第50話 健吾たちの逃亡劇

 夏歩と小春のふたりが言うには、ツノ族が20人と元日本人が18人。総勢38人の敵が、健吾たちを追いかけている。


 しかも健吾たちを示す黄色い点は、全部で13個しか表示されてないらしい。


(アイツらって18人いたよな……あとの5人はやられたってことか?)


 ツノ族に殺されたのか、その場で捕まってツノ族化したのか。あるいは狩りに出かけていた可能性も――と、どうやらまだ続きがあるようだ。


 小春は荒い息を整えつつ、手に持っていた地図に視線を落とす。


「それと先輩、もうひとつ地図に変化が……」

「なんだ? まだなにかあるのか?」

「はい、大猿討伐の条件がクリアされたようです。地図に点が映ったのと同時に、数値が2/2に変わりました」

「なっ、まさか健吾たちの仕業? って、この状況でそれはないか……。たまたまタイミングが重なっただけか?」


 いったい誰が倒したのか。それはさておき、残る帰還条件は『森の主の討伐』だけとなった。


 そんなことよりも、いま考えるべきはツノ族への対処、そして健吾たちの救助をどうするかだ。

 大勢で集落を離れるのは問題外。かといって、少数では危険度が増してしまう。彼らを見捨てるつもりはないが……割ける人数は限られてくる。


「おじさんどうする? アタシたちだけで助けに行く?」

「……そうだな。いまの俺たちなら足止めくらいはできる。捕まらずに逃げることも可能だろう」

「じゃあ4人で――」

「いや、それはダメだ。最低でもひとりは残す。誰かが地図を見張らないと、周囲の状況が把握できないだろ?」


 あくまで優先すべきは集落の安全だ。


 健吾たちを助けに行ってる途中でべつのツノ族が……なんてことも平気で起こりうる。こんな短期間で、3つの大集団に遭遇したのだ。第4、第5の襲撃だってあるかもしれない。


「よし、冬加はここへ残ってくれ。ジエンに状況を伝えて襲撃に備えろ」

「それはいいけど……3人だけで大丈夫なの?」

「俺たちは注意を引くだけだ。全部ここへ誘導するから、健吾たちの受け入れ準備を頼むよ」


 相手は38人の大集団だ。そんなヤツらを相手に、たった3人で無双できるとは思っていない。敵の注意を引き付けて、健吾たちを逃がす時間さえ作れたらじゅうぶんだ。


「わかった。じゃあ、森側の配置を多めでいいよね?」

「ああ、それでいい。小春、夏歩、すぐに準備して出かけるぞ」

「りょうかいです!」「うん、任せて!」


 こうして俺たち3人は、冬加に集落の警備を任せて森に入った。



 健吾たちの現在地は、ここから約8キロ離れた森の中。走りづらいとはいえ、最短ルートをたどれば40分程度でたどり着ける。


 健吾たちもこっちへ向かっているし、合流するまで30分とかからないだろう。健吾たちもツノ族も、進行速度はそれほど早くない。点の動きを見る限り、徒歩と速足を繰り返している。


 それからしばらく――、


 健吾たちとツノ族の距離は着実に開きつつあった。ツノ族の侵攻ルートも少しずつズレている。


 どうやら健吾たちを追っているのではなく、ジエンの集落を目標にしているような……。どちらにせよ、このまま行けば逃げ切れそうな感じだった。


 俺が地図を見ながら先導をつとめ、そのあとに小春、夏歩の順で森の中を疾走。さらに15分経ったところで、ようやく健吾たちの集団が視界に入る。


 俺たちに気づいた集団は、少しだけ安堵の表情を見せると、すぐに駆け寄ってきた。


「っ、秋文、やっぱりお前たちだったのか!」

「ああ、地図にツノ族が映ってな。心配になって迎えに来たんだ」


 健吾たちだって、ツノ族の接近には気づいていただろう。相応の準備はできたはずだが……ほとんどの者が軽装で、武器以外の荷物は少ない。


 途中で荷物を捨てたのか、最初から移動速度を優先したのか。いずれにせよ英断だ。ツノ族との距離は2km程度に保たれていた。


「すまん秋文、ヤツらをおびき寄せてしまった」

「大丈夫だ。集落で迎え撃つ準備はできている」


 詳しい事情を聴きたいところだが、いまはとにかく移動が先だ。小春と夏歩が先導役を、俺と健吾のふたりがしんがりに回る。

 地図を定期的に確認しながら、ツノ族との距離を保ちつつ撤退をはじめた。



「なあ健吾、何人かいないようだが……ヤツらにやられたのか?」

「ああ、そのことなんだが――」


 ときおり地図に目を落としつつ、健吾の言葉に耳を傾ける。


 事の発端は今日の昼ごろ、探索に出ていた仲間の点が、急に減ったことにはじまる。洋介を中心とした5人は、洞窟から北へ進んでハイエナを探していたらしい。


 健吾の進化値は4で、すでに周囲5kmの範囲は開放済み。30分に一度は地図を開いて、朝から彼らの動きを確認していた。洋介たちの行動範囲も5km以内に留めている。


 そろそろ昼になるという頃、探索班の点に変化が――北に向かって、かなりの速度で移動をはじめる。そこから5分も経たないうちに、5つあった点が4つに減り、さらにもうひとつが消えた。


「たぶんモドキの群れに襲われたんだと思うが……事態はさらに悪くなった」

「逃げた方面からツノ族が来たんだな?」

「そうだ。さらにふたりが死んで、残るひとりはツノ族になってしまった。点の色が変化したのも確認している」


 探索班が全滅したあと、ツノ族たちは洞窟に向かって動き出す。健吾はパニックになったみんなをなだめ、荷物をまとめて俺たちのいる集落へと向かった、のだが――。


「ヤツら、急に進路を変えはじめやがったんだ」


 自分たちの動きに合わせるように、それまで洞窟に向かっていたツノ族が、急に方向転換をしたらしい。それを確認した健吾たちは、すぐに荷物を捨てて逃げることを優先したようだ。


「なるほど、粗方の状況は掴めたよ。死んだヤツらのことは残念だが……今はこれからのことを考えよう」

「……そうだな。おれにできることがあったらなんでも言ってくれ」


 それからしばらく――


 全員揃って集落へたどり着くと、その20分後にはツノ族も襲来した。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る