第59話 食えば食うほどに
集落の拡張をはじめて1か月、この世界に来て80日目の朝を迎えた。
ツノ族が現れる気配なし、日本人同士のいざこざもなし。そんな穏やかで忙しい日々が続くなか、二重防壁の建設は佳境に入っている。
敷地の広さは相当なもので、『木壁に囲われた安心感』と『じゅうぶんな広さの解放感』を両立。サッカーコート半面分くらいの敷地を、高さ3メートルの木壁がグルッと囲う。
むろん、襲撃に対する備えも忘れていない。南北の2か所に物見やぐらを建て、投石用の足場も各所に設置している。
高所からの監視と、投石による迎撃手段。強化された筋力も相まって、かなりの効果を見込めそうだ。ヘタに弓を使うよりも、石をバンバン投げつけたほうが効果的だろう。
そんな今日は朝食後、敷地内に作った畑の様子を見に来ていた。
あくまでお試しのつもりなので、畑の規模自体はかなり小さい。たたみ3畳分のスペースで、こじんまりと栽培している。
自生していた芋と麦を植えており、芋はジャガイモっぽい味と見た目、麦についてはよくわからないが、おそらくは大麦だと思われる。
「洋介、順調に育ってるようだな」
「よお秋文、今日も何本か芽が出てきたぞ」
四つん這いで作業中だった洋介。
俺が背後から声をかけると、ズボンに着いた土を払いながら立ち上がる。わりと几帳面な性格のようで、抜いた雑草やら小石やらが、キレイにまとめられていた。
(コイツ。見た目はチャラいくせに、意外と真面目なんだよなぁ。たしか健吾と同い年だっけか――)
すっかり元どおりになった彼には、畑の管理を任せている。農業経験はないようだが、家庭菜園をしていたらしく、自ら志願してくれたのだ。
「なあ洋介、地図の進化はまだなんだよな?」
「ああ、今のところは変化なしだ。畑の規模が小さいせいか、それとも収穫までお預けなのか……」
数日前に発芽したものの、地図の進化値に変化はない。『縄文時代後期には農耕がはじまっていた』なんて動画を見た気もするし、そもそも対象外なのかもしれないが――。
「ひとまず発芽は上手くいったし、そろそろ本格的な農地を作ろうと思う。洋介もそのつもりで頼むよ」
「おまえには恩があるからな。おれにできることならなんでもするぞ」
『進化値が上がらないのは規模の問題かもしれない』と、川を挟んだ東側に農地を作る計画をしている。今後は西側を居住区、東側は農地として拡張していくつもりだ。
「そういや秋文。昨日、健吾から聞いたんだけどよ。川に橋を架けるんだって?」
「ああ、これから何度も行き来するし、地図の進化も狙えると思ってな」
すでに昨日から作業に入り、まずは基礎用の石をかき集めているところ。いまごろ河原の周りには、子どもたちが大集合しているはずだ。
「だけど、本格的なものは作れないだろ。いったい、どんな感じのを作るんだ?」
「あー、丸太を渡すだけの簡単なヤツだよ。なにせ専門的な知識がないし、加工する道具も知れてるからな」
川のド真ん中に大小さまざまな石を敷き詰め、小さな島、いわゆる中洲のようなものを作る。川幅は8メートルなので、中洲といっても極小規模なものだが――。そこを中間の土台にして、あとは両岸から丸太を渡すだけだ。
「そんなものが橋だと認定されるのか?」って意見もあったが、なにもしないよりかはマシだろう。あれば便利なのはたしかだと、とりあえず作ってみることにした。
「なあ秋文。おれはよく知らんけど、洪水とかは平気なのか?」
「んー、川が氾濫したことは一度もないようだぞ? って、そもそもソレを言い出したら、集落の立地だって危ういだろ」
「たしかに、言われてみればそのとおりだな。原住民が言ってるなら大丈夫、なのか?」
ここに来て以来、何度か大雨を経験している。が、川が決壊するほど、水かさは増していなかった。大きな石がゴロゴロ沈んでいるのは気になるが――いや、これ以上はフラグが立ちそうだしヤメておこう。
「さて、俺はそろそろ行くわ。なにか変化があったら教えてくれ」
