第137話 白い空間

 仲間の考察がはじまってからしばらく。


 今はみんなで床に腰を下ろし、円陣を組んで集まっているところ。途中からは俺も話に加わり、超越者と話した内容を伝えた。


 彼の目指す世界と、それに至るための条件諸々。ここが巻き戻った世界であることもすでに伝達済みだ。


(まあ、昭子は初見しょけんで言い当てていたが……)


 みんなは落ち着いた様子で耳を傾け、終始、取り乱すことなく意見を出し合っていた。


「では、健吾さんたち4人も記憶を持ち越しているんですね」


 昭子がそう言うや否や、みんなの視線が俺に集まる。


「ああ。江崎や瀬戸たち関東の帰還者、それと真治のやつも対象だ。鬼のツノを使ってゲートを通る。それが記憶保持の条件だよ」

「でも秋文さん。それだと自衛隊の方々も対象になると思いますが……」

「いや、彼らは引継ぎの対象外だ。ゲートを通ったと言っても、異世界転移に巻き込まれたわけじゃないからな」

「そっか。こっちに来られなければ意味がないですもんね」


 世界がリセットされた以上、現代のゲートはすべて消滅している。彼らが異世界に来る術はなく、記憶を持ち越したところで使い道がない。


 そりゃあ、いつか再び開く可能性はあるけども……。今さら開いたところでどうするんだって話になる。超越者本人が対象外だと言っていたし、彼らはすべてを忘れているだろう。


「けどそうなると、真治さんが大変だよね」


 話が切れたところで、冬加が真治しんじの名をあげる。


「だって、朱音あかねさんや理央りおさんとは初対面になるわけでしょ。たぶん真治さん、そのせいで合流できなかったんじゃない?」


 小学校での避難生活を仕切っていた朱音、そして彼女の補佐役を務めていた理央。この2人は真治と違い、前回の記憶が引き継がれていない。


 3人が同じ車両に乗っていたのは聞いていたし、真治はすぐに接触を図っただろうけども……。


 今の朱音と理央にとって、真治は見ず知らずの存在だ。事情を伝えたところで、おいそれと信じるはずがない。ましてや彼女らを率いて4号車に移動するなんて芸当……それこそ不可能に近いと冬加は語った。


「ねえおじさん。このあとみんなを探すんだよね?」

「ああ。真治や健吾たちとは合流するつもりだよ。前回と同じなら、これから向かう世界にあいつらもいるはずだ」


『お試しの世界で支給される地図』


 あれには島全体が映し出されていた。進化値を上げれば日本人の居場所がわかるし、仲間の点が青く表示されるようになる。そのことは健吾や真治も知っているし、上手くいけば早めに会えるだろう。


 みんなも仲間の捜索に異論はないようで、合流することを前提にして話が進んでいった。



◇◇◇


 それから約1時間後――。


 みんなとの話し合いはなおも続き、ようやくもって今後の方針が定まってきた。長期的な目標はもちろんのこと、差し当たっては原始時代のごし方を中心に話を詰める。


 まずは大前提として、俺たちの最終目標はファンタジーな世界へと至ることで一致。とてもじゃないが現代には戻れそうにないため、帰還の件については先送りとした。


 むろん帰還の手掛かりは探すつもりだが、ここにいる全員、過度な期待は持ち合わせていない。たとえ戻れなかったとしても、異世界で一生を終える覚悟をしているようだ。


 ひとまず超越者の話を信じるならば、俺たちは原始時代に送られたあと、縄文時代を経由して3千年後の世界へと転送される。


 生き延びた者は、例外なく未来の異世界へと到達。そこから先は自由という名の放置プレイが決定している。


『日本人同士集まるも良し、はたまた現地人と共同生活を送るも良し』


 超越者にしてみれば、用済みのこまなんて、どうでもいいってことだろう。あの時はあえて言及しなかったが、しても意味がないことは明らかだった。


 とまあ、そんな先のことはさておくとして。


 ファンタジー世界に至るために、最低限すべきことが3つある。


 縄文時代でニホ族にモドキ肉を食わせ、ツノ族に魔法を習得させること。そして両種族それぞれに対し、巨大熊の肉と内臓を食わせることだ。


 そのためには自分たちの強化が最優先であり、原始時代をどう過ごすかがカギとなってくる。


 お試しの原始時代、いわゆるチュートリアル世界の滞在期限は前回と同じ7日間。島の地形や動植物の生態も同様だと聞き及んでいる。


 肉を喰えば身体能力が向上するし、内臓摂取によるツノ族化現象も変更なし。モドキが極端に強くなっていたり、常時アクティブ化することもない。


 まずは早めに下車して安全地帯を確保。南の海岸沿いを拠点にして、地図を進化させつつ肉体強化を目指す。そして仲間の位置が判明次第、移動しながら数日を過ごす予定となった。



