第26話 磨製石器と海辺の様子


 集落にきて3日目、


 防壁建設に先立ち、伐採に使う石斧づくりがはじまった。


 参加者は全部で15人。俺たち3人とニホ族の女性12人だ。


 この集落、石斧自体は作られているが、すべて打製石器ばかりで心もとない。黒曜石のナイフを含め、研磨するという発想がないみたいだった。


 石を磨いて刃先を尖らせ、より効率的に木を伐採する。いわゆる『磨製石器』を作ろうとしていた。「もしかすると斧づくりでも進化値が!」、なんて淡い期待も持っている。


 ちなみに男性陣なのだが……朝から森に入っていった。槍や弓を手にして狩りに出かけている。おととい襲撃にあったばかりだと言うのに、ほぼ全員が集落を離れていた。



「ねえねえ小春さん、コレ見て! めっちゃ切れそうじゃない?」

「おー、いいじゃん。でもわたしだって、ほらっ!」

「ほおほお、お主もなかなかやりますな」


 俺とは少し離れたところで、小春と夏歩が楽しそうに石を磨いている。作業開始から1時間もしないうちに、刃先がそれっぽいカタチになっていた。それはニホ族たちも同じで、作業は思いのほか順調に進む。


「アキフミ、こんなものでいいかしら?」

「ん、十分だと思うよ。ってかナギさん、めちゃくちゃ早いな。こっちは半分も終わってないのに……」


 そんな俺は女性たちに混じって、柄の部分を加工しているところだった。


 まずは手ごろな太さの木を選び、木の皮を剝いでいく。キレイに剥けたところで、今度は石をはめ込むための穴をあける。


 ある程度の窪みができたところで、赤く燃えた木炭を当て、焦がしては削りを繰り返す。この工程はニホ族も知っているようで、とくに驚きもせずに同じ手順を踏んでいた。


 結局、完成するまでに要した時間は3時間。計7本の石斧が出来上がる。刃先は鋭利に研がれて、見るからに切れそうな外見をしていた。


 ニホ族たちの手際はよく、俺たちよりも断然早くて器用だった。やはり現代人ごとき、日々サバイバルの縄文人に勝るわけもなかった。



 石斧づくりが終わる頃、男たちがゾロゾロと戻ってくる。


 8羽の鳥にくわえ、立派なサイズの鹿を3頭も引きずっていた。どうやら狩りの成果は上々だったらしい。見た目はどれも通常種で、地球の生物とよく似ている。


「ナギさん。男たちって、いつもあんなに獲ってくるのか?」

「そうね、むしろ少ないほうかしら」

「マジか……。でも食いきれないだろ?」

「残りは保存しておくの。まあ、あまり長くはもたないけどね」


 森の獲物は豊富みたいで、肉にはまったく困らないと言っていた。余ったぶんは塩をまぶして干し肉にするみたいだ。


 男たちは川で解体作業を、女性陣は煮炊きの準備に取り掛かった。その日によって回数は違うが、1日2回~4回程度の食事を摂るらしい。



◇◇◇


 豪快な肉料理を堪能したあと、ニホ族の男たちに同行して海へと向かうことに。


 食事の最中、男たちと話していたんだが、ここから10分も歩けば到着できるらしい。緊急時の笛の音も聞こえると教えてくれた。


 そんなに近いのに、なぜここから海が見えないのか。それを疑問に思っていると――。川の下流は、途中で大きく曲がっていると説明された。川沿いを下れば10分、森を抜ける直線ルートならさらに短縮できるらしい。



 出かける準備が整ったところで、川下に向かって歩き出す一行。総勢10人の男たちは、槍を片手に大きなかめを背負っている。現地で火をおこし、瓶に入れた海水を煮て塩を作るらしい。


「なあ、俺も持とうか?」

「いや、おまえは持たなくていいぞ」


 そう言ったのはエドという名の青年。おそらくは20歳前後で、集落で一番背が高い男だ。俺がツノ族を倒して以来、なにかと話しかけてくれる気さくなヤツだった。


「アキフミはいざというときに頼む」

「そ、そうか。もちろん全力を尽くすよ……」


 やたらと憧れの目を向けてくるが、彼らの信頼が高すぎてつらい。あのときは必死だったが、次も同じように動ける自信はない。期待を裏切ったときの反応を思うと、胃がキリキリと痛くなる。


 地図を確認しつつ、川沿いをゆっくりと進む。と、ものの10分もしないうちに海が見えてくる。モドキには遭遇しなかったが、地図については4つの変化を確認できた。


・リアルタイムで地図が更新されること

・移動した分だけ表示部分が増えること

・地図全体の描写範囲は、周囲5km程度であること

・自分の位置が常に中心にあり、周囲の地形のほうが移動すること


 進化値は上がっていないが、地図にはこんな感じの変更点があった。描写範囲こそ小さいが、前回よりもずいぶんと便利になっている。


「おいアキフミ、なにしてるんだ? 狩場についたぞ!」


 エドの言葉に釣られて周囲を見渡す。


 目の前には砂浜が広がり、海は透明で底が見えている。遠くには岩場があって、磯の香りは……ほとんどしなかった。


(なんか前回の拠点と似てるかも……?)


 周辺の地形は全然違うけど、前回に見た浜辺と条件がよく似ている。まあ、海辺なんてどこも同じようなものかもしれないが……。


 そんな感想を抱いていると、いつも間にやら男たちが全裸になっていた。


 瓶を持って海へ行く者、火起こしをする者、薪を集めに行く者。担当作業に関係なく、生まれたての姿を見せつけている。


「アキフミも早く脱げよ。みんなおまえの体に興味があるんだ」


 エドは満面の笑みを見せ、不穏極まりないセリフを吐く。もちろん筋力的な意味だとはわかっているが……。みんなの視線がチラついて躊躇していた。


「ちょ、ちょっと周囲を探索させてくれ。俺もあとから手伝うよ」

「わかった。早く見せてくれよな!」


 ひとまず危機を回避して、砂浜近辺の地図を開放していく。が、20分もすれば終わってしまい、結局は俺も全裸で潜った――。



 海にいる生き物は、日本のそれと変わりがなく、危険な魚やモドキはいないらしい。みんな槍を使って器用に突いていた。俺も懸命に挑んだが……今のところ成果はなし。泳ぎが得意なだけでは意味がないようだ。


 泳ぎといえば、潜水時間や泳ぐ速度の検証も終わっている。なんとなく息が続くような……泳ぎも速くなったような……。少なくとも劇的な効果はなかった。


 それから2時間と少し。みんなが大成果をあげるなか、俺は小さな魚を2匹ぶら下げ帰路につく。



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