「おっ、また食いに行くのか? おまえも結構マメだよな」
「まあ実際、かなりの効果が出てるからな」
少しあきれ顔の洋介と別れ、畑を後にした俺は、ひとりで族長宅へと向かう。
◇◇◇
入り口をくぐると、こん棒づくりに精を出すナギと小春の姿が――。
壁沿いには大きな壺が並べられ、かなり手狭な印象を受ける。あれだけ広かった族長宅も、なかば貯蔵庫と化していた。
(ここも早く拡張しないとダメだな。ってか、貯蔵庫を別に作るほうが早いか)
壺の中身は言うまでもなくモドキ肉だ。種類ごとに分けられ、モドキをかたどった意匠が施されている。
「あらアキフミ、いらっしゃい。今日の分はソコに取り分けてあるわよ」
「いつもありがとう。さっそく焼かせてもらうよ」
作業の手は止めず、視線だけを囲炉裏に向けるナギさん。囲炉裏の傍には小さな壺があり、大きな葉に巻かれたモドキ肉が小分けされている。
このやり取りも何度目だろうか。小春がとなりに来たところで、モドキ肉を焼いていく。
「そろそろわたしの検証はやめてもよさそうですね。先輩と違って、まったく変化しませんし」
「そうか? せっかく集落にいるんだし、食べておけばいいだろ」
『覚醒中にモドキ肉を食べる』
この検証をはじめてから、すでに13日が経過した。集落の外へ出たりもするので、1時間おきにとはいかないが……最低でも、日に7回以上は試していた。
最初の数日こそ体感できなかったが、4日目を過ぎた頃から異変に気づき、いまでは確信に至っている。小春のほうに変化はないものの、念のため、一緒に検証を続けていた。
「それより先輩、通常時の変化はまだありませんか?」
「ああ、効果が出るのは覚醒中だけみたいだ」
これまで何度も試してみたが、能力が向上するのは、あくまで覚醒中だけのようだ。普段の身体能力は以前とまったく変わらなかった。
「まあ、それでもじゅうぶんですよね。普段の能力まで上がっちゃったら、それこそチートですもん」
「だな、俺もそう思うよ。覚醒中だけの効果でも優遇され過ぎだ」
覚醒中に食べた肉の能力は、食べれば食べるほどに上乗せされた。筋力や跳躍力など、すべての能力が少しずつ上昇。上昇幅は微小ながらも、いまのところは際限なく上がっている。
昨日の段階でみると、覚醒中の能力は通常時の1.5倍ほどだろうか。各能力の相乗効果を加味すれば、2倍近い上昇幅だと思う。
現時点では小春たちに見劣りするが……いずれは追い越してしまいそうだ。
「それに大猿肉の効果だって、未だに伸び続けてるでしょ?」
「ああ、いまのところは際限なく伸びてるよ」
「実際問題、コレが一番の強化ですよ! どこまで強くなるのか楽しみですね!」
大猿肉を食べるほど、覚醒状態の持続時間が延長。同時に、再使用までの時間も短縮した。現時点での覚醒時間は約4分間、おおむね50分ごとに発動できている。
「さすがに常時発動、ってことはないだろうけど……どうなんだろうな」
「ん? ちょっと含みのある言いかたですね。なにか気になることでも?」
「いや、実はさ――」
ハイエナ肉が好物のヤツは、俺のほかにも数人いる。健吾やエド、それにナギさんもそのひとりだった。
ってことは当然、どこかで生き残っている日本人にも存在するだろう。
『そんなヤツらが敵になったら?』
『徒党を組んで攻め込まれたら?』
この可能性を考慮した場合、あまりに強すぎる能力は毒になる。できることなら周囲とのバランスを保ちたい。
「あーなるほど、たしかにソレは嫌ですね」
「大猿を倒した連中だって、覚醒してるかもしれん。程よい強さを得られるのが最善かもな」
そんな不安を覚えつつも、次々と肉に手を伸ばしていった。
「まあなんにしても、食べるほどに強くなるんです! 可能な限り続けていきましょう!」
「そうだな。突然帰還する可能性もあるし、できるだけたくさん食べておくよ」
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