第5話 解体作業


 原始時代へ転移してから3日目の朝を迎える。


 今日も俺のほうが先に目覚め、固まった体をほぐしながら、陽の光を浴びているところだった。


「おはよう、少しは寝れたか?」

「はい、初日よりはマシになりました」

「そっか、でも夜のアレは気にならなかったのか?」


 昨日の深夜、やたらと獣の鳴き声、というか悲鳴みたいなものが聞こえたんだが……小春は熟睡できちゃうタイプなんだろうか。


「えっ、もしかして何かしました? まさかエッチなことを……」

「なわけないだろ……。獣が騒ぎまくってたんだよ、ものの数分で静まったけどな」

「あ、すみません。それには気づきませんでした……」


 たしかに体を寄せ合って寝てるけど、エロいことを考える余裕はない。いつナニが現れるかもわからんし、手を出した末、険悪になるのが一番マズい。


「まあいい、あとで見に行こう。迂闊に動くのも危険だけど、放置しておくのはもっと怖いからな」

「……ですね」


 小春は含みのある間をとりながら朝食の準備をはじめる。


 俺もその間に、ポケットから地図を取り出してみるが、数値は『6ー0』のまま変わらなかった。おそらく変化があるのはもう少し後になる。昼頃になったらもう一度確認してみるつもりだ。



 朝食を済ませたあと、小川へ向かったその足で山を下っていく。


 確かなことは言えないが、鳴き声はこっちのほうから聞こえてきたと思う。どのみち食材を集めないといけないし、ハズレたとしても無駄にはならない。


「――そういえば、この世界ってキノコは生えないんですかね」

「たしかにまだ一度もみてないな」

「環境的には在ってもいいはずなんですけど……」

「ん-、もしかして菌類が存在しないとか?」

「そんなことあります? どうせ見つけても食べませんけど」


 野草もそうだが、キノコは毒性のあるものが多い。動画で得た知識はあれど、素人が迂闊に手を出すべきではないだろう。


 中には触れただけでも大惨事、みたいな種類もたくさんある。ほかに食べるものがあるのに、わざわざ危険を冒す必要はない。


 それから30分くらいかけて、果実や木の実を収穫しながら山を下りていった。今日も獲れるのは新鮮なものばかりで、獣の糞だとか足跡も見つからない。ケモノ道みたいな感じの痕跡もなかった。


 ちなみにこれらはすべて、サバイバル動画で得た知識だ。実際に現地で試すのは、ふたりとも初めての経験となる。探し方はザルだし、見逃している可能性は大いにあった。 


「なかなか見つからないですね」

「……いや、そうでもないみたいだ」


 小春の言葉に、少し遠くを指さして答えた。木々が少し開けた場所には『ナニカ』の死骸が横たわっている。


「死んでるように見えますけど……突然動きだしたら怖いですね」

「それより警戒が先だ。アレを殺した化け物がいるかもしれん」


 俺は小春の手を取り、すぐ近くの木陰に身を隠す。


(いまはこっちが風下だし、匂いは大丈夫だと思うが……)


 相手がどこにいるのか、そもそも常識が通じるのか。とにかく周りを見渡しながら、たっぷり20分ほどは息をひそめた――。



 森はいつまでも静まり返っている。ケモノの鳴き声はおろか、自分たちの息遣い以外は何も聞こえてこない。安全の保障はないまでも、目に見える危険は無さそうだった。


 俺たちはしびれを切らし、一向に動かないソレに向かって近寄ることに――。目の前まで来たところで、ようやくその正体が判明する。


「ふう……人間じゃなくて良かったな」

「ええ、私も同じことを考えてました」


 俺たちが知る範囲では『鹿』。もう少し正確に言うと『目玉が3つあるオスの鹿』が横たわっている。臓器だけがキレイに抜きとられ、ほかはほとんど手つかずの状態で放置されていた。


 血の匂いはすれど、腐敗臭がしたり、ハエやウジがたかっている様子もない。死んでいるのは間違いないが、妙に新鮮な印象を受ける。


 いろいろとおかしなところはあるが……とりあえず食えそうだし、適当にバラして持ち帰ることにした。


「小春、ナイフを貸してくれ」

「え、先輩がやるんですか?」

「ん? なにか問題でもあるのか?」


 そう言いながら、小春はなぜか不安そうな顔している。むろん解体の経験なんてないが、雑な処理でよければ可能だ。彼女が嫌がるかと思って、一応の配慮をしたつもりなのだが――。


「わたしがやりますんで、先輩は周囲の警戒をお願いします」


 彼女はテキパキと動き出し、なんの躊躇もなく刃を入れていく。皮も綺麗にはぎとられ、みるみるうちに切り分けられていった。


(めちゃくちゃ手際がいいな……)


 結局小春は、40分足らずで粗方の作業を終えていた。ひとまず持てるだけの肉を運んで、拠点に戻ることに――。



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