第135話 一方的な作戦会議

「にしても驚いたよ。もう少し取り乱すと思ったんだけどなぁ」


 それからさほど間を置かず、超越者の話が始まろうかというところ。ふと気づけば、全身の気だるさは綺麗サッパリなくなっていた。


「どうせ消される運命なんだ。動揺するだけ無駄だろ」

「おー、いいね。やっぱり君を選んで正解だったよ」


 相変わらず覚醒は使えないし、モドキの能力も戻らないままだが……。どういうわけなのか、視力だけは上がってきたような気がする。


「それじゃあ、今度こそ僕の番ってことでいいのかな?」

「ああ。しつこく聞いて悪かったな。思う存分話してくれ」


 大満足とは言わないまでも、知りたいことは概ね把握できた。あとは超越者の話を聞いた上で補足すればいいだろう。


 俺は上機嫌の相手に合わせ、フッと薄ら笑みを浮かべて返した。


「さて。僕の話なんだけど、大まかに言うと2つあるんだ」

「あー。1つは世界を消すことだろ」

「違う違う。それ自体は違わないけど、僕の話したいことは別だよ」


 超越者はそう言うと、右手を軽く上げて人差し指を立てる。


「1つは君に感謝を伝えるため。僕がこの世界に来られたことへの、ね」


 そこで言葉を区切り、続けざまに中指も立てると――。


「そしてもう1つは、秋文を僕の世界に連れ帰る話さ」


 と、ここで今日一番のドヤ顔を披露して見せる。


「俺をそっちの世界に? そんなことができるのか」

「もちろん多少の制約はあるけどね。今回に限っては可能だと思うよ」


 いきなりの勧誘に驚いたものの、ひとまずは頷いて返した。



 まずは1つ目の感謝云々について。この話は先だってのゲート封鎖事件まで遡る。


 唐突に閉じられた3つのゲートだが、あれは自然発生したもので、彼の意図する現象ではなかった。そして本来ならば、二度と開かないはずだった。


 世界のことわり、それこそゲーム上の仕様と言えばわかり易いだろうか。創造主の力を持ってしても、改変できない領域とのこと。


「それが今回に限って開いたと?」

「ああ。秋文と江崎くんのおかげでね」


 複数のゲートを同時にれること。そして、お互いがまったく同じ位置をさわること。偶然にも2つの条件を満たしたことでゲートの封印が解けたらしい。再解放に至った瞬間、彼は現代への干渉が可能となった。


「この器を探すのに手間取ってさ。ここへ来るのに半年もかかったよ」


 いろいろと試した結果、現世の肉体を依り代にして、自らの記憶を刷り込むことに成功。相性のいい体を見つけ出し、ようやく今日になって現れたというのだが……。


「おいちょっと待て。行き来できるのは記憶だけなのか?」 

「ああ。本体なら向こうに置いてあるよ」

「いやいや、そうじゃなくて。俺を連れ帰る件はどうなる」


 彼は現代へ来るために他者の肉体を利用した。半年もかけて探すくらいだし、他に移動する手段はなかったはずだ。誰に憑依ひょういするかは別としても、俺は記憶だけを飛ばすことになる。


「あー、君に器は必要ないよ。記憶さえ持ち帰ればこと足りるから」

「それってどういう……」

「欲しいのは記憶だけってことさ。全ての事情を知ったの、ね」


 なるほどそういうことか。さすがにここまで言われたら察しがつく。


 次の俺に記憶を刷り込み、未来を書き換えるのが目的なんだろう。自分自身の体ならばしろとしても申し分ないわけだ。やたらと好意的だったり、質問に時間をいた理由にも納得がいく。


(あと気になるのは『君たち』という言い回しだが……)


 ツノ族が魔法を得るためには、ある程度の生贄が必要だ。帰還者全員が記憶を持ち越した場合、やつらに捕まるヤツが極端に減ってしまう。


 しかしながら、ニホ族に肉を食わせるという目的もある。モドキの有用性を伝えるためにはそれなりの人数を揃えなければならないだろう。


「なあ。いったい何人の記憶を刷り込むつもりなんだ」

「ん? 最大の功労者である秋文と江崎くん、あとは条件を満たしている人間が少々――」

「そこに俺の仲間たちは含まれているのか」

「もちろんだよ。君だって、一から説明するのは面倒だろう?」


 超越者の感性はともかく、みんなが一緒だとわかって肩の力が抜ける。


『これまで積み上げてきた関係は無駄にならない』


 それさえ知れたのならじゅうぶんだった。世界のリセットは避けられずとも、共に生き延びるだけならどうとでもなるだろう。



 かくして超越者の目的を知ったわけだが、彼の話はそのあともしばらく続いた。むしろここからが本番なのだと早口でまくし立てる始末だった。


 2つの種族を救う手段。そしてファンタジー世界へと辿たどり着く方法。そのために有効な選択肢を次々と提示。セーブポイントの設定を含め、かなり細かいところまで話が進んでいった。


 ――と、これだけ聞くと楽勝な気がするけれど……。


 実はそう単純な話でもない。なにせ彼自身、何が正解なのかは一切わかっていないのだ。


『たぶん、おそらく、もしかすると』


 提示された案には必ずこの言葉が添えられた。確証に至るものは極一部で、大半は予想の範疇を超えなかった。


 まあ、超越者の気持ちはわからんでもない。ひとつでも多くの情報を詰込みたいのだろう。セーブのタイミングさえ間違えなければ、それこそ何度だってやり直しがきくのだから。



◇◇◇


 そして超越者が現れてから3時間が経過した頃――。


 俺はいよいよもって、次の世界へと向かうことになった。


 スタート地点は雪の積もるあの日の朝。多少の誤差はあるものの、転移直前の車内から始まるという。いつぞやのように、俺だけ遅れて転送、なんて事態は起こらないそうだ。


「なあ。最後に1つ確認してもいいか」

「なんだい? 遠慮なく言っておくれよ」

「仮に想定どおりの世界が成ったとして。俺たちは現代に戻れるのか? それとも異世界に取り残されたままか?」


 今回戻って来られたのは、こいつがファンタジー世界の創造に失敗したからだ。ニホ族を現代に送った結果、地形を入れ替えたがゆえにゲートが発生した。


 では成功した場合はどうだろうか。普通に考えたら世界は繋がらないだろう。少なくともゲートは存在しない。


「そうだね。戻す予定はないけど、戻ることは可能かもしれないね」

「なんだよそれ。最後の最後に勿体もったいぶるじゃないか」

「なにせファンタジーな世界なんだ。何が起きても不思議じゃないだろ? それこそ魔法だってあるんだしさ」


 俺たちのヤル気を削がないために言ったのか。もしくは転移魔法のたぐいを示唆しているのか。


 いや、こいつもどうなるかなんて知らないはずだ。嘘ではないにしても、帰還の可能性は低いという感じか。いずれにしても、戻す気がないことは理解した。


「わかった。いつでも構わないからやってくれ」

「もういいのかい? じゃあさっそく回収するよ?」


 そう言うや否や、俺に向けて手をかざす超越者。


 回収という言葉のとおり、体の中から何かが吸い出されていくのがわかる。初めて転送されたときの浮遊感に似ているけれど、あれよりも穏やかで、まるで眠りに就く寸前のような心地よい気分だ。


「秋文、次の再会を楽しみにしてるよ」


 次第に視界が狭まっていく中、


 ポツリと呟く彼の顔を最後に意識が途絶えた。



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