第47話 最後の一線
翌朝――
夜が明けると同時に、ツノ族の大集団が動きはじめた。進行速度はそれほどでもないが……ここに向けて一直線に進んでいる。
よほど高性能な地図があるのか、もしくはこの場所を知っていたのか。理由は不明ながらも、居場所が割れていることは明白だった。
そんな俺たちといえば、ニホ族たちに混じって朝食を摂っている。
集落はピリピリとした空気に包まれ、されど、大半の者に恐怖の色はない。むしろ自信に満ちた表情を露わにしていた。
「アキフミ、男たちへの指示はおまえに任せる。頼んだぞ」
「ああ、だけど乱戦になったら無理だぞ? 俺が暴れ出したらジエンが指揮を執ってくれよ」
「うむ、そのときは存分にやってくれ」
今日の戦いは籠城戦を基本としている。川沿いにある出入り口に誘い込み、できるだけ少数を相手にする予定だ。
まずあり得ないと思うが……相手が火攻めをしてきたり、攻城兵器を使うようなら、外へ出て迎え撃つ。
「ジエン、アモン、本当にすまない。ヤツらを招き寄せてしまったが……せめて共に戦わせてくれ」
――と、各自の配置を再確認したところで、俺の隣にいたムンドが口を開く。
さすがは族長だけあって、昨日よりもずいぶんマトモな顔をしていた。食事にも無理やり手をつけており、これから戦うことへの意欲も示している。
「ムンドよ、あやまる必要はないぞ。子どもたちは全員無事だったんだ。まだ一族が絶えたわけではない」
「そうだぞ。今日を乗り切るため、共に戦おう」
ジエンとアモンはそう言いながら、ムンドの目をジッと見つめ返す。
そもそもの話、攻め込んできたのはムンドたちのせいじゃない。ツノ族が迷いなく進んでくる以上、この場所はバレていたのだ。いずれここへ来ることは明らかだった。
それから2時間が過ぎ――各自が持ち場についたところで、ついにツノ族の大集団が現れる。
防壁の隙間からは、対岸に居並ぶ男女の姿が……その全員がツノを生やし、手にはこん棒や石斧を握っていた。今のところ、『たいまつ』やら『火矢』といったものは所持していないようだ。
「ジエン、アモン、ムンド。あの中にお前たちの同族は何人いる?」
俺は当初の予定どおり、族長たちの返答を待つ。
「ダメだ……誰もおらん」
最初に答えたのはムンド、やはり残りの人たちは全員殺されてしまったらしい。ジエンやアモンも、首を横に振っていた。
「……わかった。このまま籠城するから、3人も配置についてくれ」
こう言っちゃ悪いが、同族がいないのはむしろ好都合だった。これから行うのは命をかけた殺し合い。遠慮している余裕はないし、捕虜にしたところでどうしようもない。
族長たちが去っていくなか、俺も入口をくぐって、ツノ族たちの前に姿を見せる。
と、それを合図に、雄たけびをあげるツノ族たち。一斉に動き出した集団は、川を渡ったあとも足を止めずに突っ込んでくる。
(こりゃヤバいな。全然怖くないんだが……俺、大丈夫なのか?)
