第4章『原始時代のやり直し』

第136話 猶予は3分

 気を失ってからどれほどの時間が経っただろうか。


 ハッとして目を覚ますと、視界に服を着た小春の姿が映った。見覚えのある懐かしい装い。彼女は半ば放心状態のままこっちを向いている。


 どうやら俺が今いる場所は電車内で間違いないらしい。あのときと同じく、車内のドアにもたれ掛かっていた。


 窓の外には雪景色が流れ、周りには大勢の乗客たちが――。反対側のドア付近には明香里たち4人の姿もチラリと垣間見える。


 車内が混み合っているため、夏歩が座っているであろう場所は確認できなかったが、ここがあの当時の4号車であることは確かだった。


 外の景色から察するに、あの衝撃に襲われるのは2~3分後といったところか。もう少し猶予があると思っていたが、事態は予想以上に差し迫っていた。


「小春。おい小春っ」


 俺は小春を揺すり起こし、すぐさま彼女の耳元に顔を寄せる。


「すまん。混乱してるだろうけど聞いてくれ」

「え、秋くん? わたしなんでここに……」

「大丈夫だ、事情は全部把握している。みんなを集めるから、ひとまずここにいてくれ」


 いろいろと説明をしてあげたいが、今は悠長に語っている場合ではない。仲間との合流を最優先に考え、すぐさまズボンのポケットからスマホを取り出す。


(なるほど。あの日に戻ったのは確定か)


 さすがに正確な時刻までは覚えていないが、画面に映る日付は転移当日を示していた。


 まずはこの車両にいる仲間を集めつつ、別車両のやつらに連絡を――。そう考えたところで聞きなれた声を耳にする。


「秋文さん。これはどういう状況なんでしょうか」

「お兄さん。これどうなってんの?」


 目の前に現れたのは制服姿の5人組、昭子たち4人と夏歩だった。周りにいる乗客を押しのけ、俺と小春のすぐそばまで近寄ってきた。


「夏歩、すぐに冬加を呼び出してくれ。あまり時間がないんだ」

「うん。もうこっちに向かってるけど……もしもし冬加? やっぱこれ、ヤバい状況みたいだよ」


 と、どうやら既に連絡を取っていたらしい。よくよく彼女を見ると、スマホを耳に当てていることに気づく。


(にしても、こいつら凄いな。なんでこんなに落ち着いているんだ?)


 俺とは違い、何も知らずに車内へと戻されたんだ。さぞや困惑こんわくするだろうと思っていたのだが……。


 俺の予想に反し、誰ひとりとして取り乱す者はいなかった。先ほどまでほうけていた小春も、今は落ち着いた様子で周りの状況把握に徹している。


(まあそれはいいか。あとは健吾や真治たちに連絡を――)


 時間的猶予がないことはある程度予測していた。実際、タイムリミットが差し迫っているし、直接呼びに行くのは不可能だ。当然、登録していたグループチャットは初期化されて使いものにならない。


 となれば連絡手段は電話になるだろうと、彼らの携帯番号は事前に暗記してある。集まった仲間にも番号を伝え、手分けして呼び出し続けることしばらく――。


(ダメだ。あいつら電話に出やしねぇ)


 呼び出し音は鳴るものの、誰に掛けても一向に繋がらなかった。あるいはこっちに向かっている可能性もあるけれど、今はそれを確認するすべがない。


(せめて世界が巻き戻ったことだけでも伝えたかったが……)


 こく一刻とそのときが迫り、いよいよもって時間的猶予がなくなる。


「みんな、もう時間がない。事情はあとで説明するから、まずは衝撃に備えてくれ。あのときのアレがまた来るぞ」


 結局、時間ギリギリになったところで冬加が合流。俺たちの様子を見て周囲がザワつくなか、再度あの衝撃が乗客たちを襲った――。



◇◇◇


(まいったな。結局、合流できたのは冬加だけか)


 乗客たちが宙を舞う光景、全身を襲う耐え難い激痛、そんなデジャヴに見舞われながらも俺は再び目を覚ます。


 本来ならば車内へと戻り、そのあと一面に広がる不思議世界へと飛ばされるはずなのだが……。


 ここは上下左右のどこを見ても白一色の世界。前回の状況とは一変、俺たち8人だけが謎の空間へと導かれた。


(まあ、ここがどこなのか知ってるんだけどな)


 この真っ白な空間は、かつて明香里たち『選ばれし千人』が集められた場所である。俺が超越者に頼んで、集まった仲間に説明する時間をいてもらったんだ。


 どれだけ滞在しようが現実世界の時間は止まったまま。俺の合図でいつでも車内に戻れる手筈だ。


 この場にいるのは俺、小春、夏歩、冬加の4人と、明香里、昭子、大輝、龍平の計8人。ほかの乗客は誰ひとりとして見当たらず、どこを見渡しても真治や健吾たちの姿はない。


 合流できなかったのは痛いけれど、まだまだ出会えるチャンスは残っている。あいつらだって記憶を保持しているし、このあと向かう『お試しの世界』を生き延びるくらいはできるだろう。


「なあ大輝。ここって、調停者と会った場所だよな」

「うん。たぶんそうだと思う……けど、今回はどこにもいないね」


 そう言ったのは龍平と大輝だ。2人はおもむろに制服の上着を脱ぎ、シャツのそでやズボンのすそまくりはじめている。


 たぶん予期せぬ戦闘に備えてのことなんだろう。ここに来て早々から周囲の警戒に余念がない。


「昭子、覚醒が使えないよ。身体能力も極端に落ちてるみたい」

「ええ。これは異世界転移ではないわね。おそらくは時間遡行そこう――世界の巻き戻り説が濃厚かしら」


 と、今度は明香里と昭子が口を開き、体の動きを確かめながら言葉を交わす。


「ねえ秋くん。もしかして、また観測者と会ったの? もしくはもっと上位の存在とか」

「乗客が騒いでなかったしさ。ほかのみんなは何も覚えてない感じ?」

「ん-。さすがにアタシらだけってことはないでしょ。絶対なにかの条件があるって」


 最後は小春、夏歩、冬加と続き、見事なまでに今の状況を言い当てて見せる。


 まだ何も伝えてないというのに、推測だけでここまで現状を把握できるものだろうか。この状況下で平静を保てる胆力しかり、彼ら彼女らの適応力に驚きを隠せなかった。




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