第41話 毒見も兼ねて

(まさか試食まで済ませていたとは……)


 ジエンがモドキ肉を食べたのは、もう7日も前のことらしい。アモン立ち合いのもと、族長宅でひっそりと試していた。


 こうなってしまった以上、いまさら後戻りはできない。とにかく詳しい話を聞いて、異常がないかを確かめていくことに――。


「なあジエン、食べたのはホントにひと切れだけか? できるだけ正確に教えてくれ」


 肉を持ち込み、あまつさえ試食まで断行しているのだ。7日前に食べたきり手つかず……なんてことはないだろう。大量にとは言わないまでも、もっとたくさん食べているはずだ。


「実は……今日で7度目だ。毎日少しずつ量を増やしている」

「やっぱりか。で、具体的にはどの程度を?」

「そうだな、ちょうどコレくらいだ」


 ジエンは持っていた肉のかたまりを掲げて言った。


 軽く見積もっても2kgはある。「分厚いステーキ何枚分だよ!」という量だ。どうやらひと口どころの騒ぎではなかったらしい。


「体に異常はないのか?」

「ああ、まったくないぞ。ツノも生えてこないし、体が丈夫になった気もしない」

「そうか……」


 前の世界で原始人に捕まった日本人。彼らは2日と経たずしてツノが生えていた。

 7日間という期間も食べた肉の量も、じゅうぶんに過ぎる検証と言えるだろう。俺たちもそうだったが、内臓さえ食べなければ平気なんだと思われる。


「とにかく、これ以上の検証は待ってくれ」

「それは……もう食べるなと言うことか?」

「いや、最後まで付き合うって意味だ。明日は日本人のところへ行くが、それ以降は一緒に行動して試そう」

「おおそうか! それはありがたい!」


 日々の探索を共にすれば、モドキ狩りもできるし監視も可能。ヘタに集落へ置いていくよりは安全だろう。


 その後もたっぷりと話し合い、集落のみんなも集めてこれからの方針を決めていった――。



◇◇◇


 翌日――、


 朝食を済ませた俺たちは、ジエンを連れて健吾たちのところへ向かう。


 今後も交流を続けるとなれば、お互いの顔くらいは知っておいたほうがいい。ってのは建前で、ニホ族の存在を証明したいというのが本音だ。ジエンには申し訳ないが、自分たちの信用を得るためにも同行してもらった。


 今回の交流目的は、今後の関係性を明確にすること。「互いに協力し合って生き延びよう」と提案する予定だ。ツノ族への対処や大猿討伐など、有事の際に連携を取りたいと考えている。


 こちらの居場所や戦力を伝えることはジエンも了承済み、協力関係についてもかなり前向きだった。


「なあアキフミ、ハイエナ肉はあんな少量でよかったのか? あれじゃあ一人分しかないぞ?」

「それでじゅうぶんだよ。かなり貴重みたいだし、集落みんなの分が無くなったら困るだろ?」


 今日はハイエナ肉を少しだけ持ってきている。べつに手土産と言うわけじゃない。健吾に食べてもらって、能力の上限がどうなるかを知りたいだけだ。


「たしかに、うちの男たちに知れたら大事になりそうだ。とくにエドは怒るだろうな」

「……エドのヤツ、いまごろコッソリ食べてるんじゃないか?」

「ハハッ、それなら心配ない。ナギがしっかり見張ってるからな」

「ああ、そういえばそうだった。ナギさんがいるなら安心だな」


 昨日、集落の全員に話したところ、今後はナギが肉の管理をすることに決まった。彼女の許可なしでは食べることはおろか、族長宅へ入ることも禁じられている。


「ジエンさん、笑い事ではありませんよ? ナギさんすごく心配してたし、昨日も散々叱られたでしょうに」

「うむ……コハルの言うとおりだな。せめてナギには伝えておくべきだったと反省している」


 小春に突っ込まれたジエンは、昨日のことを思い出したのか、赤く腫れた頬をさすっていた。



 その後も順調に歩みを進め、いよいよ目的の洞窟が見えてくる。今日は直線ルートを通っており、3時間とかからずに到着。相手が全員揃っていることも確認済みだ。


 森の切れ目を抜けると、目の前の広場にはたくさんの日本人が――


 洞窟の入り口付近で防壁づくりをはじめていた。木壁の高さは2m程度だが、ツノ族を足止めするにはじゅうぶんな高さだろう。


 俺たちに気づいた健吾がすぐに走り寄ってくる。


「よお秋文、っとそっちは……もしかしてニホ族の人か?」

「ああ、集落で族長をしているジエンさんだ。折角だし、顔を覚えてもらおうかと、な」

「ジエンだ。よろしく頼む」

「健吾です。一応、ここのまとめ役をやってます。よろしく」


 軽く挨拶を交わしたあと、小春たち3人は女性陣のところへ。いろいろ情報を聞き出しながら防壁作りを手伝うことになった。


 あとに残った俺たちは、広場にある食卓に移動。こっちの陣営は俺とジエン、相対するのは健吾と洋介、互いに向かい合ったところで話を切り出す。


「健吾。さっそくなんだが、ハイエナは見つかったか?」

「ダメだな。昨日は散々探したが……1匹たりとも見つからなかった。ひとまず今日は防壁を優先させてるところだ」

「そうか、ならコレを渡しておくよ」


 リュックからハイエナ肉を取り出し、テーブルの上にソッと置く。


「……もしかしてハイエナの?」

「先に言っとくけど一人分しか用意できないぞ。残りはニホ族が食べるからな」

「いや、助かる。検証ができるだけでも違うからな」


 ここで面倒な駆け引きをするつもりはない。できればすぐに食べてもらって、能力が増えるかを確認したいと伝える。


「わかった、毒見も……っと、検証も兼ねておれが食べよう。洋介もそれでいいだろ?」

「おう、少し待ってろ」


 隣にいる洋介は肉を渡されると、さも当然かのごとく席を立つ。と、すぐ近くにいた女性に話しかけたあと、自らも調理場に向かった。


「んじゃ、肉はあとで試すとして。秋文はこれからどうする気なんだ? どうせこっちに合流する気はないんだろ?」

「ああ、俺たちはジエンたちと共に暮らすよ。離れていても協力はできるしな」

「そうだな、おれたちもそれで異論なしだ。よろしく頼む」


 別行動を表明したあと、具体的な協力体制について話し合っていく。


 定期的な交流、ツノ族への対処、緊急時の避難場所、そして大猿や森の主を討伐する話。いずれは合流することも視野に入れつつ、じっくりと語り合った。








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