第90話 鬼の討伐(その2)

 それからさらに数十分。俺たちは敷地内へと踏み込み、スーパーの駐車場に居並んでいた。


 ヤツらがこの中いるのは確実。しかしながら姿は見えず、雄たけびや奇声の類も聞こえてこない。正面に見えるガラス扉は粉々に割れ、ひしゃげた枠組みだけが残されている。


「あっ、ヤツらが動き出したよ!」


 地図を見ていた明香里によれば、鬼は店舗の裏手に回ったらしい。店の中には1体だけが残り、そいつは正面の入り口へと向かっている。


「たぶん挟み撃ちのつもりだろう。正面のヤツはボスっぽいな」


 もちろん、こういったケースも想定済みだ。当初の打ち合わせどおり、俺だけがこの場に留まり、ほかのメンバーは建物に沿って裏手へと回る。


 距離がある分、みんなの合流は多少遅れるが……覚醒もあるし、耐えるだけなら問題ないだろう。よほどのアクシデントがない限り、それほど時間をかけずに応援が来るはずだ。


「さて、と。こっちもボスのお出ましか」


 みんなの姿が消えたと同時、ボスが姿を現す。


 入り口の自動扉をくぐり抜け、鬼はゆっくりと体を起こした。


 額に生えたツノは全部で3本。そのうち2本は長く、1本は極端に短い。3メートルを超える身の丈に加え、全身を筋肉の鎧で固めている。俺を獲物とでも思っているのか、無警戒のまま不敵な笑みを浮かべる。


(こりゃ、完全になめられてるな……)


 正直なところ、コイツにやられるイメージが湧いてこない。むろん相応の強さは感じ取れるが、巨大熊には遠く及ばないだろう。さほど脅威を感じないし、舐め腐った態度に腹が立つほどだ。


 とはいえ、相手が襲ってこないのはむしろ好都合というもの。どんな理由であれ、時間を稼げるのはありがたい。「そろそろみんなが接敵するはず」と、俺はゆっくり武器を構え、ほかの連中の動きに耳を傾けた。



 すると案の定、それほど間を置かないうちに、建物の裏手が騒がしくなる。断末魔のような雄たけびに混じって、いくつもの打撃音が――。状況こそ見えないものの、こちらの優位は明らかだった。


 実際、それを証明するかのように、眼前のボスは態度を一変。怒りの形相を露わにして殴りかかってきた。 


(っと、パワーはかなりのもんだが……っ)


 動き自体はそれほどでもないようだ。覚醒前の状態でもなんとか避けられる。


 しばらく応戦してみたものの、とにかく、チカラ任せに殴ってくるだけ。技術も駆け引きもあったもんじゃない。たまに掴みかかってくる程度で、その後も単調な攻撃を繰り返す。


 最後に打撃を受け止めたところ、これも耐えられる威力だとわかった。結構な痛みを感じる程度で、肉体的な損傷はないようだ。


(よし、防御面はこんなもんだな)


 森の中での反省を踏まえ、鬼の能力をしっかりと把握。そろそろ攻撃に転じようと、相手の拳が伸びきったところに、武器を突き出しアゴをかちあげる。


「グアァッ」


 怯んだ隙を逃さず、今度は左ひざを横なぎに――相手が片膝をついたところで、下がった頭部に武器を振り下ろす。

 ボスは完全にノーガード状態。なんとか身をひねったものの、亀の甲羅は左肩を粉砕した。


(攻撃も問題なさそうだ。……むしろこれ、相当効いてるだろ)


 ボスはなかなか立ち上がれず、痛めた左肩を押さえて項垂うなだれている。最初に見せた余裕などカケラも残っていなかった。息も絶え絶えという感じで、頭を上げることすらできない。


(妙な隠し玉もなさそうだし、ひと思いにやっちまおう)


