第134話 試行の果てに
「さて、と。君の疑念も晴れたことだし、そろそろ僕の話をしようか」
それから少しばかりのやり取りがあった後――。
わずかな沈黙の隙をぬって、超越者がそう切り出した。
「おい待ってくれ。まだ現代に戻ってからのことを聞いてないぞ」
「あれ、そうだっけ。じゃあ手短に伝えておくよ」
俺が待ったをかけると、それまで軽快だった彼の口調が少なからずトーンダウンする。「言いたくない」というよりは、「興味がない」って感じだろうか。
まあいずれにせよ、話してくれるというのなら問題ない。俺はひとつ頷くに留めて耳を傾けた。
<二千年後の異世界>
俺たちが縄文時代を去ったあと、超越者は異世界の時間を二千年ほど進めた。
『2つの種族が進化を遂げ、互いに共存するファンタジーな文明社会』
そんな世界に至るまで、幾度もシミュレートを繰り返す。
結果、ニホ族は能力を獲得したのち、大きなコミュニティを形成。それこそ何百人規模の街をいくつも築いた。方やツノ族の魔法に関しても、ほとんどのケースで発現に至る。
「わかってると思うけど、この話には続きがあるからね」
「だろうな。結局はダメだったんだろ?」
さっき説明を受けたとおり、世界のセーブポイントは常に1つだけだ。最後に記録したのは現代に戻った後、ゲートを再解放した直後となる。
超越者がここに来ている以上、彼の目論見は失敗に終わっている。
<さらに千年後の異世界>
2種族の進化から1千年が経過した頃――。
ある年代を境にして、両種族の体に異変が生じた。
ツノ族は鬼へと変貌して知性を失い、大半のニホ族は衰弱の末に絶命したという。鬼は魔法を忘れて野生化、わずかに生き残ったニホ族も、繁栄とは程遠い結末を辿っていく。
当然のことながら、超越者は幾度も検証を重ねた。
『異変の要因は何だったのか』
『どうすれば回避できるのか』
途方もない試行の果てに、ついには原因の特定へと至る。
「で、その原因ってのは何なんだ?」
「君らが魔物病と呼んでるアレさ。少なくとも、ニホ族のほうはそれで間違いない」
「でもなんで……。モドキを食えば症状は治まるだろ」
「うん、まあ。一時しのぎにはなったね」
超越者曰く、通常のモドキを食っても意味はないそうだ。早ければ数か月後、遅くとも1年以内に再発するらしい。ただ唯一、巨大熊の肉を食べた者だけは難を逃れている。
(なるほど。だから俺たちは発症しなかったのか)
この現代において、ジエンは他のニホ族に肉を配った。もちろん、その中には巨大熊の肉も含まれる。彼らが平気だったのもコレが理由だった。
「もしかして、ここまで世界を進めたのって――」
「ご名答。異変の元凶を探るためだよ」
理想の世界を創るためには原因究明が不可欠となる。ニホ族を現代に移したのも、俺たちを帰還できるよう誘導したことも、すべて調査のためだったと言い放つ。
「いや、ちょっと待て。原因がわかったところで意味はあるのか? もう縄文時代には戻れないだろ?」
何度も言うが、最後のセーブポイントは現代へ戻った後。たとえ原因を特定しても、過去の世界に戻ることはできない。難を逃れたニホ族はまだしも、鬼になったツノ族は手遅れだろうに。
「あー、それなら問題ない。また最初からやり直すよ」
「それってこの世界を――俺たちを消すって意味か?」
「ん? まあ、当然そうなるよね」
『過去に戻れないならリセットすればいい』
『失敗したセーブデータなど消してしまえ』
彼が言ってるのはそういうことだ。俺たちの存在はもちろんのこと、世界の辿った歴史すらも興味がないのだろう。あまりにスケールがデカすぎて、怒りや失意の感情はまったく湧いてこなかった。
「ついでに聞くけど、世界はどこから始まるんだ? それこそ宇宙の創造からか?」
「そこは想像に任せる。と言いたいところだけど――」
続く超越者の話によると、人類史に大きな変化はないそうだ。少なくとも、地球は俺が知る限りの歴史を辿るらしい。
「なら俺たちも存在するってことか」
「そりゃもちろん。じゃないと異世界に飛ばせないだろう?」
「……なるほど。それすらも既定路線なんだな」
一連の話を知れてよかったのか。なにも知らずに消されるのが楽だったのか。いずれにしても、色々とわかってスッキリとした気分だ。さすがに晴れやかとはいかないけれど、俺はそれに近い感情を抱いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます