第48話 大集団、ふたたび


 その日の夕方――。


 防壁の補強や遺体の処分など、すべての処理が終わってひと息ついたころ、またもや地図に異変が現れる。


 北にあるアモンの元集落に、ツノ族を示す赤い点が次々に表示されはじめたのだ。


 赤色が20に桃色が20の大集団。今朝より少ないとはいえ、こうも連続して現れること自体、過去に類を見ない異常事態だ。


「まいったな。こりゃあ、明らかに狙われてるぞ」

「いまは集落で止まっているようですけど……絶対ここまで来ますよね」

「ああ、ヘタすりゃ暗くなる前に襲ってくるかもしれん」


 現在、ジエンたちを交えて煮炊き場で夕食を摂っている。今日は狩りにも出ておらず、干し肉やスープなど、簡素なもので済ませていた。


「だけどおじさん。ツノ族って、どうしてここの場所がわかるの? ヤツらの集落って、ここからすごく遠いんでしょ?」


 そう言ったのは冬加だ。ツノ族の集落は、近い場所でも7日以上離れた距離にあるはず。それがなぜ急に、しかもピンポイントで狙われるのかを疑問視していた。


 7日という長い距離からして、元日本人が所持する地図が要因とは思えない。最初の襲撃で逃げ出したツノ族。ヤツらが触れ回っている可能性もあるが、こうも広範囲に伝達できるとは考えにくかった。


 通信機能でもあればべつだが、そんなものがこの時代にあるわけない。スマホが使えないことだって何度も確認している。


「見当もつかないけど……すべてのツノ族が知っている。そういう前提で動くべきだろうな」

「じゃあ、まだまだ襲ってくるってこと?」

「ああ。ここだけじゃなく、健吾たちのところだって危ないかもしれん」


 できれば伝えに行きたいが、迂闊にここを離れるわけにもいかない。健吾たちには悪いが、しばらくは放置するほかない。


「ねえお兄さん。こうなった以上、合流したほうがいいんじゃない?」

「たしかに、あの人たちがツノ族化したら面倒だよね」

「わたしも賛成です。敵になられては困ります」


 なるほど、理由は様々だが、3人とも健吾たちとの合流を推しているようだ。


(一緒に住むとなれば、違う面倒事が起きそうだけど……そんなこと言ってる場合じゃないか)


 俺はジエンに視線を向けて、族長である彼の返答を待った。


「アキフミ、オレもカホたちと同意見だ。これほどの集団が襲ってくるなど、未だかつて聞いたことがない。もっと仲間を増やし、集落の守りを固めるべきだろう」

「……そうか、なら近いうちに提案してみよう。とはいえ、まずはツノ族の排除が先だけどな」


 それから夜通しで地図を確認していたが、結局、ツノ族は動かないままだった。



◇◇◇


「やはり、標的はこの集落ですね。昨日もそうでしたけど、相手の動きに迷いがないです」


 翌朝、夜明けと同時にツノ族たちが動きはじめた。


 俺と小春は地図を見ながら相手の進路を追い続ける。集落のみんなも動き出しており、朝飯を手早く済ませていた。


「恐らく対処は可能だろうけど……万が一もある。油断するなよ」

「はい、わかってます」


 昨日の襲撃を見る限り、攻め方は実に単調で、元日本人たちの強さも許容範囲だった。昨日と同じ展開であるならば、それほど苦戦することはないだろう。


 仮に防壁を乗り越えたとしても、飛び降りざまに倒せばいい。むしろ格好の的になるだろう。油断さえしなければ撃退できる、そう考えていた。



 それから1時間半――。


 接敵まであと20分という段階で、襲撃者の動きに変化が生じる。


 川沿いを南下していたツノ族40人。ヤツらが進行を止め、半数くらいが森の中に入っていったのだ。


 しかも、移動をはじめたのは全て桃色の点ばかり、元日本人だけが森に入っていく。一方、ツノ族を示す赤い点は、休息でもとっているのか、その場を微動だにしなかった。

 

「これは……挟み撃ちを狙ってるのかな?」

「それにしては様子が変じゃない? 森の中にいる人たち、みんなバラバラに動いてるし」


 最初に口を開いたのは夏歩だった。それに合わせて、冬加が異論を唱えている。


 冬加が言うとおり、森に入った桃色の点は、結構な広さで散らばっている。それぞれが不規則に動いたり、中途半端な場所で留まったりと、まったくと言っていいほど統制がとれていない。

 仮に挟み撃ちや伏兵だとしても、ずいぶんとお粗末な配置に見えた。


「なにかべつの目的がありそうですけど……先輩はどう思います?」

「相手の目的はわからん。けど、偵察には行くべきだろうな」


 こっちには地図があるので、敵の動きは丸わかりだ。森の中を潜んでいけば、早々見つかることはない。視力の向上も相まって、かなり遠くからでも様子は覗けるだろう。


 ジエンたちとも相談した結果、偵察役は俺と小春のふたりに決まり、さっそく森の中へと入っていった。


「小春。わかってると思うが、向こうも目は良いはずだ。地図を見てるかもしれないし、気づかれたらすぐに退散するぞ」

「無茶する必要はないですもんね」


 森の中を潜み歩くこと10分、ようやく敵の姿が見えてくる。


 人数は3人で、全員が男だった。ひとりはスーツにYシャツ姿だが、ほかのふたりは上半身はだかで皮の腰巻をつけている。


「今さらだけどさ。これまで出会ったツノ族って、みんな腰巻をしてたよな。内臓だけじゃなくて、皮も剥いだりするのかな?」

「見たことはないですけど……彼らだって通常の獣は食べるでしょうし、皮を得る機会はいくらでもあるのでは?」

「そりゃそうか。生きている以上は腹も減るよな」

「それより先輩、アレはなにをやってるんでしょうか。パッと見たところ、木を削っているような……」


 小春の視線に目を向けると、一番近くにいたヤツが、中腰になって木を触っている。ただ、こっちに背を向けているので、何をやっているのかは不明だった。


「なあ小春、アイツらが集めてるのって……松ヤニじゃないか?」

「ってことは、たいまつを作るつもりで?」

「集落に投げ込むつもりなのか、それとも夜に襲ってくるのか。そこまではわからんがな」


 即席で作った松明なんて、そう長く燃え続けるものじゃないが……。


 それでも数分は持つだろうし、火をつけて投げ込むだけならじゅうぶん用を足す。防壁はよほど平気だろうが、住居の屋根に火がつくと厄介だ。


「誰の発案なのかは気になりますけど、ひとまず戻りましょう。消火のことも含めて備えないと」

「ああ、みんなに報告しよう」


(こりゃあ、ヘタに籠城するより、こっちから攻めたほうがいいな)




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