第125話 封鎖されたゲート

「みなさん、連絡が出来ず申しわけありません」


 江崎との通話から数十分後、俺たちは第2ゲートへと到着。検問所に着いて早々、和島から謝罪の言葉を受け取る。


 口外できなかったことは江崎から説明を受けているし、気にする必要はないと、軽く挨拶を交わして再会を喜んだのだが……。


「ん? あれはどういう状況なんだ。ゲートは封鎖されてるんだよな」


 何がどうなっているのか、遠巻きに見えるゲートは以前とまったく変わりなかった。見慣れた吊り革、明るく光る車内灯など、車中の様子がハッキリと視認できる。


「はい。本日9時前に突然変化しました。黒くなって以降は一度も入れていません」

「なるほど、ゲート解放前に戻った感じですね。聞いてたとおりです」


 和島の説明に続き、小春がおかしなことを言い放つ。まるで向こうの景色が見えていないかのような口ぶりだ。夏歩と冬加に聞いてみたところ、2人も黒い壁として認識していた。


(見えているのは俺だけなのか……。でもなんで自分だけ?)


 考えられるとしたら、最初にゲートを解放したのが俺だからか。けどその理屈で言えば、江崎のヤツも同じはずだ。一目見ればわかることだし、こっちに情報を寄越してもいいと思うんだが……。


「なあ和島さん。江崎はなんて言ってた?」

「いえ、まだ連絡はありません。おそらく到着が遅れているのかと」

「そうなのか……。なら悪いんだけど、しばらく待機させてくれ。向こうと情報共有しながら検証したい」

「もちろんです。私も上に報告してきますので、しばし天幕の中でお待ちください」


 異世界から戻って以降、初めて観測した変化らしい変化だ。警戒しすぎな気もするけれど、せめて足並みくらいは揃えておきたい。


 それから約20分後、江崎だけに車内が見えていることを確認。お互い通話した状態でゲートに触れてみることになった。



『それじゃあ、せーので行きましょう』

『わかった。こっちはいつでもいいぞ』


 ゲートの前に立ち、江崎の掛け声に合わせて手を伸ばす。すると鏡面に触れた瞬間、バチッと電流のようなものが走る。痛みこそ感じなかったものの、車内の景色が一瞬だけ揺らめいた。


「あ、見えました……」


 背後に控える小春がボソリと。周りの人たちも似たようなことを呟く。


 夏歩や冬加だけでなく、和島や他の隊員たちにも見えているようだ。俺がゲートに触れたと同時、「いきなり車内の景色が映った」と言う。二度目以降は抵抗感もなく、すんなりと腕がすり抜ける。


『そちらも同じみたいですね』

『ああ、次の検証に移ろう。問題なければそのまま突入するぞ』

『わかりました。では10分後にまた』


 時計の針を確認した後、まずは覚醒した状態で顔だけを突っ込んでみたのだが……。


 今のところ、これといった変化はないようだ。車内は以前と変わらず、対面に見えるホームにも異常は見当たらない。探知に引っかかる生物はおらず、駅構内はシンと静まり返っている。


「先輩、中の様子はどうでした?」

「アナウンスは?」「魔物とか鬼は?」


 いったん首を引っ込めると、なぜか俺の真下から声がする。さっきまで背後にいた小春たちが、いつの間にかゲートの目前にしゃがみ込んでいたのだ。3人共々、興味深そうな顔で俺を見上げる。


「一応、見た感じは問題なさそ――って、おい待て……」


 異変がないことを伝えるや否や、3人が我先にと首を突っ込む。たしかに平気そうだし、早く確かめたい気持ちはわかるけども……。


 車内の床に手を突き、四つん這いで覗き込む小春たち。かろうじて現代に残っているのは足首くらいなものか。悪びれた様子もなく、ついには車内へと乗り込んでしまう。


「……俺たちも行きましょうか」

「そ、そうですね。問題ないようですし」


 その後は車内とホームの二手に分かれ、周囲をザックリと探索。結局、2つのゲートに変化は見られず、封鎖問題はひとまずの解決に至る。俺たちは政府からの要請を受け、駐屯地で待機することになった。


