第126話 東の町役場

 駐屯地で一夜を明かした翌朝――。


 俺たちは天幕に集まり、今日の行動計画をすり合わせていた。


 とはいっても、席に着いているのは俺と和島の2人だけ。ほかのみんなはストレッチをしながら狩りの準備に余念がない。話は聞こえているだろうけど、なんとも気が早いことだ。


 今回は既存施設の探索をしつつ、魔物の動向を見極める予定。前回と変わりなければそれでよし。異変を見つけた場合は、その都度調査と撮影をおこなう。


 手始めに小学校を経由して、西にあるスーパーを探索。一度駅に戻ったのち、高校の東にあるという町役場を目指すことに――。


 生存者がいれば救出、魔物がいたら殲滅、概ねこんな流れで動くつもりだ。


「和島さん、武器はどうします? もらってきたのが何本か余ってるけど」

「そうですね。良かったら1本ゆずってください。撮影があるので一番軽いヤツを」


 各自の獲物については、昨日、ジエンのところから調達してきた。巨大熊や大猿の骨を使ったお手製のこん棒たち。極太サイズから槍っぽいものまで、ジープに積めるだけ譲り受けている。


 通常の魔物なら素手でもいいが、大猿を相手にするなら別だ。ある程度間合いを取るために長物の武器が欲しい。俺もタートルメイスと迷った末、取り回しの良い大猿のこん棒を選んだ。


 和島に武器を手渡すと、それを見た他の連中が獲物を持ち始める。握りを確かめたり、その場で振り回してみたり、「早く連れていけ」と無言の圧力をかけてくる。


(こりゃあ、帰りは全員血まみれだな……)


 そんな暢気のんきなことを思いつつ、本日の調査が始まろうとしていた。



 ゲートを通過してしばらく――。


 駅構内を撮影したのち、まずは小学校に向けて移動を開始。ホームを飛び降り、線路沿いを北へと進む。


 ザクザクと小石を踏む音を聞きつつ、数百歩ほど進んだだろうか。そろそろ森に入ろうというタイミングで、ふいに冬加が立ち止まった。キョロキョロと周りを見ながら眉間にシワを寄せている。


「ねえ夏歩、なんかおかしくない?」

「おかしいって、この場所のこと?」

「うん。なんとなく森の景色が違うような」

「景色って……そりゃ久しぶりなんだし当然でしょ」


 釣られて周りを見てみると、目の前には常緑樹の森が広がり、下を向けば線路と砂利があるだけ。何度見返したところで俺には違いがわからなかった。


 冬加の説明を聞く限り、物理的な変化を意味するものではないそうだ。もっと抽象的なイメージというか、森の圧迫感みたいなものを気にしている。


「森が成長したとか、どうせそんなオチじゃない?」

「ん-、そうなのかなぁ」


 冬加はまだ引っかかっているようだが……。


 結局、彼女自身も確信が持てず、この件は棚上げして小学校に直行。異常がないことを確認したのち、次の目的地である複合スーパーへと到着する。ここまでの道中を含め、動物以外の反応はただの1つもない。


「それでは撮影を始めましょう。必ず2人1組で行動してください」


 昭子の合図を皮切りに、各自がスマホを取り出し歩き出す。


 全員で撮ったほうが効率的だし、ちゃっちゃと済ませて次に移動するためだ。調査を引き受けた以上、最低限の記録を残す必要がある。


 食品スーパーに向かう夏歩と冬加、衣料品店に入っていく小春と明香里、そして薬局には大輝と龍平が――。


 俺は和島を引き連れ、鬼を処分した場所へと出向いていった。



◇◇◇


 その日の午後――。


 駐屯地に戻った俺たちは、早めの昼食を済ませて再び異世界へ。高校の調査を終えたのち、町役場を目指して西へと向かう。


 この辺りは未探索区域だが、今のところ地図に反応なし。周囲の景色や動物の種類など、これといった変化は見られない。午前の調査も空振りにおわり、成果らしい成果は何一つ上げていなかった。


「先輩、この状況をどう思います?」

「……どうって、魔物がいないことか?」


 高校を出てから20分ほど経っただろうか。森の中を進んでいると、隣を歩く小春が問いかけてくる。


「そうじゃなくて、変化がないことですよ」

「あー、そっちのことか」

「これだけ探して何もないなんて……」


 1年の節目に起きたゲートの封鎖現象。自然に閉じたとは思えないし、何らかの意図があってのことだろう。少なくとも超常の存在が関与しているのは間違いない。


 運よく解除できたから良かったものの、普通に考えたら大事件だ。取り残された人は帰って来れず、異世界に放置されるところだった。


(ん? もしかしてそれが目的なのか)