「それで秋くん、あの牛モドキにどんな能力があると?」

「ズバリ言うと治癒ちゆ能力だ。超越者いわく、結構な怪我も治せるらしい」


 そんな現在はモドキの話題があがっており、どの能力を取得するかを話し合っているところ。小春の問いに答えるや否や、ここに居合わす全員の目が色めき立つ。


「その治癒能力ってのは、いわゆる回復魔法のこと?」

「いや。本来、人類が持ってる自然治癒力の強化だよ。自分に効果があるだけで、他者をいやす魔法じゃない」


 怪我が常人より早く治るとか、病にかかりづらいとか、そう言ったたぐいのものであると付け加える。


「じゃあ、具体的にどの程度の効果が? たとえばですけど、ちぎれた腕が生えてくるとか」

「ん-、そこまではどうだろ。さすがにないんじゃないか? 骨折程度は治るらしいけど……すまん、詳しい効果はわからないんだ」


 超越者から聞かされたのは、牛モドキに治癒のチカラがあることだけだ。本人も効能についてはあやふやで、欠損部が生えてきたケースを見たことがないそうだ。


「だとすると、超越者もモドキの詳細を知らないんですね」

「ああ。アレは超越者が設定したわけじゃないからな」


 ちなみに過去の俺たちは、牛モドキを狩り、治癒能力を手に入れたことがあるらしい。超越者はそれを見たゆえ、能力のことをある程度知っている。


「でもさ。長く生きるなら絶対に欲しい能力じゃない?」

「うん、たしかに。いろんな場面で役に立つよね」


 そう言ったのは夏歩と冬加だ。2人の話は怪我のことにはじまり、やまいや出産のことへと発展していく。


 いくら強くなろうとも、病気にかかって死ぬ可能性は大いにある。それこそ出産に関しては命がけとなるだろう。効果の度合いは不明ながら、手に入れて困るものではないと力説する。


 結論、牛モドキを喰うことには皆が賛成。その代わりにどのモドキを捨てるのかに争点が移った。


「おれは鹿がいらないと思うけど、大輝はどうだ?」

「そうだなぁ。好物は外せないとして……うん、ぼくも龍平と同意見かな。足腰の強さは魅力だけど、兎や馬と能力がかぶるんだよね」


 ここにいる8人の中で、鹿が好物のやつは1人もいない。実際のところ、俺も鹿モドキを外そうと考えているのだが……。


「龍平、大輝、ちょっと待ってくれ。この話にはまだ続きがあるんだ」

「続きって……牛モドキにまだ何かあるんすか?」

「いや。俺が話したいのはマンモスのことだよ。おまえらは見てないだろうけど、今回はあいつを狩ろうと思ってるんだ」


 先に説明しておくと、明香里たち4人は、あの巨大マンモスを目撃していない。島の安全な場所に転移したため、一度も遭遇することなく7日間を終えている。


 それに対して俺と小春は初日に遭遇、夏歩は2日目に、別行動だった冬加も5日目に見かけていた。


 あの当時は狩ろうとも思わなかったが、モドキのことを知った今なら話は別だ。どう考えてもボス的な存在だし、それ相応の能力を持っていてもおかしくない。


「けどマンモスの能力はわからないんですよね」

「ああ、大輝の言うとおり不明だ。過去に誰も狩ったことがないからな」

「ならどうして狩ろうと? 何か思うところがあるんですか」

「そうだな。理由はいくつかあるんだけど――。最も重要なのはモドキのレア度……いや、出現頻度と言ったほうがわかりやすいか」


 俺の言葉に反応したのは昭子と小春くらいか。互いに顔を見合わせ、ウンウンと頷く。ほかの連中はピンと来ていないようで、彼女らの態度を見て首をかしげている。


「レアな能力のモドキは最初の世界にしか存在しない」

「ハイエナも縄文時代以降はほとんど見かけませんでした」


 と、俺が説明するまでもなく、昭子と小春が注釈を入れてくれた。


「2人の言うとおりだ。俺もその可能性が高いと踏んでいるよ」


 牛モドキの治癒能力とハイエナの能力枠拡張。どちらも破格の性能である以上、マンモスへの期待値は非常に高い。おそらくは大猿の覚醒よりも上ではないかと皆に伝える。


「なるほど。思い返せばたしかに……」

「覚醒よりも上位の能力かぁ。それは手に入れたいかも」


 大輝と龍平の言葉を皮切りにして、次々と前向きな意見が飛び交っていった――。





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