第127話 血まみれの戦士たち

 敷地内に足を踏み入れた瞬間――。


 仲間たちが一斉に駆け出すと、近場の魔物を一撃でほふりつつ散らばっていく。


 お互いの間隔は約7メートル。門を背にした俺を中心として、綺麗な扇状に展開。俺から見て左から明香里、龍平、冬加、小春、昭子、大輝、夏歩の順に並んだ。


(さて、ひとまず釣れた魔物は……)


 ざっくり300体いる魔物のうち、こちらに向かってきたのは100体程度か。チラリと地図を見たところ、遠くにいるヤツらはまだ気づいていないようだ。前回と同様、ボス猿は高みの見物を決め込んでいる。


 こっちの戦力は俺を除いて7人。1人当たり15体を相手にする計算なのだが……当然のことながら、魔物は均等にバラけているわけではない。俺の正面に位置する小春、その両脇に陣取る昭子と冬加に攻撃が集中する。


「ハイエナげっとぉ!」

「お兄さん、こっちも1匹よろしくっ」


 ――と、両端に陣取る2人が、さっそくハイエナを倒したらしい。魔物の群れが押し寄せるさなか、明香里と夏歩が大声で叫ぶ。


 俺は彼女らの近くに駆けつけ、足元に転がる獲物を回収。門の前まで運び終わると、再び大猿に目を向けた。


(ハイエナを見ている気もするが……さすがにまだ動かないか)


 前回瀕死になった大猿は、ハイエナの肉を真っ先に狙ってきた。今回もそうだとは限らないが、手元に置いておけば次の行動を読みやすい。というか、俺の前に飛び込んでくれると非常に助かる。


(にしても、ずいぶんと酷い光景だな……)


「ドッ」「グシャ」「ビチャ」


 駐車場に響く擬音ぎおんに合わせ、みんなの服が見る見るうちに赤く染まっていく。


 久々の実戦に興奮しているのか、それともモドキ肉を食べた影響なのか。全身血まみれになりながらも、薄っすらと笑みを浮かべていた。自分もこんな感じだったのかと、はたから見てようやく実感する。



 役場に乗り込んでからわずか10分足らず。


 その後も一方的な蹂躙じゅうりんが続き、残る魔物は50体ほどまで減少。全員、覚醒を残したまま、危なげなく魔物を狩っていく。


 結局、俺の出番はほとんどなく、たまにすり抜けてきた魔物を処理するだけ。ハイエナを回収したのも最初の2体のみだった。


 なにはともあれ、あとは大猿戦を待つばかりの状態。ここまでは順調すぎるほど上手く進んでいた。


「先輩、ヤツはどうですかっ」


 襲ってきた猪モドキを薙ぎ払いつつ、小春が久々に声を上げる。襲撃の頻度も散漫になり、かなりの余裕を持って対処している。


「……いや、大丈夫だ。まだ屋上にいるぞ」

「っ? わかりしました。何かあったらすぐ報告を!」


 前回の大猿は、周囲の魔物を全滅させても一向に動かなかった。俺が間近に近寄ることで、ようやく動きはじめた感じだ。魔物はまだまだ残っているし、襲ってくるのはもう少し後だと思うんだが……。


(でもなんか変なんだよな)


 最初に違和感を覚えたのは、魔物の数が半減した頃だったか。


 なにを思ったのか、突然、大猿が背を向けた。その場をウロウロしたかと思えば、10秒も経たずに元の場所へと戻る。そしてつい先ほど、小春が猪を倒したところで再び同じ行動を取った。


 地上からだと何をしているのかわからない。けれど一度だけならまだしも、2回目ともなれば何らかの意図があるはず。


 そう考えていると――。


 魔物が残り8体になったところで、大猿が再び動き出す。今回はすぐに戻ろうとせず、念入りに屋上をうろついている。


(っ、もしかしてアイツ……肉をくらってるのか?)


『魔物が全滅するまで肉を食えない』


 そんな法則があるもんだと決めつけていたが……。ゲートの封鎖に関連して、そのへんの仕様が変わったと考えるべきか。昨日の時点で狩りを済ませ、屋上に獲物を確保していたのかも。


「みんなすまん、気づくのが遅れた。アイツ、上で肉を食ってるぞ」


 俺の言葉に振り返る面々。それとほぼ同時に大猿が飛び降りてくる。音も立てずに着地したヤツは、昭子に狙いを定めて襲い掛かってきた。


「昭子ちゃん下がって!」


 最初に動いたのは小春だ。赤く目を光らせ、昭子と大猿の間に割って入る。大口を開け牙をむく大猿に対し、武器を盾にして突進を防いだ。


 ズリズリと地面を滑りながらも、数メートルほど下がったところで停止。大猿に捕まれる寸前、こん棒を無理やり引きはがして距離を取る。


「一気に仕留めます!」

「「「了解っ」」」


 昭子の合図に答える面々。全員が覚醒状態に入ると、すぐさま大猿を取り囲む。小春が真っ先に飛び込んでいくと、それに合わせて他のメンバーも襲い掛かった。


 大輝と龍平は足元を中心に、夏歩と明香里がヤツの両腕を執拗に攻め立てる。昭子は小春の後ろでサポートに回り、冬加がヤツの背後から隙をうかがう。


「ゴッ、ゴッ」と、鈍い打撃音が聞こえ、そのたびに大猿の表情が苦痛に歪んでいく。


(今度は小春が標的……というより、見境なく攻撃する感じか)


 自身が殴られるたび、コロコロと目標を変える大猿。事前に肉を食ったこともそうだが、攻撃に関する仕様にも変化があるようだ。


『誰かが死ぬまでターゲットを変えない』


 そんな縛りを無視して、目に入った敵に向けて乱暴に腕を振り回す。


(どれだけ強化されたか心配だったが……この調子なら余裕だな)


 みるみるうちに弱っていく大猿。強化されているのは間違いないが、みんなの実力はそれを上回っている。


 1対1ならともかく、この人数差でられることはないだろう。このまま順当にいけば、覚醒が切れるまでには決着がつきそうだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る