第69話 帰還の日

 約4か月にわたる縄文生活。


 最終日の正午を迎え、来たるべき瞬間を待つばかりだった。


 ここ数日はずっと集落で過ごし、ニホ族たちといろんな話を交わした。現代をベースとした実用的な知識。とくに農業と医療を中心に、自分たちが知る範囲のことはすべて話している。


 所詮は素人集団の集まりだ。専門的なことはわからず、ざっくりとした内容だったが……きっとなにかの役には立つだろう。あやふやな情報は避け、確実なことだけを伝えた。


 もちろん、帰還後の対応についても話し合っている。様々なケースを想定して、何度もシミュレートを繰り返した。


 とにかく合流することを優先して、衝撃の瞬間に備えるつもりだ。時間的にも肉体的にも、じゅうぶんに対応できると結論付けている。


 仮に異世界行きとなっても、今度は8人でのスタートとなる。どんな世界なのかはわからないが……みんなそれなりの自信を持っていた。

 縄文時代での経験に加え、かなり強化された身体能力。よほど劣悪な環境でもない限り、生き抜くことはできるはずだ。



 そんな俺たち8人は、横一列になって手を繋いでいた。たくさんのニホ族に見守られ、静かにそのときを待っている。

 この場に涙する者はおらず、歯を見せ合いながらの別れとなった。


「ジエン、たぶんもうすぐだ。今までありがとう」

「うむ、元気で暮らせよ」

「みんなも元気で。今日まで世話になった」


 俺たちが頭を下げると同時、背負った荷物がガシャと音を立てる。


 持ち帰れないことはわかっていても、備えだけは万全にしておきたい。武器や食糧をはじめ、持てるだけの物資を限界まで詰め込んでいた。



(っと、始まったみたいだな)


 それから少し間をおいて、自分の意識が薄れていく感覚に襲われる。


 これは前回同様、日本へ帰還するときの合図だ。すぐさま意識が途切れ、一瞬の浮遊感と共に目覚めるのだろう。


 俺は仲間たちを見渡してから、そっと目を閉じた――。



………………


………


(んん? こんなに長かったっけ?)


 まだ十秒ほどしか経っていないが、なぜかいまだに意識を保っている。前回のような浮遊感はおろか、気を失った覚えすらなかった。


「もしかして転移が終わった?」なんてことを思いながら目を開けると――


「なっ……」


 荒れ果てた荒野のド真ん中。草木の1本も生えてない場所で――


 俺はひとり、『人間モドキ』と対峙していた。




◇◇◇


 突飛な話ではあるけれど、


『ここが真っ白な空間だったら?』

『相手が神秘的な姿をしていたら?』


 それこそ神の間にでも召喚されたと勘ぐったことだろう。あくまで物語上の話だが、そんな展開を何度も経験してきた。


(でもまあ、さすがにこの見た目だとな……)


 全身のフォルムは猿のようで、顔だけは人間のソレ。俺の記憶違いでなければ、前回と同一の存在だと思う。その場を微動だにせず、無機質な表情を向けている。


 ただ不思議と『恐れ』の感情は抱かなかった。不気味ではあるものの、敵意があるようには思えない。俺は警戒することも忘れ、相手の目をジッと見つめていた。



 それからしばらく――


 事態は一向に進展せず、無駄に時間だけが流れていく。話しかけてくるどころか、リアクションのひとつも寄こさなかった。


 唯一の変化といえば、相手の容姿に慣れたことくらいか。姿こそ異質だが、顔だけ見てればなんてことはない。


(こりゃ、いくら待ってもダメだな……)


 状況から察するに、ここへ転移させたのはコイツで間違いない。俺を連れてきたことにも理由があるはずだ。「せめて目的だけでも知りたい」と、俺のほうから話しかけてみることに――。


「……なあ、おまえはいったい何者なんだ?」


 そう問いかけた瞬間だった。


 相手の目が赤く光り、不自然なほど瞬きを繰り返す。これで起動音が鳴っていたら、どこぞのサイボーグかと疑うところだ。


「私は世界の『観測者』。おまえたちの行動を記録する存在だ」


 今までの沈黙はなんだったのか、普通に話すことができるらしい。観測者と名乗る人物は野太い声で答えた。


(なるほど、観測者と来たか……)


 ツノ族の登場、モドキによる身体強化、そして進化する地図。どれも人類の技術で作り出せるものではない。こういう存在がいることは予測済みだった。どうやら神ではないようだが、それにほど近い存在のようだ。


「じゃあ、俺たちを転移させた目的は?」

「異物の排除、そして人類の救済だ」


 前者はツノ族とモドキのことを、後者はニホ族のことを指すらしい。地図を渡してきた理由を含め、小春の予想が見事に的中していた。


 俺たちを転移させたり地図を配ったりと、観測者と言うわりには関与しすぎだと思うが……それを考えたところで意味はない。それこそ神様的な存在だっているんだろう。


 まあなんにせよ、こちらの質問には答えてくれるようだ。敵か味方かはさておき、俺は思いつく限りのことを聞いていった――。



・ここは地球と同じ環境であり、そもそも人類はニホ族だけだったこと


・ある日突然、ツノ族の世界と融合してしまったこと


・本来、森の主を倒すのは別の人物を予定していたこと


・そして異世界転移は日本の各所で起きていたこと


 おそらく2時間以上は話したと思う。帰還後のことを含め、どれも手に余る内容ばかりだった。

 すべてが真実なのかは疑わしいところだが、ずいぶんとスケールのデカい話だ。とてもじゃないけど、ひとりで抱えられる問題ではない。


 それとこの観測者のことだが……


 どうやら俺のことに関しては興味がないらしい。問いかけには答えるものの、自ら話しかけてくることは一度たりともなかった。

 回答は実に事務的で、似たような質問には同じことを繰り返すだけ。おかげで情報を引き出すのにかなりの時間を要した。


(……あとは小春たちと合流してからだな)


 これ以上聞くこともなくなり、俺は帰還前の最終確認をはじめる。


「最後にもう一度聞く。俺はみんなのところへ戻れるんだな?」

「ほかの者と同様、前回と同じ車両に転送される。ただし、ツノ族に変質した者は対象外だ」


 観測者曰く、三度目の異世界転移は起こらないそうだ。ツノ族化した者は取り残され、そうでない者は死者すらも生き返る。そして今回の転送に合わせ、日本行きを選んだ者も合流するらしい。


「能力はそのままで事故も起こらない。これも間違いないか?」

「進化した体はすべて維持される。そしてあの衝撃は事故に起因するものではない」


 激しい痛みを感じ、乗客が宙を舞っていた光景。てっきり事故だと思っていたが、実は違っていた。激痛の正体は『急激な肉体改造』、宙に浮いていたのは『転移時の座標調整』が原因だった。



 ――と、まあなんにせよ。事故には遭わず、無事に帰れることが判明。しかも能力維持のオマケつきと来たもんだ。


 面倒な事態には巻き込まれるだろうが……全国各地で似たようなヤツがいるし、いきなり拘束ってことはないと思う。まずは日本に帰ってみんなと合流、「あとはなるようになれ」ってところか。



「どうせ答えないだろうけど、いろいろ知れて助かったよ。そろそろみんなのところへ送ってくれ」



 そう言うや否や、俺の意識は一瞬にして途切れた――。






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