第10話 現代の女戦士


 山を下ること数時間――。


 日がてっぺんに昇る頃、ようやく平地が見えてきた。


 樹木はまばらで、背丈の短い雑草が一面に生えている。今後は南に向かって流れる川が、道しるべとなってくれそうだ。川の幅は3m、水深は40cmくらいで、流れもそこそこと言った感じか。


 ここまで川沿いを歩いてきたけど、途中で遭遇したのは鹿モドキと兎モドキだけだった。


 原始人のときと一緒で、どれだけ近づいても無反応。俺たちが発する足音にすら気づかないありさまだ。これが肉食動物でも同じであれば、3人の生存率は格段に上がるだろう。


「よし、ここらで昼休憩にしよう」

「おー! 異世界初の肉料理!」

「先輩、夏歩ちゃんの反応が楽しみですね」


 小春の意見に同意しながら、昼食の準備に取り掛かる。


 ふたりが近くで薪を集め、俺も適当な石を拾って簡易のかまどを作っていく。やがて準備も整ったところで、味気ない焼き肉パーティーがはじまる。


 夏歩の反応は思ったとおりで、「肉の味がする」と一言だけ語り、無表情のまま口だけを動かしていた。


 ただそれでも、兎肉の効果はあったようで、全員の跳躍力が目に見えて向上している。思い切り力を込めれば1m近く飛び上がれた。ついでにシカ肉も焼いて夏歩にも食べさせている。


「やっぱり肉を食べると強化されるみたいだな」

「はい、今後も色んな種類を狩りたいですね!」

「なら私に任せてよ!」


 ようやくファンタジー要素を実感して、少しだけ高揚感が沸き上がる。どの獣がどんな能力を持っているのか。食べる量により変化はあるのか。そんなことを話しながら、30分ほどかけて昼食を済ませていった。



 再び移動をはじめた俺たちは、川沿いを南へと進んでいく。


 今日はあと2時間ほど歩き、早めに野営の準備をするつもりだ。地図を見る限り、海の手前にある小規模な森まで到着できるはず。


 しばらく進んで気になったのは、生息する動物の種類について。地球の常識に照らし合わすと、いわゆる肉食系の獣が圧倒的に少ない。


 ライオンやヒョウなど、大型の肉食獣は見る影もなく、以前に見たハイエナっぽいのも、単独もしくは2匹ペアで行動していた。

 遭遇率は極めて低く、襲ってくる気配も一切なし。油断しているわけじゃないけど、移動するだけなら問題ないように思えた。


 一方、草食系の動物は、馬や牛をはじめとして、様々な種類が存在している。まあすべて、語尾に『モドキ』とつくものばかりだったけど。まるで異世界のなんたらパークみたいな印象を受けていた。


「ねえお兄さん、ちょっと狩ってかない?」


 目標の森が近づいてきたところで、夏歩から狩りの提案をされる。夜の客引きみたいなセリフを吐く女子高生は、川沿いにいる小動物をゆび指さしていた。


 それを見た小春がすぐに反応する。


「あれはなんでしょう? アルマジロみたいですけど……」

「んー、どちらかといえばダンゴムシのデカいヤツじゃないか?」


 全体像はアルマジロだが、小さな足がワサワサとたくさん生えている。今は川の水を飲んでいるのか、踏ん張りながら顔だけを水につけていた。もちろんこっちの存在にはまったく気づいてない。


「見るからに堅そうだし、食べたら防御力が上がりそうじゃない?」

「たしかにありそう。わたしもいい案だと思います」


 女性ふたりはヤル気みたいだ。さっそく槍を構えて戦闘態勢に入っている。


 俺も積極的に食べたいけど……あんな堅そうなヤツ、どうやって狩るつもりなのか。とても木の槍程度では貫けそうにない。そう伝えてみたんだが――。


「大丈夫、私に任せて!」


 結局、俺と小春は周囲の警戒をしつつ、夏歩が単独で仕留めることになった。一応作戦は聞いているが、そんなに上手くいくのだろうか。もしものことがあるので、俺も参戦できるよう近くに陣取る。


「オラァァ!」


 標的の真横まで近づいた夏歩は、豪快に相手を蹴り飛ばす。と、大した抵抗もないままアルマジロが川に落ちる。ドボンと沈んだ獲物は、丸くなった状態で下流に流されていった――。


「よし、次いくよ!」


 しばらく追いかけていると、対象がもがきだして水の中でひっくり返った。そこへ勢いよく槍をつき込んで、見事に一本釣りをする夏歩。両手に持った槍を掲げると――、


 何度も何度も地面に叩きつけていた。



「おまえ、原始人みたいだな……」

「今どきの女子高生って、みんなこういう感じなんですかね?」

「いや、それは絶対違うだろ」

「実は夏歩ちゃんだけ、神様から加護をもらってるんじゃ?」


 あまりに壮絶な光景に、思わず口にしてしまったけれど、今回ばかりは許してほしい。だって夏歩のヤツ、狩りの最中、ずっと笑顔のままなんだ。小春が言うとおり、狂戦士の加護でも貰ってそうな気がする。


 無理をしてると思ってたんだが……全然違うみたいだ。今朝に見た兎の姿も、この光景をみたら納得がいく。


「さすがにもう平気かな。小春さん、解体をお願いしていい?」

「あ、うん」

「さっき魚も見かけたし、余裕があれば試したいね!」


 ひと仕事終えた夏歩は、満足顔で周囲の警戒に移る。このパーティーの戦士枠が彼女に決定した瞬間だった。


(なるほどそうか。現代社会にも女戦士っていたんだな……)


 そんなことを思いながら、俺も予備兵力として警戒を続けていった――。



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