 魔物を転送する準備だとか、ニホ族を戻すための前段階とか、てっきりそういう意図だと思い込んでいたが……。


『何らかの目的があって現代人を戻したくなかった』

『帰還者が増える前に封鎖したかった』


 そうな感じで、現代人がターゲットだったとも考えられる。


(いや、だったらなんでゲートが……)


 仮に現代人が目的だとして、すんなり解除させた理由がわからない。絶対解けないようにするとか、それこそゲート自体を無くしてしまえば済むことだ。


 なんとか答えを見つけようと、その後もあれこれ考えたけれど……。


「ねえ、ちょっと聞いてます?」


 結論を出せぬまま、小春に袖を引っ張られて我に返る。


「っと、すまん。変化についてだっけ」

「そうじゃなくて。目的地に着きましたよ」


 気づけば町役場は目と鼻の先。


 先頭にいる昭子が地図を片手に指示を飛ばしていた。



 森の切れ目の先には、茶系色で統一された3階建ての建造物。外周のブロックべいを含め、レンガ調の模様がきわ立つ。


 へいに隠れて見えないけれど、役場内には広い駐車場と素敵な庭園があるそうだ。チラリと見える出入口は、門扉が完全に開け放たれていた。


「秋文さん、中はこんな感じです」


 大輝たいきに地図を見せてもらうと、優に80台は停められそうな駐車スペース、その中央には確かに庭らしきものがあった。地図上に映る魔物は300体くらいか、それに対して生存者の反応は1つもない。


「それではみなさん、突入前の最終確認を――」


 地図から目を離したところで、昭子が全員に呼びかける。


 ここへ到着した時点で……いや、そもそもは今日の出発前からか。撤退はおろか、様子見という選択肢すらないらしい。彼女を含め、全員が突入することを前提に話を進めていく。


「途中で大猿が動いた場合は……秋文さん、をお願いします」

「ああ、わかってるよ」


 足止めという言葉を強調する昭子。昨日の打合せにおいて、大猿は俺以外で倒すことに決まっている。


 相手を見くびったり、自分の力を過信しているわけではない。現代に魔物が来ることを想定して、俺抜きで対処できるかを試すためだ。2匹3匹と現れない限り、極力手を出さないよう願い出ていた。


「それと念のための確認ですけど、和島さんは参加されますか?」

「……いえ、私は遠慮しておきます。足手まといになりそうです」

「わかりました。では突入後は門の外で撮影してください。他の人は打ち合わせどおりに」


 昭子の言葉にゆっくりとうなず面々めんめん。それぞれが武器を構えると、隊列を組んで歩み始める。


 先陣を務める小春と昭子、その両脇に夏歩と冬加が居並ぶ。すぐ後ろに明香里と大輝と龍平が続き、俺は最後尾から様子をうかがうことに――。


 恐怖心を振り払うためなのか、はたまた狩りに魅了されてしまったのか。門に近づくにつれ、みんなの口角がニヤリと上がっていく。誰とは言わないけれど、あからさまに目つきが変わる者もいた。


「いました。大猿です」


 高所を見上げて立ち止まる昭子。入り口に差し掛かったところで黄金の猿が姿を現す。何度かその場をウロウロしたあと、やがて屋上のふちに手を掛けて鎮座。俺たちを見るや否や、ニチャリと不敵な笑みをこぼした。


(やっぱりその演出が入るんだな)


 わざわざ余裕ぶった態度をとるのは決まり事なんだろうか。一度経験している手前、以前のような凄味をほとんど感じない。


「あれが大猿……」


 みんなが平然と見つめ返すなか、隣にいる和島が息を呑む。必死に撮影しようと試みるも、スマホを持つ手が小刻みに震えている。


 おびただしい数の魔物に加え、異様な威圧感を放つ巨躯の存在。実戦を経験してない彼にとっては刺激が強すぎたらしい。



 それから門の手前で待つこと少々。


 大猿は動きを見せず、魔物の集団は徘徊はいかいを続けるだけ。こっちに気づく様子はなく、襲い掛かって来ることもなかった。


「大猿は1体だけに見えますが……小春さん、どう思います?」

「たぶん大丈夫じゃないかな。地図の点も全部動いてるし」


 一か所に留まっている反応は皆無、すなわち身を潜めている魔物はいないということだ。巧妙に隠れつつ移動を繰り返し――いや、あの巨体では無理だろう。小春が同じことを説明すると、昭子が納得顔で頷いた。


「わかりました。……では秋文さん、いいですか」


 彼女の言葉を聞いた瞬間、みんなの視線が一斉に集まる。早く答えろと言わんばかりのヤル気に満ちた表情だ。さっきまで冷静だった昭子と小春も、口角をヒクヒクとさせている。


「問題ない。存分にやってくれ」


 隣で唖然あぜんとする和島を残し、俺たちは役場へと乗り込む。




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