逃げておいて……トンデモない思考の持ち主だ。


 彼らがウロウロしているなか、俺たちはゆっくりと、死角を狙って集落の外にでる。どんなケースだったとしても、ここに留まっているのが一番ヤバそうだ。


「先輩、これからどうしますか」


 森の茂みに入ったところで、ヒソヒソと話しかけてくる小春。彼らと接触するのか、それともこのまま去るのか。夏歩と冬加も俺を見つめて答えを待っているようだ。


「のこのこ出ていくつもりはないが……」


 何が起きているのかは確認しておきたい。ツノ族が来ているならば、ジエンの集落に来る可能性もある。そう判断した俺は、彼女たちと別れて様子を見守ることを伝えた。


「っ、大丈夫です。わたしもやれます」

「私も! 今度はちゃんと動けるよ!」


 小春と夏歩はやる気をみせ、冬加は黙って頷いた。


「待て待て、俺もひとりでやる気はない。アイツらがなにを恐れているのか。それを知りたいだけだ」


 仮にツノ族だった場合、ジエンの集落で迎え撃つことを伝え、先に戻るよう言ったのだが……どうしても納得いかないらしい。結局、少し離れた川沿いで待機してもらうことになった。


 ただし、なるべく遠くまで離れること、30分待っても戻らないときは集落に戻ること、この2つだけは徹底させた。冬加は馬モドキを食べてないので足が遅い。逃げ切れるか不安なので念を押しておく。



 3人がこの場を離れて数分が経過。


 集落を探し回る日本人が諦めかけた頃だった。森の中から、メキメキと木を割く音が聞こえてくる。


 と次の瞬間――、


 金色の毛を纏った大猿が飛び込んできた。ゆっくりと体を揺らしながら、じわじわと日本人たちに詰め寄る。


(おいおいおい! あいつら馬鹿なのか!? こんなのに手を出すとかありえないだろ……)


 ある程度の距離が詰まると、大猿はその場に鎮座。威嚇はもちろん、唸り声ひとつ上げなかった。黙って獲物を捉える姿に、絶対的強者の余裕を感じていた。


「おい、どうすんだよ!」

「どうするもこうするも……やるしかないだろ!」

「くっそ! なんでここまで……」


 なんでもなにも、先に手を出したのはおまえらだろう。でなければ追ってくるはずがない。


 ――と、てっきり腰を抜かすと思っていたが……恐怖でうずくまる女性以外は、戦う意思を見せていた。男4人が槍を構えて戦闘態勢に入る。


(ちょっと怖いが、大猿の動きを見るチャンスだ……)


 俺は慎重に距離をとりつつ、彼らの戦いを見守ることに。もちろん加勢する気などまったくない。



 両者が向かい合うこと数瞬、ついに動き出した大猿は、ひとりの男を標的に定めたらしい。途中で動きを速めると、4本の腕を器用に操り殴りつける。


 それをなんとか回避した男は、全力で槍を突き込む。と、矛先が腕に刺さって手傷を負わせることに成功。大猿の動きはそれほど機敏ではなく、避けるだけなら俺でもいけそうな気がする。


 大猿の背後に回ったほかの3人も、隙を見て足元を狙っている。どの攻撃も致命傷にはならないが、槍は確実に突き刺さっていた。


(石の槍でもいけるのか……)


 それにしてもアイツら、予想以上に戦えている。大したダメージはないようだが、攻撃自体は通じているようだ。大猿は防ぐ気もないようで、狙いをつけた男しか眼中にない。


 それから数分、健闘していた男たちの息が上がってきた。ついには正面にいたヤツが捕まり、そのまま地面へと叩きつけられる。と、男はゴム毬のように数回弾んで、悲鳴を上げる間もなく絶命した。


 大猿は一瞬の硬直とともに、次の目標を定めて動き出す。それまでと同じように、狙いを定めたヤツだけを執拗に襲った。


(さっきから動きが変だ。さっきの硬直も不自然だったし……)


 狙ったヤツ以外は見えてないのか、ずっと単調な動きをしている。それに最初のヤツが死んだ瞬間、次の標的を選ぶまでにも奇妙な間があった。


(昔やってたゲームのヘイト管理みたいだ……)


 タンク役が敵の攻撃を一手に受け持ち、ほかのアタッカーが背後から攻撃をする。そしてタンク役が沈むと、敵の標的が次のヤツに変わる。――そんなシステムチックな行動をしていた。


 結局、2人目がやられたあとは、あっという間に決着がついた。


 最後に残っていた女性も、抵抗すらしないままこの世を去る。すると大猿は、何食わぬ顔で森に帰っていき――。


 死んだ連中の遺体は、数十分後に突然その場から消え去った。



 今回の件で判明したのは以下の5つ。むろん確定ではないが、限りなく正解に近いと思われる。


・大猿は標的以外のヤツを狙わない。もしくは見えてすらいない

・狙いを定めた相手が死ぬまで、攻撃対象は変わらない

・標的が切り替わる瞬間、数秒の硬直時間が発生する

・死んだ日本人は約10分後に消え去った。なお、前回の世界でツノ族化したヤツらは、少なくとも20分は消えなかった。その後は持ち去られてしまったため、どうなったかは不明

・衣服やカバンなど、日本製のものは一緒に消え、この世界で作ったであろう石槍などはその場に残された


 それと一番気になったのは、自分自身の心境だ。戦闘の一部始終を見ていたが、驚くほど落ち着いていた。大猿への恐怖心もそれなりで、日本人の死を見てもなお平常心を保っている。


 人の死に慣れたのか、それとも自分の持つ力に酔いしれているのか。「今なら狩れるんじゃないか?」と、自信とも慢心とも取れる感情が芽生えていた。




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