 俺は無言のまま武器を振り下ろし、鬼の頭を潰して絶命させた――。



 ボスを倒してすぐ、裏手に回ったほかのメンバーが駆けつけてくれた。一見すると負傷者はおらず、倒れ伏したボスを見て、皆が緊張を緩める。


 ずいぶんアッサリとした幕切れだったが、それ自体は喜ばしいこと。それこそ絶体絶命のピンチなんて、ゲームや物語の中だけでじゅうぶんだ。


 多少モヤッとした気分を残しつつ、無傷で対処できたことを喜び合った。



「無事に倒せましたけど……この後はどうしましょう」

「そういえば考えてなかったな。とりあえずコレは回収しとくか?」


 小春の問いかけに続き、遺体を検分中の健吾がそう答えた。彼は鬼のツノを掲げながら俺を見やる。


 どうやらツノ族とは違い、鬼のツノは消えずに残ったままのようだ。死んだあとだからなのか、それほどチカラを入れずとも引き抜くことができた。根元から先端まで、ほとんど無傷の状態を保っている。


「そうだな。一応、ほかのヤツのも拾っておこう。なにか使い道があるかもしれん」


 まあそうは言っても、せいぜい槍の穂先になる程度か。俺は適当に答えたけれど、大した使い道など思いつかなかった。ただなんとなく、このまま放置するのは危ない気がする。


「では、ツノ以外は全部燃やしましょう」


 さすがに生き返りはしないだろうが、念には念をと小春の指示が飛ぶ。


「わたしたちは死体の回収を。夏歩ちゃんの班は薪拾いね。先輩のところは……そうですね、先に建物内を確認してて下さい」


 今日のところは店舗を確認するだけ。荷運びは明日以降におこなう。


 なにがあるのか、どの程度の量があるのか。持参したメモに控えながら、ざっくりと施設をまわることに――。


 ほかの班が去っていくなか、俺たち3人も動きはじめた。



「明香里、真治、まずはどこから回ろ――」

「そりゃあ、なんと言ってもスーパーでしょ! 塩もそうだし、調味料なんかは絶対欲しいよね!」

「おれも明香里に賛成だ! その次は薬局にいこう!」


 食い気味に答える明香里と真治。お目当ての物は決まっているようで、すぐさま答えが返ってきた。


 ちなみに、ここにある施設は全部で4つ。中規模の食品スーパーのほかに、お手頃価格の衣料品店、地元では馴染みの薬局と、百円均一の雑貨屋が存在する。


 ゲームで例えるならば、ボス討伐後の宝箱――いや、ミッションクリア後のリザルト報酬に近いか。俺以外にとっては7か月ぶりとなる貴重な物資だ。ふたりのテンションが上がるのも無理はない。


(やってることは略奪だが……まあそれはソレ、これはコレだ)


 もちろん俺も楽しみだし、根こそぎ回収してやろうと息巻いている。とはいえ、班長としての責務もあるので冷静なフリをして誤魔化す。


「じゃあスーパーから行こうか。……明香里は地図の監視も忘れずにな」

「おっけー! 真治さんもしっかりメモってよー!」

「了解した。任せてくれ!」


 俺は笑顔のふたりを連れ、壊れた入り口の扉をくぐる。


 電灯の消えた店舗は昼でも薄暗い。……が、フロアに並ぶ陳列棚はハッキリと見えている。その大半は乱れておらず、鬼が荒らした形跡はほとんどなかった。


「あれ、おかしいな……」


 俺はそう呟いたあと大きく息を吸い込んだ。


「おかしいって何が? 全然荒らされてないこと?」

「いや匂いが……腐敗臭がまったくないだろ? 生モノだって大量にあるはずなのに、なんでだろ」


 鬼はともかく、ツノ族は内臓しか食べなかった。ここにある生鮮食品なんかは放置されているはずだ。まあ、半年も経てば腐りきるのかもしれないが……。


「元々スーパーにいた人が食べたんじゃないの? そのあと鬼が来て殺されたとか」

「もしくは鬼が食った可能性もあるだろ。ツノ族とは違う体質なのかもしれんぞ」


 たしかにその可能性が高そうだ。日本が変貌したのは朝の時間帯……とはいえ、店の従業員は出勤していたはず。それに鬼が食い漁ったという可能性もじゅうぶんに考えられる。


「あっ、やっぱそうだよ。この開け方はどう見ても人間でしょ」


 明香里が拾ったのは牛乳のパックだ。飲み口が丁寧に開けられている。鬼が飲んだ可能性もあるが、さすがにあの太い指では無理だ。ある一定期間は、ここに立て籠っていたんだろう。


「ひとまずグルッと見て回ろう。謎解きはそのあとだ」


 明香里は地図を、真治はメモをとりながら、俺を先頭にして店内を調べていった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る