第46話 ツノ族の大集団


「日本人の可能性もありますし、ひとまずジエンさんに伝えてきますね」

「ああ、俺も男たちに話しておくよ」


 東の森に映っている黄色い点の集団、おそらくはムンドたちで間違いないと思うが……。

 3日前に会ったばかりだというのに、ずいぶんと早い再会だ。総勢12人の大所帯だし、もしかしたら移住を視野に入れた視察かもしれない。


 とはいえ小春が言ったように、相手が日本人という可能性もある。ジエンとも話し合った結果、男たちはそのまま河原で待機、女と子どもは歓迎の準備にとりかかった。



「――にしてもジエン、ちょっとおかしくないか?」

「ん? それは訪れた人数が多いことか?」

「それもあるけど……もう、昼はとっくに過ぎてるだろ?」


 交流に来たのはいいが、このままでは今日中に帰り着くことはできない。走って帰るにしても、日没までに間に合うか怪しい時間帯だった。


 相手はまっすぐ向かってくるし、ムンドたちであることは間違いないと思う。けれど滞在する時間を考えるなら、もっと早く来てしかるべきだろう。


「なるほど、言われてみれば妙だな。ヤツらが泊まっていくとは思えん」

「どうする? こっちから迎えに行くか?」


 なにか不測の事態に陥ったケースも考えられる。そう思ってジエンに提案してみたのだが……。


「いや、ここで待とう。べつにツノ族がいるわけではないのだろう?」

「まあ、地図を見る限りでは、な」



 結局それから1時間、対岸の森からムンドたち12人の集団が現れる。


 ――が、どうにも様子がおかしい。やたらと子どもの数が多く、全員の顔は一様に曇っている。男はムンドともうひとりだけで、ほかは女と子どもしかいなかった。


「ムンド、なにかあったのか! おい!」


 川を渡ってきたニホ族たちは、その場で膝をついて項垂れる。ジエンが声を掛けているが、ムンドは俯いたまま黙り込んでいた。


「……ムンドよ、とくかく中に入れ」

「ヤツらが……ツノ族が襲ってきやがった……」


 ようやく口を開いたムンドだったが、その一言を呟くのが精いっぱいという感じだった。


「アキフミ、おまえも一緒に来てくれ。警戒はエドたちに任せよう」

「わかった。――小春、悪いがエドたちと一緒に地図の確認を頼む。ツノ族が見えたらすぐに知らせてくれ」

「りょうかいです」

「お兄さん、私たちはどうすればいい?」

「夏歩と冬加は、ほかの人たちの話を聞いといてくれるか? ゆっくりでいいから、なるべく詳しく頼むよ」


 ひとまずムンドを立ち上がらせて、ジエンと共に族長宅へ――女こどもは冬加たちに任せた。少々強引かもしれないが、話を聞かないことにはらちが明かない。



 族長宅へ着いてからも、しばらくの間は沈黙が続く。ムンドは項垂うなだれているだけで、なにも話そうとはしなかった。


「おい、ムンドしっかりしろ!」


 ジエンが何度も揺すり起こし、ようやく顔を上げたムンド。力なく語り始めた内容は驚くべきものだった。


 事の発端は今日の昼前。狩りから戻った男たちが、近くの川で解体をはじめたときのこと。

 集落の東方面から、突如としてツノ族の大集団が現れる。その数およそ50人、今まで見たことがない規模の襲撃にう。


 ツノ族50人に対し、ニホ族の戦士は15人。


 その圧倒的な戦力差を前に、抵抗むなしく多くの者が捕まる。集落はあっという間に包囲され、子どもたちを逃がすので精一杯だったらしい。


「ワシらも最後まで戦ったのだ。……だがどうにもならんかった」


 ただでさえ数で負けている状態。それに加えて、やたらと強い日本人が何人もいたようだ。


「しかもそいつら、ワシらの仲間を次々と殺しやがったんだ……」

「殺した? 捕まえに来たんじゃないのか?」


 今までと違う展開に、ジエンは目を見開いて聞き返す。


「わからん……。捕まった仲間もいたようだが、ほとんどの者は殺されてしまった」


 ムンド曰く、仲間を殺していたのは、ツノ族化した日本人だけだったらしい。とにかく乱戦だったため、「わけがわからない」と混乱していた。


「ジエン、話はここまでにしよう。まずは防衛に向けて動き出すべきだ」

「そうだな。男たちには戦いの準備をさせておく。アキフミたちも監視を頼む」


 ツノ族の目的がなぜ変化したのか。いきなり大集団で現れたのはなぜなのか。原因こそわからないが、ここまでやってくる可能性もある。ムンドには悪いと思いながらも、集落の安全を第一に動き出した。



 そしてその日の夕方――、


 大方の予想に反せず、ムンドの集落がある東方面に、無数の点が表示された。


 赤色が35個と桃色が20個。


 集落を目指して一直線に向かってきている。歩みこそ遅いが、点の動きに一切の迷いはない。どうやって知ったのか、この場所の位置を把握しているようだ。


 それに対するこちらの戦力は、俺たち4人とニホ族の男たちが19人。相手との人数差は歴然だが……モドキ肉のおかげで、個々の能力では勝っているはず。


 ツノ族化した日本人は強いらしいけど、対抗できないほどの差とは考えづらい。最初の世界でハイエナを食っていたとしても、せいぜい俺たちと同等レベルだろう。


「アキフミ、防壁の補強はこんなもんでいいのか?」

「ああ、これでじゅうぶんだ。これ以上高く積んでも崩れるだけだしな」


 エドを中心とした男たちは、集落内の防壁に沿って、丸太を積み上げていた。

 日々の伐採作業が功を奏し、丸太材の在庫は腐るほどある。何段にも横積みされた木材により、防壁が倒されることはないだろう。 


「で、次は何をすればいい? 周囲の見張りか?」

「いや、ここへ来るまで2時間はかかる。今のうちに食事と休息をとってくれ。いざというときに動けないと困る」

「そりゃそうだ。じゃあ、おまえの分も持ってきてやるよ!」


 煮炊き場に向かうエドを見送っていると、すれ違いざまに小春が駆け寄ってくる。彼女には地図の把握と、かくまったムンドたちからの情報収集をお願いしていた。


「小春、何か目新しいことは聞けたか?」

「いえ、ムンドさんたちからは何も……。でも地図には変化が――さきほど、ツノ族の動きが止まりました」


 辺りはすっかり暗くなっていた。「ヤツらは夜目が効くかも」なんて考えていたが……どうやらその心配は無用みたいだ。


「たぶん夜明けまでは動かないと思う。けど一応、夏歩たちと交代で地図の確認を続けてくれ」

「はい、わかりました」


 結局その日、ツノ族たちが動きを見せることはなかった――。



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