第4話 不思議な地図


 翌朝、


 背中の痛みで目が覚めると、辺りはすっかり明るくなっていた。となりには小春がいて、いまもまだ寝息をたてている。


 獣の鳴き声は聞こえど襲われることもなく、2日目の朝を迎えることができた。


 気がかりだった夜の冷え込みはそれほどでもなく、無理をすれば毛布なしでも耐えられる程度だった。この世界に四季があるのか、時期により気温差があるのかはわからない。

 

(とりあえず、腹の調子は大丈夫みたいだな)


 昨日の夜に試した果物類。一口ずつ味見をしておいたのだが、少なくとも体への影響はなかったらしい。食べ過ぎればわからないが、当面の食糧にはなりそうだ。まあ、味はイマイチだったけど……贅沢なことは言っていられない。


 ひとりで行動する愚行はせず、彼女を起してから小川へ向かう。水の流れも昨日と変わらず、水源の確保は問題なさそうだ。


 ひとまず体の汚れを落とそうと、ズボンのポケットからタオルを引き抜いたとき――、なにかがポロッと足元へ落ちる。


 四つ折りにされた真っ白な用紙。


 こんなものを持っていた覚えはまったくない。と、どうやら彼女も同じものを見つけたらしい。


「こんなの昨日はなかったよな?」

「絶対ありませんよ。所持品はすべて確認しましたから」


 お互い不思議に思いながらも、折り畳まれた用紙をゆっくりと広げてみる。


 と、そこには、まるで色付きの航空写真みたいな、かなり鮮明な地図が記されていた。入手経路はわからないが……状況的に見て、たぶんこの場所の地図だと思われる。


 A4サイズの用紙には、丸っぽいカタチの島が写っており、島の周りは青一色で塗りつぶされている。これはおそらく海なのだろう。


「この青い点はなんでしょうか。先輩のも同じ場所にありますけど」

「たぶん俺たちの現在地、もしくは何かの目的地とか?」

「なるほど……じゃあこの数字は?」


 彼女がゆびを指したのは、用紙の右上にある空白の部分。そこには『7』という数字と、少し間隔をあけて『0』の表記があった。

 自分の地図を見てみても、まったく同じものが書いてある。が、それ以外の情報はなく、数字の意味は読み取れないままだった。



 水分補給をしたあと、拠点に戻って食事を摂ることに――。昨日取ってきた果物を食べながら、ふたりで地図とにらめっこをしていた。


 島の中央には大きな山があり、そこから東西南北に向かって川が流れている。なかでも西側の川は規模が大きく、おそらくは最初に見た大河だと思われる。


 あとは森や平原だったり、山岳地帯なんかも存在していた。だがいかんせん、用紙が小さすぎて細かいことまでは不明だった。地図で見る限り、建造物のたぐいは存在していないようだ。


 もし青い点が現在地だった場合、俺たちがいるのは島の中央付近から、やや東寄りということになる。西側で見た原始人からは、結構な距離をとれているはず。


「原住民がいたのに、集落っぽいのが見当たりませんね」

「どうかな。森の中とか、洞窟なんかで生活してるかもよ?」

「もしかしてこの山の中にも……」

「そりゃあ、可能性はゼロじゃないわな」


 角あり原始人はあのとき見た奴らだけ、なんて都合の良い話はないだろう。別の場所にもいると考えるべきだ。もしかしたら別の種族とか、普通の原始人だっているかもしれない。


「いずれにしても、この地図はヒントになりそうですね」

「明らかに作為的だけどな。それでも、なにもないよりマシだ」


 この世界で得られた唯一の不思議アイテム。誰がくれたかは知らないけど、今はこれに頼って過ごすしかないだろう。




◇◇◇


 朝食を済ませた俺たちは、拠点からなるべく近い範囲で山の中を探索していった。


 気休め程度に木の槍を作り、獣の存在に怯えながらの食糧調達。幸いなことに、木の実や果実のたぐいはソコソコ見つかっている。


 洋梨のほかにも、甘くないアケビだったり、丸い形のバナナっぽいものも生えていた。味覚の問題さえ気にしなければ、どれも食べられそうなのが救いだった。


 ただひとつだけ気になることもある。


 食材がすべて新鮮な状態で見つかり、虫食いだったり腐ったものがひとつもなかったんだ。木の実はともかく、果物まで無傷なのは明らかにおかしい。


「地面に落ちてるのもあったし、腐りそうなものですけどね」

「これが異世界仕様なのか、それとも何か秘密があるのか……見当もつかないよ」

「まあ、わたしたちにとってはありがたいかも?」

「そう安易に考えていいんだろうか。なんかモヤモヤするわ」


 食べ物が腐らないのは変だし、虫をほとんど見かけないのも異常だった。おかげで蚊に襲われることなく寝れているが……。ここが地球でないこと以外は何もかも未知のままだった。


 途中で枯れ枝を拾いながら、日がてっぺんにのぼる頃には拠点に戻った。


(そういえば枝は枯れてるよな? ダメだ、原理がさっぱりわからん……)



 拠点に戻ったあとは、味の薄い果実を頬張り空腹を満たしていた。


 一応、まな板サイズの石を見つけて簡易のかまどは作ってある。が、煙が立つことを考えると火起こしに踏み切れない。いよいよ木の実を食べるしかなくなるか、運よく肉が手に入るまで保留にしている。


 そう考えているところで、すぐ隣にいる小春が地図を広げだす。俺もそれを覗きながら、バナナもどきを頬張っているところだ。


「青い点、ぜんぜん動きませんね」

「まあ所詮は絵だしな。追跡機能まではついてないんじゃないか?」

「そうですかね。移動距離が短いだけかもですよ?」

「あー、それはあるかも。たいして遠くへ行ってないもんな」


 地図がもっと大きければ、あるいは変化に気づけたかもしれない。そんなことを言いながら、小春が地図を仕舞おうとしたとき――右上にある数字が目の前でうごめきだす。


『7-0』という表記から『6-0』へと変化していったんだ。


「なあ、これって日付を表してるんじゃないか」


 昨日、俺たちが転移してきたのはちょうど今頃の時間だった。そのタイミングに合わせての変化だったし、じゅうぶん考えられる。


「数が1つ減りましたしね。何かのカウントダウン的な?」

「丸一日経って数字が減った。そう考えるのが妥当だろう」

「なるほど、じゃああと6日後には何かが起きると」

「ああ、この状況で予想できるのは――」


・俺たちの命が尽きるまでの寿命

・この世界が崩壊するまでのカウントダウン

・なにかのイベントが始まるまでの猶予期間

・日本に戻されるまでの残り日数


 概ねこんなところだと思う。まあどれもありそうだけど、個人的には一番最後のヤツであることを祈るばかりだ。


 仮にイベント発生だとしても、それが良いものだとは限らない。理不尽なクエストをもらった挙句、無残な死に方をするのは勘弁願いたい。


「1週間生き延びろクエスト、みたいな?」

「なんとなくそんな感じがする。隣のゼロ表記は気になるけどな」


『6と0』の表記。


 この0という数字が何を意味するのか。ノーヒントでは考察することもできない。


 せめて数値が変化してくれたら……と、ふたりで話しながら食事を終えた。



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