第147話 マンモス戦リベンジ

 それから2日が過ぎ去り――。

 

「みんな、手筈どおりに頼むぞ」

「おっけー!」「いつでもいけます」


 原始時代に来て6日目の早朝、俺たちは再びマンモスの前に立った。


 桃子たち基準で見れば、実質、今日がチュートリアル世界の最終日。


 期限は差し迫っているが、たっぷりと時間をかけたおかげで準備は上々。左肩の痛みも治まり、あとは実戦を残すのみとなる。


 獲物との間合いは、およそ10メートルといったところか。相手はなにをするでもなく、大草原のド真ん中を微動だにしていない。


 前回あっけなくやられたくせに――いや、たぶんそれが良かったのだろう。眼前の巨躯を前にしても、さほど恐れを感じなかった。


(すまん嘘ついた。ほんとはちょっとビビってる)


 そんな現在、マンモスの正面にいるのは6人。小春、大輝、明香里が前衛に立ち、そのすぐ後ろに俺と夏歩と冬加が――。各々が長い丸太を抱え持ち、腰を据えて身構える。


『6人が順におとり役を務め、その隙に昭子と龍平が背中に登って肉を剥ぎ取る』


 極めてシンプルな作戦ながら、それなりに成功率は高いだろう。一応、穴に落とすことも考えたが、落ちてくれる保証がないので諦めた。


 ちなみに剥ぎ取り役の2人は、マンモスから少し離れた側面に控えている。昭子がナイフを忍ばせ、龍平はそのサポートに回る予定だ。兎肉が好物の2人は、この中で一番跳躍力が高い。



「じゃあ、僕から行きますっ」


 全員の準備が整ったところで、大輝が勢いよく飛び出す。


 狙うはマンモスの左目。電柱サイズの丸太を軽々と突き上げて見せた。


 と、わずかに尖った先端が目標に届いた瞬間だった――。


「メキッ」と残念な音が聞こえ、丸太の先端が縦に割ける。たしかに命中したのだが、ヤツの左目には傷一つついていない。


「大輝っ、アレが来るぞ!」


 俺がそう叫ぶと同時、マンモスの長い鼻が鞭のようにしなる。いや、「たぶんそうだろう」というだけで、実際は目視できないほどに動きが素早い。


「パァン!パァン!」と炸裂音が鳴るたび、大輝の持つ丸太がどんどん短くなっていく。


(おいおい。それ生木だぞ? なんでそんな切れ方……)


 グシャグシャに割けるでもなく、半ば輪切りのように吹き飛んでいく木片。仮に丸太が乾いていたとしても、あんな状態で切れるわけがない。ふと周りを確認すると、誰もが驚きの表情のまま固まっていた。


「みんな落ち着け。どのみち丸太が壊れるのは想定内だ」


 お前が言うなと突っ込まれそうだが……。できるだけゆっくりと、声のトーンを落として指示を出す。


「ごめん大輝。下がって!」


 どうやらそれなりの効果があったらしい。気を持ち直した明香里が前に出ると、標的が移ったところで大輝が下がる。


(やはり攻撃方法は同じ。なら予定どおりに――)


 いよいよここからが本番。昭子と龍平に合図を送ると、2人はマンモスに向けて駆け出す。持ち前の跳躍力強化を生かし、巨体の背に躊躇なく飛び移った。


「昭子っ、早くよじ登れ!」

「わかってるわよ! かさないでっ」


 さすがにひとっ飛びとはいかなかったが、ヤツの体毛を掴んで器用に登る2人。やがて天辺まで上がりきると、昭子が前側にしがみ付き、彼女を覆うように龍平が体を支えた。


「小春さん、もうダメかもっ」


 一方、目の前では明香里と小春が入れ替わったところ。マンモスは背中のことなど気にもめず、ただひたすらに丸太を狙う。あれよあれよと丸太が削れ、今度は冬加が前に出たのだが……。


「ちょ!? なんかヤバくない?」


 そう言ったのは夏歩だ。冬加のやられる様を見て、自分の持つ丸太をグッと構え直す。


「どうした夏歩っ。なにがヤバいんだ?」

「なにって、あの攻撃だよっ。明らかに早くなってるじゃん!」


 夏歩はそう言っているけれど、俺には今までと変わらなく見える。むしろ目が慣れてきたのか、鼻の動きが薄っすらと視認できるくらいだ。だが、彼女には早く映っているらしい。役目を終えた連中にしても、口を揃えて同じことを言い放った。


「もう無理っ。おじさん早く来て!」


 そうこうしているうちにも、冬加の丸太がとうとう限界を迎える。背中の2人は苦戦しているのか、まだ下りてくる気配がない。


 諦めるには惜しいけれど、これ以上粘るのは危険に過ぎる。夏歩の丸太は残っているものの、それは逃げる際に使いたい。


「夏歩、俺でダメなら撤退するぞ。みんなは逃げる準備をっ」


 そう叫んだ瞬間だった。


 冬加と入れ替わったと同時、マンモスが両前足を大きく浮かせて雄たけびをあげる。鼻づらを持ち上げ身をよじると、昭子と龍平が地面に振り落とされた。


「昭子っ」「龍平、大丈夫か!」


 おそらく打ち所が良かったのだろう。同級生の声に答えるように、すぐさま起き上がってみせる2人。こちらには見向きもせず、事前の指示どおりに森のほうへと駆け出す。


「よしっ。俺たちも逃げるぞ!」


 ドンッと地響きが鳴るも束の間――。


 マンモスをよそに、俺たちは丸太を投げ捨て、一目散に森を目指すのだった。






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