第6話 地図の変化


「どうです先輩、わたしも役に立つでしょ?」

「いや、ほんと驚いたよ。とても初めてとは思えん」

「もともとグロ耐性はあるほうなんで! 解体手順も頭にはいってます!」

「知識があるのは聞いてたけど……マジで凄いわ」


 小春の手際に感心しながら拠点に戻る。と、着いて早々、ここに来て初めての火起こしをはじめる。貴重な肉が手に入った以上、これを無駄にする手はない。


 ここは山の東側、あの原始人がいた西側とは真逆だし、あとは見つからないことを祈るばかりだ。どうせいつかは火を使うことになる。食べなければ死ぬだけだと、ふたりで話し合った末に決行した。


 それからややあって、かまどの火もいい感じに落ち着いてきた。石の板も熱くなり、いよいよ肉を焼くばかりとなる。


 干し肉を作るにしても、そもそもコレが食べられるのかを確認しておきたい。まずは小量だけ食べてみて、問題がないかを試すことに。


「んん-、これはなんとも微妙な?」

「ああ、思ってた以上に普通だな」


 食欲をそそられる香ばしい匂い、口の中で溢れる肉汁、そしてとろけるような舌ざわり。


 そんなものは幻想であり――この世界の肉は至って平凡な味をしてる。塩コショウの偉大さを改めて痛感しているところだ。


「でもまあ、普通に食べられそうですよ?」

「だな、食えるだけも全然ありがたい」

「じゃあ干し肉用にスライスしときますね」

「わかった。俺は吊すものを作っとくよ」


 とはいえ血生臭いわけでもなく、獣特有の臭みもほとんど感じなかった。しばらく待っても異常は見られず、問題なく食べられることも判明。それからは干し肉づくりと並行しながら、ひたすらに肉を焼き続けていった――。



 作業をはじめて3時間後、


 ようやくすべての処理が終わり、お腹のほうもじゅうぶんに満たされていた。肉を腐らせる前にと頑張ったが、これ以上は食べられそうにない。食べ過ぎて動けないのもマズいので、あとは干すだけ干して様子を見ることにした。


 当然、塩などあるはずもなく、煙でいぶすだけの簡素なもの。保存期間に関してはあまり期待できそうにない。


「塩の確保もあるし、海へ向かうのもアリか――」

「でも原始人がいるかもですよ」

「まあそうかもしれんが、ここにいたって似たようなもんだろ?」


 むしろ原始人に襲われるより、化け物に食われるほうが早そうだ。と、吊るしてある肉切れを指さしながら言い放つ。


 鹿もどきの強さはわからないが、それ以上に狂暴な何かがいるのは確定している。木の槍やナイフ程度で勝てるとは到底思えなかった。

 そんなものに怯えるくらいなら、別の場所に移動するのもアリだろう。最悪、地図があるので戻ってくることも可能だと考えていた。


「あっ、地図といえば、そろそろ更新の時間じゃないですか?」


 言いながら小春が地図を広げだす。たしかにボチボチ昼を回るところだ。俺もポケットから地図を取り出すと――。


「おいおい、いつの間にこうなった?」

「わかりません。けど、わたしのも変化してます」


 数字自体の変化はいい。6から5に減ってるのは予想どおりだ。ただ、数字にまつわる表記まで、まるごと変化していることに驚いていた。


『帰還までの日数:5日』

『現在の獲得進化値:1』


 ふたりの地図には、そうハッキリと記載されていた。


 いつ変化したのかはわからない。だが、ふたつの数字が意味することは明確になった。帰還というのは日本のことだろうし、進化値の獲得方法にも、ある程度の目星はつけていた。


 おそらくはさっき食べた『鹿の肉』が要因だと考えている。干し肉を作った行為か、それとも肉を食べたこと自体か、そのどちらかである可能性が極めて高い。肉の解体直後に見たときは、地図に変化はなかったので除外していいだろう。


「5日、あと5日で帰れるんですね」

「……無事に帰れるかは疑わしいけどな」

「え、それってどういう……?」


 普通に考えたら、5日後に戻されるのは電車の中だと思う。だがあの状況から察するに、戻ったところで良い未来が待っているとは考えにくい。


 最悪の場合、事故の直前からのリスタートかもしれないし、そのまま死ぬ運命をたどるだけというケースも考えられる。あくまで想像の域を超えないが……。


 そう付け加えて説明をしていった――。


「ちょっと考えが甘かったかも……」

「断っておくけど、むやみに脅してるわけじゃないからな」

「わかってます。期待してると、そのぶん落胆が大きいですもんね」

「ああ、それでも少しだけ希望が見えてきた」

「可能性があるなら頑張れます!」


 帰還まではあと5日、


 これが長いのか短いのかは微妙なところだが……。なんとかふたりで生き延びて、その先にある未来を見てみたかった――。



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