第49話 捕虜


 相手の目的は火攻めだと想定、すぐに集落へ戻って対策を施す。


 とはいってもアレだ。水がめを用意したり、防壁に水をかけたりと、そこまで大したことはできない。こちらから打って出ることも考えたが、泥沼の乱戦に持ち込むのも悪手だ。


 いろいろと話し合った末、数名で攻め込み、相手を誘い込むことに決まった。川沿いにいるヤツらをおびき寄せ、戦力を分断させるのが狙いだ。


「小春、冬加、留守を任せるぞ。地図に変化があったら伝えに来てくれ」

「わかりました。みなさんも気をつけてください」

「みんな、絶対に無茶しないでよ!」


 おとり役に選ばれたのは、俺と夏歩のほかにニホ族の女性が7名。全員、馬モドキの効果を得ているものばかりだ。相手を確実に釣るために、そこそこの人数を……しかも女性ばかりを選んだ。



 地図を見ながら川沿いを進むと、何本もの煙が立ち上っていた。敵の半数は森の中、川辺にいるのは赤い点ばかりだ。


「全部釣れなくてもいい。ヤツらが気づいたら全速力で逃げてくれ」


 ニホ族の女たちに声を掛け、相手が視界に入るギリギリのところで、一斉に笛を鳴らす。総勢9人の笛の音は、予想以上に大きく鳴り響いた。


 当然、相手もすぐに反応を示す。川辺にいたヤツらは全員、森の中にいた連中も半数は動き出している。俺と夏歩はゆっくりと、それ以外の女たちは猛スピードで逃げ出した。


「夏歩、間違っても戦うなよ。俺たちはあくまで囮だからな」

「うん、さすがにあの数はヤバいね」


 しんがりを務める俺と夏歩は、30人のツノ族を相手に鬼ごっこの真っ最中。互いの距離を30mほどに保ちつつ、集落に向けて誘導する。

 ニホ族の女たちは遥か遠くへ移動しており、時々立ち止まりながら笛を鳴らし続けていた。


 ――と、そこから先は昨日と同様、集落での籠城戦がはじまる。


 2度目ともなれば要領も知れたものだ。入り口に突っ込んできたヤツらを仕留めて、次々と引きずり出しながら対処した。


 やはり元日本人は頭が回るようで、丸太を使って防壁を超えてくる。が、そのあとはがむしゃらに攻めてくるだけ。ニホ族の男たちが苦戦することはなかった。


 ひとまず第一陣を片付けたところで、俺たち4人は広場に集まる。


「小春、森にいた連中はどうなってる?」

「いまは川辺に出ていますね。おそらくたいまつを作っているのかと」

「……そうか。ホント、よくわからん動き方だな」


 笛の音は森にも聞こえただろうし、仲間が大勢動いたというのに、それを無視して行動する意味がわからなかった。

 釣られて攻めてくるヤツと、せっせとたいまつを作るヤツ。同じ日本人同士でバラバラの動きをしている。


「もしかすると、思考力の違いに個人差があるとか?」

「だとすれば原因はなんだ? 食べた内臓の量か? それともツノ族化してからの日数か?」


 日本人がツノ族になる仕組みは、未だ持って不明なままだ。「内臓を食べると」っていうのも、あくまで可能性の話であり、なんら確証はない。


「ねえおじさん、提案なんだけどさ。まだ残ってるヤツらを生け捕りにしてみない?」


 そう言ったのは冬加だ。日本語が通じる可能性や、経過日数による身体の変化など、相手の人数が少ない今がチャンスだと主張している。


「なるほど……たしかにあり得ない話じゃないな」

「たとえばだけどさ。ツノを折ったら人間に戻るかもしれないじゃん? 人道的にどうだってのも今さらだし」


 冬加の言うとおり、すでに後戻りできないことを何度もやっている。ここに至って倫理がどうとか、どの口がってヤツだ。なにより俺自身、ツノ族の生態を調べることに躊躇いはなかった。


「俺もいい案だと思う。まあ、ジエンの許可が取れたらだけど……小春と夏歩もそれでいいか?」

「はい、わたしも賛成です」

「もちろん私も異論はないよ」


 それから集落のみんなとも話し合い、捕虜の人数などを選定。俺たちを含む20人で攻め込み、あっという間に敵を制圧した。そのついでに、相手が作っていた大量のたいまつもすべて回収している。



 その日の昼過ぎ――、


 今日も大量の事後処理に追われつつ、俺は夏歩とふたりで、捕まえた2名の男女を監視しているところだった。

 噛みつかれて感染、なんてことはないと思うが……念のために縄で拘束して、広場に建てた木柱に縛りつけてある。


「やっと大人しくなったね……」

「なんだ夏歩、いまさら後悔してるのか?」

「そうじゃないけどさ。元は日本人なわけじゃん? なんとなく、ね」

「まあ気持ちはわかるけどな。そこは割り切るしかないぞ」


 男女とも年齢は20前後で、男のほうは皮の腰巻だけを身に着けている。靴も下着も履いておらず、所持品はなにも持っていなかった。


 一方、女のほうは私服姿で、地図も所持していた。残念ながらスマホや財布など、身元を確かめるものは見つかっていない。


「それより夏歩、こいつらのツノ……どう思う?」

「どうって……長さが違うこと?」

「ああ。唯一の特徴だし、何か理由があると思うんだが……」


 目の前にいる男女は、ツノの長さに明確な差がある。というか、10人いた元日本人の中から、一番長いヤツと短いヤツを狙って捕らえたのだ。

 

 色味や模様はほぼ同じだが、男のツノは8センチで、女は5センチ程度に伸びている。


「パッと思いつくのは性別による違い? あーでも、女の人でも長い人はいたよね。となると強さによって長さが……ん-、これも違うかな」


 これまで遭遇したツノ族は、全員、ツノの長さが10cm程度だった。それに比べて元日本人は、人によって長さが微妙に違っていた。――が、夏歩が自ら否定したように、強さと長さの因果関係は見られなかった。


「あと考えられるのは……ツノ族になってからの経過日数とか?」

「なるほど、日が経てば経つほど伸びる、か。それはありそうだな」


 言われてみればさっきの襲撃もそうだ。俺たちに釣られてきた日本人は総じてツノが長かった。日数が経って成熟すると狂暴に……ってか、知能が低下するのかもしれない。



 そのあとしばらくして――、


 ニホ族の男たちと見張りを交代、夏歩とふたりで家に戻ろうとしたときだった。血相を変えた小春と冬加が、家の入口から飛び出してきた。


 ふたりは地図を手に持っており、良からぬ知らせであることは明らか。


 連日の襲撃が収まり、ようやく一区切りついたと安堵していたのに……まだ厄介事は続いているらしい。


「おじさん! 健吾さんたちがこっちに向かってるみたい!」

「それだけじゃありません! そのすぐ後方にツノ族たちがいます!」



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