第8話 原始人vs馬モドキ


 原始人のひとりが甲高い声で雄たけびをあげる。


 ――と、それを合図にして、各々が近くにいる馬モドキに向かって飛びかかった。こん棒で殴ったり、縄で足を縛ったり。統制こそとれていないが、、原始人の圧倒的有利な状況が展開していく。


 なにせあの馬モドキ、殴られる直前までまったく逃げようとしないのだ。自分が攻撃されてビックリ仰天、慌てて抵抗する始末だ。

 ちなみに6本の足があるだけに、その脚力は驚異的だった。蹴り飛ばされた人間が、まるでアニメみたいに宙を舞っていた。


 最終的には馬2頭が捕まり、残りは全部逃げていった。原始人の半数が負傷して、そのうち5名はピクリとも動かない。もちろんその中には元日本人の姿もあった。


 それから30分後、彼らは馬の一部と仲間の遺体を連れて森の中へと去っていった――。


「色々と凄い光景を見てしまいました……」

「ああ、でもちょうどいいタイミングだったな」

「距離があり過ぎたせいか、精神的にはそれほどでもないです」

「俺もだ。情報量が多くてそれどころじゃないわ」


 エグい光景を眺めていたが、どこか他人事のような感覚に陥っていた。現実を直視してないだけで、あとからジワジワくるのかもしれないけど……。それよりも、目の当たりにした事実をまとめるのが先だ。


1.角あり原始人に捕まると、自分も同族に変化させられてしまう


2.口の動きから察するに、原始人と元日本人は会話による意思疎通をしていた


3.目撃当初から森へ去るまで、日本人が逃げ出す素振りはなかった


4.馬モドキは攻撃されるまで、人間の存在に一切気づかなかった。それが原始人の特殊能力によるものなのかは不明


5.原始人たちは馬を解体すると、臓器だけを持ち去った。ほかの可食部分には、いっさい手を付けてない


6.仲間の遺体は放置せず、丁重に連れ帰っていた


 今回判明したのは以上の6点。つけ加えるなら、原始人の力がそれほどでもなかったことか。もしかすると、馬モドキが強すぎただけかもしれないが……。


「先輩、そろそろ拠点に戻りましょ?」


 少し落ち着かない感じの小春は、拠点への帰還をうながしている。だがこの機会に、どうしても確認したいことが残っていた。幸いなことに、暗くなるまでには幾分の猶予がある。


「いや、もう少しだけ様子を見ていこう」

「ってことは、まだなにか気になることが……?」

「馬モドキの肉を食う獣はいるのか。それだけは確認しておきたい」


 今朝に山で見つけた死骸も、同じように内臓だけが抜き取られていた。もし獣が肉を喰らった場合、あの鹿を殺したのは原始人の可能性が高くなる。だとしたら、早々に見切りをつけて山を下りるべきだ。


「あともうひとつ、さっきの馬たちは人間をスルーしてただろ?」

「たしかに、襲われるまで気づきませんでしたね」

「あれが動物同士でも同じなのかを知っておきたい」

「なるほど、じゃあギリギリまで粘りましょう」


 そんな会話していると――、


 ハイエナもどきの集団が、どこからともなく忍び寄ってくる。


 それに気づいた周りの動物たちは、警戒しながら散り散りに逃げ出していった。我がもの顔のハイエナたちは、馬の死骸に群がると、皮と少量の骨を残して綺麗サッパリ食べ尽くしていた――。


 不安は的中。やはり森にあった死骸は原始人の仕業と見るべきだろう。


「今日はもう無理だが、明日の朝一番で海へ向おう」

「まあ、どこへ逃げても一緒かもですけどね」


 彼女の言うとおり、きっと安全な場所なんてないのだろう。それでも、何もしないで襲われるよりはマシだ。


 幸いなことに、海へと続く川の存在は地図で確認している。食材は豊富にあるし、飢える心配はない。あとはなんとか逃げ続けて、5日間を過ごそうと考えていた。


「わたしは先輩について行きます。どうなっても後悔はしません」

「俺は後悔しまくるけどな……」

「ちょっと! そこは任せとけって言うところですよ!」

「そうだな、全力を尽くすよ。とにかくあの山から移動しよう」


 そんなやり取りをしながら、山を登って拠点に戻る――。


 結局、動物の捕獲はできなかったが、思っていた以上の収穫はあった。今日のうちに身支度をして、明日からの移動に備えよう。




◇◇◇


 翌日の朝、俺はのどの渇きを感じて目を覚ます。


 相変わらず体中が固まっていて、とくに尻と背中の痛みがひどい。なぐさめ程度に枯葉を敷いているが……たいした効果はないようだ。


(まあ、眠れるだけでもありがたい)


 重い体をゆっくり起こして、外の景色に目を移す。今日も天気は良いみたいで、木の根の隙間からは朝日と――、なぜか人間の下半身が見えていた。


(……え?)


 はじめは小春なのかと思ったが、彼女はすぐ隣でスヤスヤと眠っている。


 となればこの足の正体は……。

 スカートの隙間から覗く白い布切れは……。


 俺は寝ぼけが吹き飛んでいくなか、槍を手に取り洞穴の中で身構えた――。


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