第94話 2号車と4号車
たっぷり30分以上は経っただろうか。夕日が沈みかけた頃、俺たちはようやく動き出した。まずは車内の調査から――とはいかず、みんなで夕飯の支度に取り掛かっているところだ。
現状、これといった実害はなく、鈍い駆動音は聞こえるものの……電車が動き出す気配もない。
変化したことと言えば、車内の電灯がついたこと。そして、空調設備が動いていることくらいか。おそらくは暖房だと思うが、どこかで切り替えることも可能だろう。
もちろん、これが異常事態だということは理解している。だが、慌てたところで解決する問題ではない。まずは腹を満たして冷静になり、みんなで話し合うことに決まった。
支度中も意見が飛び交い、飯を食いながらまとめていく。
「どう考えても、こうなったキッカケは鬼のツノですよね」
食べ始めて早々、小春がメモを片手に口を開いた。
「先輩以外は外にいましたし、ツノを拾った瞬間だったんでしょう?」
「ああ、そのとおりだ」
あのとき、車内にいたのは俺ひとりだけだった。タイミングや条件的に、ツノに触れたことが要因だと思われる。ほかに特別なことはしてないはずだ。
「ちなみにですけど、ツノに触ったことのある人は?」
小春が決をとるも、それに答えるヤツは皆無。現地で回収して以来、ツノに触れた者はひとりもいなかった。
(まあ、あれだけの物資が手に入ったからな)
食料品や衣服をはじめ、倉庫は貴重な品々で溢れているのだ。わざわざツノに興味を持つ者はいないだろう。俺自身、気にもしてなかったし、今回触ったのもたまたまだった。
とまあ、ツノのことはさておき、議題は今後の対応へと切り替わる。
『今日の寝床をどうするか』
『車内の調査を実施すべきか』
差し当たっての問題は、電車の中に入るか否かだ。迂闊に入って異世界転移……なんて展開を誰しもが想像していた。
文明社会に帰れる可能性、縄文時代へと戻る可能性、まだ見ぬ未知の世界にたどり着く可能性――などなど、様々な意見が飛び交っていく。
「でもやっぱり、物語り的にはアレじゃない? このまま電車に乗って元の世界へ帰還。ってのが定番だよねー」
「あーそれ、全然あるよな! もしかして、これが鬼の討伐報酬かも?」
明香里の言葉に同意する龍平。ほかにも半数ほどが頷いており、前向きな意見がチラホラと出ていった。
最初こそ驚いたものの、現象自体に害はなく、むしろ好転したといってもいい。転移うんぬんは別にしても、明かりの確保に加え、空調まで動いているのだ。拠点としての性能は格段に向上した。
「わたしは少し気をつけたいかな。もちろん悲観はしてないけど……調査は慎重に進めたいよね」
「たしかに……せめて一晩は待ちたいです。時間が経てば変化があるかもしれません」
小春と昭子。うちの頭脳班は慎重派のようだ。
二人の意見に反論する者はおらず、今日は全員がホームに泊まり、交代で監視しながら過ごすことになった。
「では、変化があればその都度対応します。朝になっても変わらないようなら……全員で一斉に乗り込みましょう」
幸いにして、車内からこぼれた明かりがホームを照らしている。異変があればすぐにわかるし、それほど心配することはないだろう。
そんなことを思いつつ、この日は夜遅くまで語らうことになった――。
◇◇◇
翌朝、夜が明ける頃には朝食を済ませる。
すでに全員が目覚め――というより、大半のヤツは寝てすらいない。短めの仮眠を取るくらいで、結局、朝になるまで話し込んだ。
ホームで寝ると決めものの、みんな、電車のことが気になって眠れなかったんだ。かく言う俺もそのひとりで、ずっと車内の様子を窺っていた。
なんだかんだでもう9月。朝晩の気温は穏やかで、暑くも寒くもなく、ちょうどいい塩梅だ。夜通し外で過ごしたが、これといった不自由は感じなかった。
「さて、と。そろそろ行こうか」
待ってましたと言わんばかりに、勢いよく立ち上がる面々。俺を先頭にして、まずはキッカケとなった2号車へと向かう。
そのまま躊躇なく乗り込み、グルッと車内を見渡していくも――。とくに異常は見当たらず、電灯も点いたままの状態。車内の物資が消えたりだとか、中から人が現れた、なんてこともないようだ。
その場で10分ほど待機したが、これといった変化もないまま時が過ぎていく。
「ねぇお兄さん、なんにも起こんないよ?」
「ああ、いきなり転移ってパターンじゃないようだ」
「アナウンス板も消えたままですね」
ひとまずツノの入ったバッグを回収。いったんホームに降り立ち、今度は4号車へと向かう。
「やっぱ、この車両だけ明るいよね」
「皆さん気をつけて。なにか起こりそうな気がします」
明香里の言葉に続いて昭子が注意をうながす。
それと言うのも昨日の晩。電車を眺めていて気付いたのだが……4号車の電灯が、ほかよりも少しだけ明るかったんだ。ほんの些細な違いだけれど、気づいてしまった以上は、気になって仕方がない。
『もし転移するなら4号車だろう』
『ここには明香里たち、選ばれし者が乗っていた』
『森の主を倒した張本人も乗ってたし』
などなど、みんなの妄想は次々と飛躍していく。もちろん、なんの根拠もないのだけれど、フラグが立ちそうなほどには盛り上がっていた。
「よし、一斉に入るぞ」
俺を先頭にして、次々と乗り込む仲間たち。膨れ上がった妄想のせいか、みんなの表情は真剣そのものだ。全員が乗り込んだところで、ようやく緊張を緩めた。
どうやらフラグは折れたようで、それから数分経っても変化は起こらなかった。
「じゃあ、次はコレを試そ――っ」
持っていたバッグを床に置き、鬼のツノを取り出した瞬間のこと。「プシュッ」と空気音が鳴り、線路側のドアが1か所だけ開く。
俺たちが乗り込んだ扉の真向かい側。その先には反対車線のホームがあるはずなんだが……。
「なんか、真っ暗で不気味な……」
「これ、絶対入っちゃダメなヤツじゃん」
ポツリとつぶやいたのは小春と冬加だ。
開いたドアの先は暗闇に染まり、まるで真っ黒な壁でもあるかのようだ。全員がドアから離れると、今度はアナウンス板にも変化が生じる。
『この地域一帯の鬼が殲滅されました。転送ゲートが解放されます』
地域というのがどれほどの範囲を指すのか。転送される先はいったいどこなのか。詳細はまったく不明ながらも、事態が急変したことだけは確かだ。
「ねえ夏歩。コレってどこに繋がってんだろ」
「んー、どうなんだろ。ちょっとだけ覗いてみる?」
明香里と夏歩が言いながら、扉のほうへと近づいていく。と、すぐに冬加が動き出し、ふたりの腕を掴んで引き戻した。
「ねえ、あんたら馬鹿なの? 戻ってこれなかったらヤバいでしょ」
「だ、だよね」「うん、知ってた」
何を知ってたのかはさておき、さすがに少しくらいは待って欲しい。まだ行き先も不明なんだし、アナウンスの内容が変わる可能性だってあるんだ。こんな状態で不用意に近づくべきではない。
「みんな、とりあえず降りようか。食料や道具、それに武器を用意してくれ。調査はそれからにしよう」
誰かがゲートに触れた瞬間、俺たち全員が転送されるかもしれない。もしそうなってもいいように、まずは万全の準備をすべきだろう。
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