第130話 遠征という名の旅行

 なんやかんやと2時間ほど経っただろうか。


 ネット鑑賞を続ける彼女をよそに、俺は最近お気に入りのラノベを読みふけっていた。ソファーまで聞こえてくる桃子の声。小春は興味津々の様子で桃子ちゃんねるを閲覧中だ。


『実はあいつのことが好きなんじゃないか』


 あり得ないとはわかっていても、そんな勘違いをするほどには表情が明るい。いがみ合っていたのが嘘のように、すっかり毒気が抜けている。優良リスナーの一員として、再生数の貢献に余念がないようだ。


(にしても、ほんと平和だな。異世界に行ってたなんて嘘みたいだ)


 仕事に追われることもなく、全ての時間を自由に使える幸せ。好きな人と共に過ごし、気の知れた仲間と暮らす毎日。これが物語だとしたら、もう一波乱あるんだろうけど……。


(あるとしても30年後かな)


 異世界にある施設周りは日々縮まっている。それが完全に消失したとき、きっと何かが起こるはず。


『ゲートが閉じるだけなのか』

『それとも現代に魔物が現れるのか』


 どんな世界になろうとも、年老いた自分にできることは少ない。あまりに先の未来過ぎて、現実味が湧かないってのが正直なところ。主人公を気取るつもりはないけれど、俺の出る幕はなさそうだ。


 今が幸せならいいんじゃないかと、彼女の顔を見てマジマジと思う。


(っと、そろそろ迎えが来る頃だな)


 おもむろにスマホを確認すると、時刻は10時を回っていた。あと20分もすれば政府の車が到着する時間だ。あいつらは用意が終わって外に出ている頃か。


 読みかけの本を閉じ、再び彼女に視線を向けると――。


「えっ、もうこんな時間!? 秋くん、見送りに行かないと!」


 ガタッと席を立ち、慌ててこっちを見る小春。どうやら彼女も気づいたらしい。バタバタと玄関に向かう小春に続き、俺もゆっくりと後を追う。



「みんなごめんね。うっかりしてたよ」

「いいよいいよ。てか、ゆっくりしてればいいのに」

「そうだよ小春さん。どうせ合流するんだしさー」


 玄関の扉を開けると、目の前に小春の後ろ姿が――。


 彼女を囲うようにして、他のメンバーが勢ぞろい。その傍らには旅行カバンが集められ、出かける準備は万全といった感じ。苦笑いの小春に対し、夏歩と冬加が嬉しそうに答えていた。


「えっと。お迎えはまだ来てない、のかな?」

「間もなく到着するそうです。さきほど門番の人から連絡がありました」

「そっかそっか。間に合って良かったー」


 小春の問いに答える昭子。口調は普段と変わらないが、どことなくソワソワして見える。


 今日みんなが向かう先は、関東にある第1ゲートだ。正確に言うと違うのだが、最終目標は魔物の巣を殲滅させることで間違いない。政府からの依頼で計6か所の巣を回る。


 それ以外にも政府の施設を見学したり、東京見物に洒落こんだりと、正味3週間ほどの長旅を予定している。俺と小春は5日後に出発して、真治たちの住む施設で合流する。


 第2ゲート周辺の魔物は狩り尽くしてしまった。もう日帰りできる範囲に魔物の巣はない。関東の様子は気になってたし、施設にいけば真治たちとも会える。これは良い機会だと思い、政府の要請を引き受けていた。


(よし、あれだけは伝えておくか)


 俺も輪の中に混ざってみんなの話に加わる。


「おまえら、間違ってもゲートに行くなよ。狩りは合流してか――」

「もー、わかってるって!」

「お兄さん心配し過ぎー」


 真っ先に反応する明香里と夏歩。一応、みんなに向けて言ったんだが、最も怪しい2人が食い気味に言葉をさえぎる。今回は旅行がメイン、狩りはついでだと激しく主張する。


(まあいい。コイツらはともかく、さすがに大輝と龍平は大丈夫……っておい、話すら聞いてないし)


 何をチェックしているのやら、野郎2人はスマホを見ながらニヤついている。さては良からぬところへ出向くつもりか。夏歩や明香里とは違う意味で心配になってくる。


 いや、問題ない。どうせこんなことだろうと思っていた。ここは然るべき引率者に任せよう。


「昭子、しばらく頼んだぞ」

「へ? すみません、何でしたっけ」

「いや……なんでもない。楽しんでこいよ」


 最後の砦に賭けたものの、彼女は小春と一緒に旅行誌の確認中だった。気の抜けた返事と共に、再びそっぽを向かれてしまう。


 彼女が持つ本には付箋ふせんがびっしりと貼られている。よほど楽しみにしている証拠だ。水を差すのも悪いと思い、それ以上は何も言わなかった。


(離れるといっても、たったの5日間だ。みんな子どもじゃないんだし、さすがに心配し過ぎだわ)


 何とも締まらない別れとなったが、ある意味コレが通常運転だ。迎えの車を待つ間、ワイのワイのと楽しい時間を過ごすのだった。



 よもやあんな事態になるとは、このときの俺は知る由もなく――。



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