第39話 交流


 目の前には健吾と7人の男たちが、小春たちは少し離れたところで、女性陣と立ち話をはじめていた。


 残りの男女は朝食の支度をしているようで、広場には肉の焼ける匂いが漂いだす――。


「さて秋文、何から話そうか。おれとしては素性を知りたいところだが……」


 まあ当然のことだろう。ズカズカと踏み込んできたのはこっちのほうだ。ここで素性を明かさなければ、話をはじめることもできない。


「実は昨日、探索の途中でここを見つけたんだ。まあ、すぐに逃げたけどな。健吾たちも気づいてたんだろ?」

「なるほど、すぐにいなくなったのはそういうことか」

「断っておくが援軍はいないぞ、ここにいるのは俺たち4人だけだ」

「まあそうだろうな。こっちも地図を見てたし、嘘じゃないのはわかってるよ」


 不用意なのは承知の上で、最低限の情報を伝えていく。ニホ族のことも話したが、場所や規模は語れないと宣言した。いずれはバレることだが、わざわざすべてを話す道理もない。


 と、族の話をしたところで、周囲がザワつきはじめた。どうやら彼ら、ツノ族の存在を知らなかったらしい。今まで和やかだった雰囲気が急に張りつめる。


「なあ秋文、ツノ族って……前の世界のアレのことか?」

「たぶんそうだと思う。俺たちが転移した日に襲われたんだ」

「マジかよ、この世界にもいるのか……」


 健吾たちの反応を見る限り、演技で怯えているわけじゃないようだ。ちょうど同じ話をしていたのか、小春たちのほうでもザワザワと動揺の色が見えた。


 未だに騒いでいる男たちを見ながら必死に思考を巡らせる。



 健吾を中心とする集団は、彼の独裁体制という感じではない。男たちは気さくに話しかけてたし、普段から抑圧されてる雰囲気もなかった。食事の支度をしている男女も仲が良さそうに見える。

 個々の本音はさておくとして、集団の輪を乱すような人物はいないようだ。


(ひとりくらいは孤立してても良さそうなもんだが……)


 騙されている可能性もあるが、これ以上探り合いをしてもらちが明かない。そう考えた俺は本題をぶっちゃけることにした。


「健吾、良ければみんなで情報交換をしないか。こっちも出来る限りのことは話す」

「それは俺たちを信用したってことか?」

「ああ。正直、腹の探り合いは苦手なんだ。お互い嘘はナシ、言いたくないことは断るってことでどうだろうか」


 リーダーに集まる男たちの視線。健吾は彼らを見渡してから、満足そうな顔で頷いた。


 どうやらある程度の信用は得られたらしい。いったん話はお開きにして、全員で朝食を摂ることに。俺たちも頂けることになり、総勢22名が手狭なテーブルを囲んだ。



 それから3時間――、


 話は尽きることなくお互いの経緯を語り合う。誰ひとりとして席を離れず、少しでも情報を得ようと食い入るように聞き入っていた。


 常に全員の動きを把握できたのは、こっちにとっても好都合だった。見えない場所に行かれないかとヒヤヒヤしていた。

 最初こそけん制し合っていたが……話せること、話したくないこと、互いの意思を尊重し合えるほどには打ち解けていった。


 最終的には合流する話もでたけれど、ニホ族の意向があるので返答は差し控えている。勝手に呼び込むことはできないし、俺たちが合流するってのも考えものだ。

 安定した集団に異物が混ざれば嫌がるヤツもいるはず。おいそれと決断すべきではない。


 ひとまず相手の戦力もわかったので、今日のところは退散することに――。あまり遅くなるとジエンたちも心配するだろう。


「健吾、俺たちだけ居場所を言えなくて申しわけない」

「いや、それは大した問題じゃない。探そうと思えば見つかる範囲にいるんだろ? それを承知で接触してきたことも理解しているつもりだ」

「……そうだな。とにかく明日また来させてもらうよ。みんなもよろしく頼む」


 俺たち4人は頭を下げ、オオカミ効果の検証を兼ねて走り去る。


 結局のところ、彼らは最後まで好意的だった。明日の約束をとりつけ、アモンの集落を経由して戻る。



◇◇◇


 その日の午後――、


 集落に戻った俺たちは、族長宅を借りて情報を整理していた。


 ジエンとアモンにも同席してもらい、事の経緯を包み隠さず伝えるつもりだ。俺はまとめたメモに目を落とし、ひとつずつ読み上げていく。



 まずは『健吾たちの経緯』についてから。


 彼ら18人の関係は、この世界に来てから始まる。最初の世界では4~5人のグループだったが、この世界に降り立つ際、健吾が音頭をとってまとまった。


 みんなで整列して手を繋ぎ、次々にドアを飛び降りたらしい。まるで冗談みたいな光景だが、本人たちは大真面目だったと語っていた。


 それと彼らの乗っていた車両は4両目で、冬加が走って移動する姿を目撃した人もいる。ちなみに俺たちがいるのは6両目、冬加が5両目だ。


「なあ冬加、途中でアイツらを見かけた覚えは?」

「そんな余裕ないよ、移動するのに必死だったもん」

「まあそうだよな。すまん、ちょっと気になっただけだ」


 人ごみを掻いくぐって、しかも夏歩への返信をしながらの移動だ。他人を気にする余裕なんてなかっただろう。一応の確認を済ませて話を移す。



 次に書かれているのは『地図の進化値』についてだ。ほとんどの人が『2』で、健吾を含めた4人が『3』だった。


 わざわざ全員が提示してくれたので間違いない。こっちの地図を見せるまで、帰還条件のことを半信半疑で聞いてたくらいだ。


「で、いまは防壁作りに取り掛かっていると」

「彼らはそう言ってたが……。なんだ小春、気になることでもあるのか?」

「いえ、よく今まで無事だったなって。他意はありませんよ」

「この世界も食糧は豊富だし、ツノ族にさえ遭わなけりゃな。無茶しない限りは平気だろう」

「なるほどたしかに、ツノ族のことを知らない様子でしたね」


 彼らは5日前に洞窟を見つけ、いまは木柵を作る計画中だった。石斧づくりと並行して伐採をはじめている。ついでに言うと、進化の条件にも察しをつけていた。


「発見したのが5日前というのも嘘には思えませんでした」

「俺もそう思うよ。嘘をつくメリットはないだろう」


 もし別の場所にも拠点があって、そこに大量の仲間がいるにしてもだ。わざわざ別れて住む必要性を感じない。


 偵察班にしては数が多すぎるし、仲間割れだとしたら警戒心が薄すぎる。疑う余地がないわけじゃないけど、話が進まないので話題を変えた。



 最後の題材は『彼らの身体能力』について。


 ぶっちゃけこれが一番の収穫だった。俺たちの知らないことがいくつかあり、今まで未知の能力だった『ハイエナ効果』についても判明した。


(まさかこれほどだったとは……)


 予想外どころか、サバイバルの根幹にも関わる要素。俺たち4人はじっくりと考察をはじめた。



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