『みなさん、ご協力ありがとうございました』

『そっちもおつかれ。とりあえずホーム周辺は問題なかったな』

『ええ。逆に問題がなさ過ぎて困っているようです』


 政府はあっけない幕切れに困惑している模様。ゲートは解放されたものの、通常の探索に踏み込んでいいものかと判断に迷っているそうだ。江崎曰く、明日から広範囲の調査を開始するみたいだが……。


『私と瀬戸は辞退しますけど、秋文さんたちは?』

『どうだろ、政府の返答次第かな。一応、こっちの要望は伝えてあるぞ』


 行動範囲の選択や、狩った魔物の所有権など、現在、和島経由でいくつかの条件を提示中。鬼のことはいいとしても、魔物の動向は確認すべきだと考えている。


 ついでに肉を補充できるし、俺もハイエナ肉を調達しておきたい。異世界の探索には全員が前向きの姿勢を見せた。


『私が言えた義理じゃないですけど、気をつけてくださいね』

『ああ。危なそうならすぐ帰って来るさ』



◇◇◇


 それから数時間後――。


「ねえお兄さん。さっきのアレは何だったの?」

「さっきのって……あー、ビリッときたアレか」


 天幕で暇を持て余していると、室内をウロウロしていた夏歩が近くに寄ってくる。ここには俺と彼女の2人しかおらず、小春と冬加は昼飯を取りに席を外していた。


「最初に触れたときは入れなかったんでしょ?」

「どうだろうな。強引に手を突っ込めばイケたかもしれん」


 思わず手を引っ込めたけど、無理をすれば通れただろうし、実際、指先くらいは通過していた気がする。まあ、だからどうしたという話なんだが……。夏歩はそれ以上なにも言わず、再び室内を徘徊しはじめた。


 そんな彼女を何となく目で追っていると、天幕の外から話し声が聞こえてくる。最初は小春たちかと思ったけれど、どうにも声色が違うようだ。女性の声に交じって、ときおり若い男の声がする。


「ちょ、なんで? 明香里たちがいるんだけど……」


 駆け出す夏歩に釣られて外に出ると、こっちに向かってくる昭子の姿が目に入った。ほかの3人はゲートの前に陣取り、夏歩となにやら話し込んでいる。


(にしても、どうしてここに?)


 江崎は連絡しないと言ってたし、俺たちも今回のことは伝えていない。親が許可を出すとは思えず、事後報告に留めるつもりだったんだが……。


「昭子、ここまでどうやって来た? まさか親に内緒で」

「いえ、両親の同意は得ていますのでご心配なく。ここには政府の方に連れてきてもらいました」

「そうか。一応聞いておくけど、脅迫とか強制じゃないよな」

「違いますよ。あくまで私たちの意思です」


 詳しい事情を聞いてみたところ、江崎とは別の人物が交渉に来たらしい。どんな報酬を提示されたのか、俺と行動することを条件として、異世界の調査に同意したんだと。


 ゲートが解放されたことや、政府に出した要望についても既に把握していた。


「そもそも私たち、18になりましたので」

「なるほど。親の同意は念のための保険か」

「一応は学生ですしね。共同生活にケチをつけられても困りますから」


 まあぶっちゃけた話、親が納得したかどうかなんて俺には関係ない。自らの意志で決めたことだし、これ以上深堀りする必要はないだろう。



 結局この1時間後、政府からの正式な要請が下る――。


 こちらの要望はすべて通り、その交換条件として和島が編成に加わった。基本戦闘には参加せず、彼は撮影係として同行するそうだ。


 見知らぬ人物ならともかく、和島はここにいるみんなと仲がいい。実力のほうも申し分なく、反対するやつは1人もいなかった。














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