第40話 ハイエナ肉の効果


 まず、彼らがこれまでに食べたのは、『兎』『鹿』『アルマジロ』『猪』の4種類だった。人によってまちまちだが、このうち3種類の能力を獲得している。


 ここで重要なのは、4種類食べても能力は3つしか発現していないことだ。


 その一方で俺たちは、すでに7種類のモドキを食べ、そのすべての効果が身体に影響している。より正確に言えば『ハイエナ』以外のすべてが、だ。


「まあ普通に考えたら、ハイエナ肉のおかげだろう」

「腐肉の消化吸収じゃなくて、能力の吸収力ってことですね」

「上限があるのか無制限なのか、そこまではわからんけどな」


 ハイエナ肉を食べないと、獲得できる能力は3つまでだと推測。その希少性が一気に高まったところで、夏歩からツッコミが入る。


「でもお兄さん、ちょっとおかしくない? 18人もいるのにひとりもハイエナを食べてないって……そんなことありえる?」

「んー、健吾が言うにはアレだ。群れの数が多すぎて無理ゲーだったらしい。少ない群れでも10頭、多いと20を超えてたんだと」


 前の世界は、ほとんどの日本人が島の北側に転移していた。正確なことはわからないが、そもそもの生態系が違ったのかもしれない。


 そう返したところで、夏歩が冬加を見ながらハッとする。


「そういえば冬加、アンタは北側にいたんでしょ? 前の世界でも食べてるし、いったいどうやって狩ったのよ」

「えー、それ前にも話したじゃん。原始人が放置したのをパクったって……聞いてなかったの?」

「あれ? そうだっけ……」


 ちなみに、俺と小春はしっかりと覚えている。誰といたのかは知らないが、3日目の昼に食べたと聞いていた。


「あ、そうだ。ちょうどいい機会だからおじさんにも話すね」

「ん? 話すって何をだ?」

「前の世界でのことだよ。……今まで言えなくてごめんね」


 冬加は少しだけ思案したあと、前の世界での出来事をゆっくりと語りだす。夏歩と小春は知っている様子だが……俺ははじめて耳にするので身構えて聞いた。



 冬加は前の世界で、ふたりの若い男と一緒だったらしい。転移してすぐに出会ったんだと。モドキを狩ったり拠点を作ったりと、4日目までは順調だったが、その日の夜に事件は起こる。


 冬加が寝静まったあと、男たちが突然襲い掛かってきたらしい。


 必死に抵抗したが、なにせ相手はふたりがかりだ。諦めようとしたとき、視界の端に石槍が映り――。そのあとの詳細は言わなかったが……結局のところ、事件自体は未遂に終わる。


 男たちは『物理的』に追ってこられなかった。無事に逃げだしてからは、数日間ひとりだけで過ごしたらしい。


 電車に戻ってすぐに移動したのも、そのふたりを見かけたからだ。「襲われた恐怖よりも、自分がした行為を気に病んでいた」と、俺の目を見ながらハッキリと打ち明けてくれた。


 そして最後に一言、ほんの少しだけ笑みを見せて告白する。


「ほんとはアタシ、おじさんがツノ族を殺ったの見てたんだよね」


 彼女がそれを話した理由はすぐに理解した。俺の行為を見て、自分への免罪符にしたんだと思う。


「……そうか。あのときの俺、ヤバかっただろ」

「うん、マジでヤバった! けどおかげで楽になった」


 きっと彼女なりに区切りをつけたんだろう。気の利いたセリフは言えなかったが、冬加の表情はどこかスッキリとして見えた――。



 突然の生い立ち話もありつつ、情報共有がおわったところで、今度はジエンたちと向き合う。


 健吾たちと合流しないことは伝えてあるが、これからどう接するのかを決める必要があった。どんな方針だったとしても、俺たちは族長の指示に従うつもりだ。


「ジエン、アモン、待たせて申しわけない」

「いや、オレたちにとっても大事な話だった。むしろ決断の後押しとなったぞ」


 真剣な表情で返すジエンは、なにかを決意したらしい。「正式に日本人を受け入れるつもりなのか」、そう思って聞いてみると――。


「アキフミ、オレたちもモドキ肉を食うことに決めたぞ」

「……は? なんでそうなるんだ?」


 次に返ってきたのは予想を大きく外れた言葉だった。俺たちは訳がわからないまま呆気に取られる。


 なおも話し続けるジエンは、アモンとふたりで人柱になる気のようだ。「自分たちも強くなりたい」と真顔で言い放つ。


「いや、ちょっと待てくれよ。食ったらツノ族になるんだろ? 自分でそう言ってたじゃないか」

「そもそも食ったことがないんだ。それが真実とは限らんだろう」

「そりゃそうだけどさ……掟とか言い伝えを破っていいのか?」


 モドキを食おうと決めたキッカケは、間違いなく俺たちにある。良かれと思って伝えたけども、それはあくまで信用を得るため。彼らをけしかけたつもりは――。


 ……いや、こんなのぜんぶ詭弁きべんだ。「ニホ族が強くなれば助かる」と、本心ではそう思っている。彼らがツノ族になってしまったとき、自分のせいにしたくないだけだ。


 黙り込む俺たちをよそに、ジエンとアモンはなおも話を続ける。

 

「実はな、アモンと何度も話し合っていたんだ。ツノ族に対抗するには食うべきだと。なあアモン」

「ああ、部族の後継者も決めてある。オレたちが死んでもアキフミたちのせいじゃない。これはふたりで決めたことだ」


 これまで俺たちを間近で見て、さらに今日の情報を聞いて決意したらしい。ニホ族の男たち、それに娘のナギも同意しているようだ。


「……正直、俺も期待してた。自分たちの生存率が上がるかもって。ただ、心配してたのも本当だ。嘘くさいけどな」

「そうか、アキフミの気持ちはよくわかった」



 コクリと頷いたジエンはおもむろに立ち上がり、部屋の隅にあった土器を持って再び腰を下ろした。すごく嫌な予感がして、ツボの中身に視線を寄せる。


「おいジエン、まさかこれって……」


 土器の中から肉の塊を取り出すジエン。それを両手で持ちながら、『ハイエナもどき』の肉だと言い放った。


 大猿と日本人が戦った翌日、アモンの集落を見に行ったらしく、俺たちが放置したハイエナ肉を持ち帰っていた。


「以前アキフミが言ってただろう。これを食えば体の中が丈夫になると」

「ああ、たしかに言ったが……」

「最初に食うならハイエナがいいと思ってな。悪いが持ち帰らせてもらったぞ」


 もしツノ族となったとき、俺に取り押さえて欲しかったらしい。それも含めて相談しようと考えたみたいだ。族長自ら肉を持ち込んでいる現状、いまさら禁忌もへったくれもない状態だった。


「それとアキフミ、最後にひとついいか」

「あ、ああ……まだなにかあるのか?」


 良かれと思って伝えたことだが、結果的には酷いことをしてしまった。身勝手な罪悪感に浸りながら答えると――ジエンは手に持った肉を見ながら言った。


「この肉、ひと口だけなら平気だったぞ。ツノ族にもならなかった」

「…………」


 トンデモ発言をした族長は、ばつの悪そうな顔をしている。時すでに遅し、ニホ族の禁忌はすでに破られていたらしい。





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