必死の形相で迫りくるツノ族、彼らを前にしても恐れを感じなかった。ただのうぬ惚れや慢心とは思えず、かといって余裕とも違うような……よくわからない感情が芽生えていた。
「おいアキフミ! 早く入ってこい!」
「ああ、エドたちも予定どおりに頼むぞ」
けたたましい怒号とともに、ツノ族たちの攻撃がはじまった――。
ひとり、またひとりと、入り口をくぐってくるツノ族は絶好の的だ。相手は戦闘態勢すらとれず、入り口を囲った男たちが次々に仕留めていく。
当然、中に入れないツノ族たちは、周囲の防壁を殴りつけている。が、激しい音がするだけで、壁が壊れる気配はない。
「よし、この調子で数を減らすぞ」
数人を倒したところで、すぐに入り口が詰まる。待機していた男たちが引きずり出し、再び誘い込んでいく。ツノが生えていようとも、所詮は人間だ。ゾンビのように生き返ることはない。
危なげなく防衛を続け、敵の戦力を1/3ほど削ったころ、ツノ族たちが――正確には『ツノ族化した日本人』が次の動きを見せた。
集落の外に積んであった丸太を抱えて、防壁に向かってぶつけはじめたのだ。3人が一組となって、良くわからない言葉で掛け声を発している。
(なるほど、なんとなくわかってきたぞ……)
ここまでの動きを見る限り、出入口に突っ込んでくる無謀なヤツらは、全て純粋なツノ族ばかりだった。近くであぶれているヤツも、武器で防壁を殴りつけているだけだ。
その一方で、ツノ族化した日本人たちの動きは少し違う。互いに協力し合ったり、丸太を使ってみたりして、多少なりとも理知的な行動をとっていた。
(日本人だったころの記憶が残っている……にしてはお粗末だよな)
記憶が完全に残っているのなら、こんな無茶はしないだろう。事前の準備をしっかり整え、万全の状態で襲うはずだ。それこそ集落を燃やすなり、兵糧切れを狙うなりと、やりようはいくらでもある。
「おいアキフミ! ヤツら、防壁を登ってきたぞ!」
「慌てるなエド。飛び降りてきたところを確実に狙え」
ツノ族化した日本人が、防壁のてっぺんから顔をのぞかせる。
どうやら壁の破壊は諦めたようで、丸太を何本も立てかけてスロープを作っていた。さらには数か所に散らばって、複数同時に侵入しようと試みている。
だが幸いにも、ヤツらの動きは防壁の隙間から丸見えだ。いまもヤツらの動きに合わせ、夏歩や小春たちが待ち構えている。ほかの場所にもニホ族の男が陣取り、誰ひとり取り逃すことなく処理していった。
結局それから1時間、
55名のツノ族は全滅し、対するこちらの被害は軽症者2名だけ。まさに完全勝利と言っていいほどの成果を遂げていた。
ムンドの前情報どおり、ツノ族化した日本人のなかには、力の強い者が数名いたようだ。――が、それも対処できないほどではなく、強化されたニホ族たちの敵ではなかった。
「先輩、遺体の処理はもうすぐ終わりそうです」
「おつかれ。ちょうどこっちも点検が終わったところだよ」
目の前にいる小春をはじめ、夏歩や冬加のふたりも、き然とした態度をとっている。内心どう思っているかはわからない……が、戦いの最中に戸惑う素振りは一切なかった。
なお今回の襲撃において、彼女たち3人は最後の一線を超えた。小春と夏歩が2名ずつ、冬加も1名を始末しており、元日本人を相手に自らの意志で立ち向かっている。
「先輩の言ってたとおり、日本人は全員消えましたよ。多少の個人差はありますけど、死亡してから20分前後というところです」
「そうか、衣服とか所持品はどうだった?」
「日本製の物はすべて消えましたね。それより、遺体のことで気になることがあって――」
小春の説明によると、元日本人に生えていたツノに個人差があったらしい。ツノの長さがまちまちで、なかには極端に短いヤツがいたんだと。
「なるほど……性別や年齢による違いとか?」
「いえ、それは関係ないみたいですね」
「そうなのか、じゃあ別の理由があるのかもしれんな」
最初の世界で捕まっていた日本人。彼らのツノは、全員、同じ長さだったと思う。
ツノあり原始人よりは短かった気もするけど……ダメだ、断言できるほど鮮明な記憶はない。小春にも聞いてみるが、ハッキリとは覚えていなかった。
「まあそれはさておき、念のため数日は様子を見よう。遠出するのも中止だ。小春たちもしっかり休んでくれ」
「はい、しばらくは24時間体制で地図を確認しましょう」
こうして防衛戦は完勝に終わり、自信をつけたニホ族たちと、互いの無事を喜び合った。
それが束の間の休息となることを知らずに――。
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