第144話 いざマンモスの元へ

<お試しの世界3日目>


 日本人集団と接触した翌日。


 俺たちは朝食を摂って早々、2日間過ごした拠点をあとにした。


 昨日手に入れた情報により、今日が実質5日目だと思って行動することに――。最終日の半日を除くと、マンモス討伐に残された猶予は丸3日間となる。


 まずは北の大草原を抜け、前回のスタート地点だった山方面へと移動。マンモスの存在を確認したのち、狩りの準備に取り掛かる予定だ。差し当たっては前回のルートを逆に辿たどり、山へと続く川沿いを北上していく。


「ねえねえ。アルマジロを狩ったのって、たしかこの辺りじゃない?」

「……言われてみればたしかに。なんだか懐かしいな」


 夏歩と一緒に先導役を務めること数十分――。山を目標に歩いていると、見覚えのある景色が脳裏に浮かぶ。


 ふもとまでの距離は1時間弱といったところか。周りの地形やモドキの数など、前回との相違点はほとんどないように思う。


「ねえお兄さん。途中で日本人を見つけたら助けるんだよね?」

「ん? まあ、時と場合によるだろ」


 昨日、みんなで話し合った末、自分たちの知る情報はすべて伝えることに決めている。信じるか信じないかは相手の自由。希望する者には肉を与え、能力を取得するまでは面倒を見るつもりだ。


 桃子たちのように、調停者から有益な情報を得ている場合もあるだろう。仮にそうでなくとも、友好関係を築いて損はないと判断した。


 夏歩がどんな気持ちで聞いたのかはわからないが、「絶対に無茶をするな」と念を押しておく。



◇◇◇


「よし、少し早いけど昼飯にするか」


 結局、そのあとは何事もないまま山の麓へと到着。夏歩の立てたフラグは不発に終わり、俺たちは川辺で休息をとることになった。


 このあたりは川幅も狭く、小川のせせらぐ音が心地よく響いている。モドキも近くにはいないようだし、気を休めるには持ってこいの場所だ。

 各自が枯れ枝を集めたり、火起こしをしたりと、持ち運んだ食材を平らげて腹を満たしていく。


「秋くん、このあとは西回りに進むんだよね?」

「ああ。前回と同じ地形なら、そっちに大きな川があるはずだ」


 この山の西側には、大河と呼べる規模の川が流れていた。そこでマンモスを見かけ、ツノあり原始人の姿も目撃している。


「今回も襲われた人がいるんでしょうね」

「たぶんな。既に相当数がやられたんじゃないか?」


 転移した場所にもよるけれど、ツノあり原始人の存在は脅威となる。モドキを食った後ならまだしも、いきなり遭遇した場合は詰んでしまう。調停者からの情報だけでは対処のしようがない。


「だけど、おかしな話だよね」


 唐突にそう言ったのは明香里だ。口いっぱいの肉を飲み込むと、次の肉串を手に取りながら続ける。


「助言をくれるってことはさ。日本人を生かしたいんだよね? だったら全員、南側に転移しちゃえばいいのに」


 なるほどたしかに。明香里の意見はごもっともである。生存率を重視した場合、わざわざ危険地帯に送り込む意図がわからない。すべての日本人を1か所に集め、集団行動させれば済むことだ。


 当然、輪を乱すヤツもいるし、相応の混乱は起こるだろうが……。それを加味した上でも得策に思える。


 みんなも同じようなことを考えているのか、明香里の意見に同調――いや、昭子だけは違うみたいだ。しばらく目をつぶったまま首をひねると、何かを思いついたようにまぶたが開く。


「そもそもの話、日本人を生かしたいんでしょうか。それに、全員が助言を受けたのかも不明ですよね」


 ツノ族は日本人を取り込むことで魔法の力を得られる。その取り込み対象が強くなれば、目的の遂行に支障をきたすのではないか。弱いままの日本人を縄文時代に送り、捕獲しやすい状態を作るべきだろう。


 調停者の助言についてもしかり。アドバイスを受けたのは一部の者だけで、大半は前回と同じ状況かもしれない。続く昭子の話を要約すると、概ねはそんな感じの内容だった。


「巨大熊の討伐とツノ族への生贄役。この2つを選別したわけか」

「選別の基準はさておき、全国の転移者も似たような状況かと」


 あくまで想像の範疇はんちゅうに過ぎないけれど、さとい彼女の発言となれば無視することはできない。今後の指針に役立つかもと、頭の隅に留めておく。



 それから約1時間後――。


 俺たちは小休止を終えて目的地へと移動。山のふもとに沿って歩みを進め、ついには大河の見える場所までたどり着いた。


 川の水深は2メートルを優に超えているだろう。勢いよく流れる様とは裏腹に、川底が見えそうなほど水は透き通っている。周囲の草原にはモドキが闊歩かっぽし、その中には異彩を放つ獲物の姿も見える。


「おい大輝。ちょっとデカすぎじゃね?」

「うん。さすがにここまでとは思わなかったよ」


 相手との間合いは50メートルといったところか。おそらく安全圏だと思われる距離なのだが、その存在感たるや半端ない。これが初見となる連中は、若干、マンモスの迫力に気後れしている。


「サイズ的には巨大熊といい勝負かな?」

「ん-。少し小さい気もするけど……強そうではあるよね」


 一方で、夏歩と冬加はそこそこ余裕があるらしい。隣にいる小春を含め、巨大熊討伐の経験が効いているみたいだ。


「ねえ秋くん。アレ、ほんとに倒せると思う?」

「どうだろ。やってみないと何とも言えんな」


 全身が分厚い毛で覆われた体躯。太い丸太のような足と、鋭く反り返った2本の牙。パッと見ただけでも強敵なのは間違いない。


「せめてそれなりの武器が――。出来れば覚醒が欲しいですね」


 無いものねだりとはわかっていても、そう口にしてしまう気持ちはよくわかる。俺も「タートルメイスがこの手にあれば」と頭をよぎったところだ。


「とにかく行動パターンを探ろう。大猿みたいな法則があるかもしれん」


『打撃による攻撃は有効なのか』

『相手の攻撃対象は常に一定なのか』

『なんらかの特殊能力を保有しているのか』

『視界外に逃げても追ってくるのか』


 他にもいろいろ知りたいけれど、せめてこの4つは把握しておきたい。


 逃げる手段はもちろんのこと、立ち回りに関しては散々話し合った。あとは覚悟の問題だけだと、みんなに戦う意思を確認する。


「そりゃもちろんやるでしょ」

「どんな能力なのか知りたいですしね」


 ひとまず野郎2人は乗り気のようだ。それに合わせて明香里と昭子も頷いて答える。


「私と冬加は馬モドキがあるし! 逃げるだけならなんとでもなるよ!」

「あんた、気合入れすぎっ。暴走しても助けないからね?」


 なるほど。逃げることを前提にしているのなら大丈夫だろう。夏歩の暴走に関しては少し不安だが、仲間を危険に晒す行動はしないはずだ。


「秋くんこそ気をつけてよ。今日はあくまで様子見だからね?」


 最後に小春から釘を刺され、自分も無茶なことはしないと宣言する。


「よし、じゃあ始めるか」


 決して相手を甘く見ていたわけではない。


 ないのだが……。


 俺たちはこのあと、未だかつてない苦戦を強いられる羽目になる。


 とくに俺が――。







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