第95話 転送ゲート
それからたっぷり1時間。俺たちは生活用品を中心に、持てるだけの装備を揃えていった。
それぞれがリュックを担ぎ、再びゲートの前に居並ぶ。
結局、アナウンスの表示に変化なし。あれ以降、ずっと同じ内容が繰り返されている。ほかにこれといった異変もなく、いよいよもってゲートの検証を開始する。
すでに様々なケースを予想しており、検証方法についてもしっかりと話し合った。いきなり転送される場合や、ゲートを通れなかった場合など、考えうる限りのパターンを想定している。
「先輩、慎重にお願いしますよ……」
小春に頷いて返したあと、まずは手始めに、タートルメイスを突っ込んでみた。
――のだが、
「カツン」と音がして、黒い壁に
「よし、次は直接触れてみるぞ」
ひとりで見知らぬ異世界へ――なんてことだけは、なんとしても避けたい。道連れのようで申し訳ないが、みんなには手を繋ぐよう指示する。
「って、これもダメか……」
恐るおそる指先で触れてみたのだが――指は爪の先すらも通り抜けず、硬質な感触が伝わってくるだけだった。いろいろと試してみた末、最後に額をぶつけたところで諦めた。
「ってことは、やはりコレの出番ですね」
小春が渡してきたのは鬼のツノだ。
これは電車が起動したキッカケであり、ゲート解放の条件である鬼の殲滅にも関係している。ゲート機能の開放アイテムとして最有力の候補だった。
「わかった。じゃあとりあえず――」
ツノを持つ手を近づけた瞬間だった。
なにかに引っ張られるような感覚に襲われる。思わず後ずさり、手を引っ込めたのだが……ツノは壁の中へと吸い込まれていった。
「あっぶねぇ……」
突然のことに驚き、俺がそうつぶやいたと同時、今度はゲート自体に変化が生じる。
真っ黒だった壁がひび割れを起こし、やがてパラパラと崩れ落ちていったんだ。落ちた破片はすぐに消え去り、次第に向こう側の景色が見えはじめる。
「っ……これって森、だよな?」
繋がった先は不明ながらも、ひとまず転送ゲートは起動したらしい。ドアの先には、なんの変哲もない森が見えている。木々の間隔はそこそこで
、ところどころに木漏れ日が差し込む。
「おい秋文、おまえ……大丈夫なのか」
「ああ、さすがにツノが吸い込まれたときは焦ったけどな。体はとくに異常ないぞ」
健吾の声に振り返ると、みんなの視線が俺に集まっていた。いまの出来事に動揺したのか、どの顔も不安の色に染まっている。
きっと、俺のことを心配しているのだろう。不安にさせてはマズいと思い、できるだけ平然と答えたんだが……。
「いや、そういうことじゃなくて。森ってなんのことだよ。おまえ、幻覚でも見てるんじゃないか?」
どうにも話がかみ合わず、なんのことかと聞いてみると――。
なぜか健吾たちには、ゲートの先が見えていないらしい。ツノは吸い込まれたものの、壁は黒いままだと言っている。実際、壁にも触れさせてみたけれど、なんの反応も起こらなかった。
(もしかして、ひとり1本ずつ消費するとか?)
先ほどツノが吸い込まれた現象。あれはゲート自体の開放ではなく、個人の条件を満たした結果なのかもしれない。俺はそう考え、みんなにも同じことを試させていった――。
「おお、すげぇなこれ……」
「たしかに、どう見ても森ですね」
健吾を筆頭にして、次々と試していく仲間たち。どうやら正解だったようで、全員が俺と同じ事象を体験した。何度も確認したけれど、見えている景色もまったく同様のものだった。
「それでどうする? みんなで飛び込んじゃう?」
「準備もカンペキだし、わたしはいつでもイケるよ!」
夏歩と明香里のなかには「様子を見る」という選択肢はないらしい。ゲートをくぐること前提で会話を進めている。さきほど冬加に止められたことなどすっかり忘れているようだ。
(まあたしかに、準備は整ってるよな……)
正直なところ、俺も行ってみたい気持ちのほうが勝っている。なにせ行き先が文明社会なら、めでたしめでたしでエンデイングを迎えるだけ。
帰還後の事情聴取、そして異常に高い身体能力の検証。いろいろと不都合もあるだろうが、サバイバルとはおさらばできる。仮にそうでないとしても、ここにいる面子となら生きていけるだろう。
「でもさ。行ったが最後、こっちに戻れない可能性だってあるよな」
そう言ったのは健吾だ。乗り気なふたりに待ったをかけ、なおも話を続ける。
「快適な拠点を手に入れたんだし、外敵となる鬼も排除しただろ? それを放棄してまで行く必要があるのか?」
「なるほど、戻れない可能性……」
「それはちょっと嫌かも……」
「断っておくけど、ふたりに反対してるわけじゃないからな? あくまで可能性の話だぞ」
健吾はそう締めくくると、俺のほうに顔を向けた。これからどうするのか、どう決断すべきかを問うているのだろう。みんなの視線も集まるなか、俺は率直な意見を述べていく。
「おそらく、としか言えないが……ゲートは行き来できると思う」
「秋文、なにか根拠でもあるのか?」
「いや、根拠ってほどじゃないけどな。観測者や調停者の目的を思い出してくれよ」
「目的って……鬼とモドキを排除させることか?」
「ああ、そのとおりだ」
アイツらの目的は、ツノ族を排除することで間違いない。帰還条件の一つだったし、俺も観測者から直接聞いている。
あくまで想像でしかないが……この世界に存在するのは、鬼とモドキ、それに俺たち能力者だけだろう。巻き込まれた一般人はさておき、ニホ族や現代人からは隔離されている。
こんな状況、まるで鬼を倒せと言わんばかりだ。俺たちみたいな存在を、そう易々と手放すだろうか。
「……たしかに。戻れなくするメリットがないもんな」
「まあ、ゲートの向こうは鬼地獄……なんて可能性もあるけどな。さらに強い鬼がいるかもしれん」
「おいおい、それはそれでマズいだろ……」
脅すつもりはないけれど、一応、可能性のひとつとして提示しておく。
「まあなんにしろ。一部の鬼を倒したくらいで、俺たちを解放するとは思えない、ってのが理由だ」
わりと真っ当な考察だったらしく、みんなは納得顔で頷いている。とはいえ、誰しも鵜呑みにはしておらず、そのあとも散々議論を重ねていった。
「じゃあ、メンバーはこれで決まりだな」
「夏歩ちゃんホントにわかってる? 今日は覗いてみるだけだよ?」
「小春さん、夏歩はアタシが捕まえとく」
「もー、わかってるって! おねえさん、ブチ切れたら怖いしっ……ちゃんと命令には従いますよー」
先発隊には俺と小春、夏歩と冬加の4人が選ばれた。今日のところはゲートをくぐるだけに留め、向こうに降りたらすぐに戻ってくる手筈だ。
『俺たちは現代文明に戻れるのか』
『ニホ族とは再会できるのか』
『はたまた鬼のいる世界に繋がって……』
そんな期待と不安を込めつつ、俺たちはゲートの先へと飛び込んでいった――。
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