第27話 男たちの狩り事情


 集落に近づくにつれ、ゴツゴツと軽快な音が聞こえてくる。ひと際大きな音がするのは……おそらく夏歩の仕業だろう。


「あっ! 先輩おかえりなさい!」

「ただいま、って凄い汗だな」


 俺たちに気づいた小春が元気に駆け寄ってくる。全身汗だくになり、清々しい笑みを晒している。


「この世界の海はどうでした?」

「今日の成果はこれだけだったよ。俺に漁の才能はないらしい」


 獲ってきた魚を見せながら、夏歩とも合流して海辺の状況を伝えていった。


「そっちも結構進んだな。石斧の調子はどうだ?」

「概ね順調ですよ。ね、夏歩ちゃん!」

「うん。いきなり壊しちゃったけどね!」


 集落の森では、すでに10本の木が伐採されていた。


 樹木の長さは6m~9mくらいで幹の太さは10cm~20cm。太いヤツは夏歩と小春が切ったものらしい。夏歩が最初に1本だけ壊したが、石斧もじゅうぶんに機能しているようだ。


 だが集落全体を囲うためには大量の木材が必要となる。高さは3mもあれば十分としても、集落の外周は100mほどの長さがある。このサイズの木だと300本以上は必要だ。


 枝打ちや形成を考慮すれば、材料を揃えるだけでも相当な日数を要するだろう。できればもっと人員を増やして、短期集中で仕上げたい。


「明日からは俺もこっちを手伝うよ」

「それよりお兄さん、男手を少し回してもらったら?」

「まあそうなんだけどさ。彼らの決まり事に口を出すのもな……」

「あー、そういうことね」


 全員で出かけることにも、きっと何かしらの理由があるんだろう。あまり出しゃばるのは良くないと気が引けていた。


(まあ今日は様子を見て、明日にでも話そうかな……)




◇◇◇


 翌日、今日も朝から伐採作業が始まる。


 ニホ族の女性は斧づくりと枝打ちを。俺たち3人に加えて族長のジエンが木こりを担当する。そして男たちはいつものように、全員で狩りにでかけていった。


(んー、やっぱ早めに聞いてみたほうが良さそうだな……)


 防壁づくりもそうだが、ツノ族の襲撃に対してあまりにも無防備すぎる。あのときはたまたま昼どきだったが、男がいない間に襲われてたら全滅だろう。


 昨日聞いた話だと、獲物は毎日食べきれないほど獲れている。干し肉にしたって消費しきれていない。少しは戦力を残したほうがいいと思うんだが……なにか特別な理由でもあるんだろうか。



 部外者が口を出すべきか迷ったが、どうしても気になり、ジエンに問いただしてみたところ――。返ってきた答えは意外なものだった。


「そうは言ってもな。男連中はほかにやることがないだろ」

「ん? それってどういう?」


 意味のわからない返答に疑問だけが浮かぶ。やることならいくらでもあるし、それこそ伐採を手伝ってくれたらいい。そう思っていると、


「ニホ族の男は狩りしかしない。昔からそう決まっている」

「なるほど、狩り以外の行為は禁止されてるんだな……」

「いや、そんな決まりはないぞ。昔からそうしているというだけだ」


 未だに理解できないが……これが彼らにとっての常識なんだろう。少なくとも、部族のおきてというわけではないようだ。


「じゃあ半分くらい残れないか? 集落の安全性も高まるし、作業も早く進むと思うんだが……」

「べつに構わんぞ。なんなら今から呼び戻すか?」


 どうやら考え方の基準が根本から違うらしい。よく今まで生き残ったなと思いつつ、詳しく説明をしていった。お互い齟齬が発生しないよう、これからは都度話し合う必要がありそうだ。


 結局、昼からは男たちも合流。狩りに行くのは5人に絞り、残りの5人は集落へ常駐することに。これで作業人数が増え、伐採の速度もかなり上がった。


(さっさと聞いといて良かったわ……)


 俺ひとりじゃツノ族に勝てるわけがない。たとえ少数だとしても、男たちがいるだけで気が楽になった。




◇◇◇


 その日の夕方、食事を終えた俺たちは族長宅で話し合っていた。当たり前のことだが、すぐとなりにはジエンとナギもいる。


 べつに聞かれて困る内容じゃないし、コソコソと話すほうがよほど怪しまれる。理解できるかはさておき、話を聞きたいらしいので同席させていた。


「進化値は3のまま変わらないねー」

「磨製石器は対象外ってことでしょうか」

「たぶんだけど、どこかの集落で作られてるんだろうな」


 前の世界と違い、文明の水準がそこそこ上がっている。土器や衣服、石器程度を作ったところで進化値は変わらないだろう。


「鉄とか青銅ならどうです?」

「そりゃいけるだろうけど、作り方はわかるのか?」

「工程だけなら……作ったことはありませんけど」


 小春が言うには、砂鉄から玉鋼を作る方法は知っているらしい。だが大量の木炭と砂鉄が必要だし、高温を保つ炉やふいごを作れるかも不明だ。何か月、何年先になるかもわからない。


 挑戦してみる価値はあるけど、帰還までの日数がわからない以上、別のことに時間を割こうという結論に達した。


「やっぱりさ。モドキを狩って強化するべきじゃない?」

「うん、わたしも戦力になれるよう強くなりたいです」


 ふたりの言うとおり、最優先すべきは身体強化だろう。探索に行けば地図の表示範囲も増えるし、そのぶん外敵の察知も容易となるはずだ。


「よし。まずは調査を続けて、そのあと3人で狩りに行こう」

「今度は私も負けないからね!」

「わたしも頑張ります!」


 進化値の上昇は防壁完成に期待しつつ、自分たちの強化をすべきとなった。のだが……。


「ねえちょっと、ほんとに食べる気なの? あなたたちは平気だってことは聞いたけど……」


 隣にいるナギさんが、不安げな表情で口をひらいた。


『モドキ肉を食べればツノ族になる』


 これが世界の常識であり、ニホ族にとっては禁忌となっている。事情は伝えてあれど、不安になるのも当然だ。俺たちが敵になるかもと恐れているのだろう。


「勝手に食べたりしないと約束するよ。事前に報告はするし、集落には絶対に持ち込まない」

「アキフミ、そういう話じゃないわ。私はあなたたちのことを心配してるの!」

「そうか、ナギさんありがとう。じゅうぶん気をつけるよ」


 ナギの態度を見る限り、本気で気遣っているのだろう。集落への影響がどうとか、そういう悲観的な感じには思えなかった。


 兎にも角にも、彼らの不信を買って追い出されては困る。まずは事前調査と生態系の把握。族長の許可をとり、集落から離れたところで食べる。そうジエンとナギに伝えた。


「ナギ、おまえもアキフミたちの強さを見たはずだ。モドキを喰ったというのも嘘ではないだろう」

「っ、お父さんがそう言うなら……」

「アキフミよ、族長としてモドキ狩りを許可しよう」

「ありがたい。それでモドキのことなんだが――」


 夜遅くまで話が続き、明日からの探索方針などを煮詰めていった――。



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