第2話 水場と寝床


 これは神の救済か。


 それともただの気まぐれなのか。


 何者かの選択に迫られ、俺たちは異界の地へ降り立つことになった。


 あのあと残された乗客たちはどうしたのだろう。もしかしたら異世界へ、あるいは日本へ戻る選択をしたのかもしれない。


 ――が、今となっては知る由もない。ただひとつ言えることは、あのまま車両に残っても救われることは絶対にない。そう確信めいたものを感じている。



「ここはどこなんでしょうか。思ってたのと全然違いますね……」

「ああ、少なくとも中世ファンタジーではない」

「というより、文明の気配をまったく感じないんですが……」


 俺たちが今いる場所は、かなり高い山の中腹のようだ。森からせり出した崖の上にいるらしい。とても見晴らしがよく、景色だけを評価するなら満点をつけたいところだ。


 見下ろす先には広大な森、どこまでも続く大平原、そして異様なほどに澄み切った大きな川。


『どこか作りモノのような大自然』


 それがこの世界における第一印象だった――。



 なにより異質だったのは、一見すると動物のように見える生き物たち。


 姿かたちは似ていれど、図鑑で見るソレとは全く別種の生物。6本脚の馬だとか、毛むくじゃらの牛もどき、マンモスだけはそれっぽいけど……。どれも地球上の生物とは思えない進化を遂げている。


「まるで原始時代、みたいな?」

「ああ、ファンタジーの魔物とも違うみたいだし……って、そんなもん見たことないけど」

「これで原人がいたら完璧ですね」


 恐らくそれがフラグだったのだろう。遥か遠くに見える平原に、早くも2種類の人影を見つけてしまう。


 片方は服装からして明らかに日本人だ。人数は7人、いや8人か。そしてもう片方の集団は、総じて原始人のような恰好をしている。

 しかも、おでこのあたりから角が生えていた。身長は低めで、せいぜい150センチ程度だと思われる。


「小春、とりあえず身を隠せ」


 すぐに小春を伏せさせて、その場に隠れるよう指示をだす。丘の先から顔だけ出して、引き続き様子を見ることに――。どうやら角あり原始人が、血眼ちまなこになって日本人を追いかけまわしているようだった。


「あの人たち、殺されちゃうんでしょうか……」

「それはわからんけど、どうなるのか見ておかないとマズい」

「まさか、助け……ませんよね?」

「絶対無理だ。それよりアイツら、同じ車両に乗ってたヤツらだぞ」


 それから5分もしないうちに男女共ども捕まる。縄のようなもので縛られ、すぐ近くの森の中へ連れ去っていった。てっきり男のほうは殺されると思っていたが、性別問わずお持ち帰りされている。


「アイツら、めちゃくちゃ狂暴だったな」

「あのあとどうなるんでしょう……」

「食われるのか奴隷にでもされるのか。意思疎通も無理そうだし、悪い未来しか見えない」


 そもそもあの原始人たち、どう見ても普通の人間じゃない。そんなヤツらの目的なんてわかるはずもなかった。


「トンデモない世界へ来てしまいました」

「まあ日本行きでも、そのまま乗ってても、結末は似たようなもんだ。とにかく生き延びることを考えるしかないだろ」

「でもいったいどうしたら……」

「当てもなくうろつくのはマズい。まずは近場で水源を探そう。あそこにある川は危険すぎてダメだ」


 ここが異世界だという以外は、なにひとつ前情報がない。神との会合もなければ、加護をもらった覚えもなかった。そんな状態での原始生活、現代人が生きていくには過酷すぎる環境だ。


 それでもとにかく安全な場所へ……せめて水場のあるところへ移動しよう。そう考えた俺たちは、背後に見える山の中へと入っていった――。




◇◇◇


 原始人が去っていった方向とは真逆。太陽の位置からして、東のほうに向かって進む。こっちが安全かなんて保障はないが、ただひたすらに山を登っていく。


「先輩、さっきからずっと登ってますけど……。水場なら山を下りたほうがいいのでは?」

「いや、川下には動物が集まるし、原始人のいる可能性が高い」

「なるほど、アレに捕まるのだけは絶対に嫌です」


 なにもやみ雲に登っているわけではない。


 さっき見た大きな川に向かって、何本もの始流が繋がっていた。これだけ植生が豊かなら、この山にも源流のひとつやふたつはあるはずだ。というか、あってもらわないと困る。3日も経てばふたりとも死ぬ運命だ。



 山を登りはじめて数十分、途中で食べられそうなものを発見。


 おそらくなにかの果実だろう。一見すると洋梨のようなカタチをしていた。すぐに食べるつもりは無いが、ひとまず手当たり次第にもぎ取り、リュックの中に詰めていく。

 

 さらに歩き続けること1時間、


 運よく獣とも遭遇せずに目的の水場を発見することができた。小川とも言えないような、チョロチョロと流れる程度だが、濁りはなく綺麗に澄みわたっている。

 

 体力的には問題ないが、極度の緊張により喉はカラカラ。飲めるかどうかなんて選択肢はなく、しこたま喉を潤していった――。


「ふー、飲んじゃいました!」

「どうせ飲まなきゃ死ぬ。これでダメならどこの水でも一緒だろ?」

「まったく持って同意です。じゃあ次は寝床探しですね」


 日没までの時間はわからないが、太陽の位置は徐々に移動している。暗くなるまでには身を隠せる場所を確保したい。ひとまず水を確保した俺たちは、近場を回って雨つゆを凌げそうな場所を探しはじめる。


 水を飲んで落ち着いたのか、ここに来てようやく自分たちの異変に気づくことができた。この世界に来て以降、やたらと視界が広く感じることに――。あからさまに視力があがり、周りの景色がクリアに見えている。


 思い返せば、さっき見た原始人のときもそうだった。あれも相当な距離だったけど、額に生えた角まで確認できたのは異常だ。これが環境のせいなのか、ファンタジー的にいうスキルなのかはわからない。それでもここに来て初めての良い変化だった。


「先輩! アレ見て!」

「おお、かなりいい条件だな!」


 視力向上のおかげもあったのだろう。少し川下に行ったところで、木の根で覆われた土手を見つけた。


 土手の側面には窪みがあり、大人3人程度なら、じゅうぶん入れそうな大きさだ。小川からもわりと近いし、身を隠すにはもってこいの場所だった。


「何かがいた痕跡もないようだ。今日はここで野宿しよう」

「じゃあ、拾った食材を試しましょう。あと持ち物チェックもですね」

「ああ、いろいろと情報も整理したいな」


 水場と拠点、あと食糧は未確定ながらも……


 最低限の条件を確保して、ようやく腰を下ろすふたりだった。



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